ピルグリム2
骨だけの身體で悶え苦しんだ。
転げ回りたくとも身體を動かす筋と腱がない。
苦しくても息を吸う肺がない。
バラバラに喰い千切られた肉片は、男たちの胃酸で今なお灼かれ熔かされているし、片一方の目玉は今も、パンの汚らしい粘っこい唾液にまみれ口内で転げ回り黄ばんだ歯で弄ばれ続けている。
一番忌まわしいことは、それらすべての感覚が消えないことだ……!
肉片一つ一つの痛みが、凌辱される不快が、身體を離れてなお、ずっと続いていることだ……!
無様に泣き叫びたい。
みっともなく涙と体液と嗚咽を撒き散らしながら痛みを発散したい。
このまま暗黒の中、延々と痛みと恥辱と不快に蝕まれ続けるのか?
自分の存在すら不確かなまま、朽ちることも許されず、何の希望も無く、縋り付く一本、ただ一本の藁さえもなく、痛みと恥辱だけが唯一の自己として漂い続けるのか……⁉
嫌だ……!
そんなのは嫌だ……!
嫌だぁああああああああ……!
発狂しそうだった。
いや。
すでに狂っている。
狂っているとしか思えない。
この状況も、事象も、何もかもが、記憶を失くした脳でもってしても異常極まりないことぐらいはわかる。
私は精神病患者なのだ!
これは酷い精神病がもたらす錯乱か妄想。
再び目醒めれば、病院のベッドで、白いシーツの上で、身動きが取れぬよう頑丈な革のベルトで固定された自分と再会するだろう。
そんな考えを嘲笑うように、パンの歯に挟まれた右目がぷちゅん……と爆ぜた。
激痛、灼熱、恐慌、喪失、後悔。
一瞬の内にか細い神経の中を、幾千もの剃刀が駆け回るような強烈な刺激。
それが無限に続くかと思われたその時、己の目でしかと見た。
赤く血で濡れた骨の上に、肉が再生するさまを。
ミミズが這い回るように、青と赤の血管が剥き出しの生々しい肉の隙間を滑るさまを。
焼けていくフィルムの映像が巻き戻されるように、皮膚が体表を覆い尽くすさまを。
「ククク……」と忌まわしい男の笑い声が聞こえた。
じろりとそちらを睨みつけると、パンは相変わらず痩けた顔に、ギラギラと二つの目玉を光らせながらこちらを見てほくそ笑んでいる。
「
「……」
黙りこくったまま恨めしく睨み続けていると、パンは肩をすくめておどけてみせた。
「信用できねえって面だな? 新人の通過儀礼としてはマシな方なんだぜ? お前さんは運が良い! 実に運が良い!」
「ふざけるな……目玉が腐ってるのか……? これのどこがマシで、どこが運が良いと言える……?」
悪態を吐くとパンは腹を抱えて笑って言った。
「ハハハ! お前さんも中々ジョークの筋がいい! ここの連中はジョークが言えねえのが良くない。その点、お前さんはやっぱり見どころがある! 付いて来い! 面白いもんを見せてやろう……」
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