第43話 特定(B1パート)捜査一課集結

 消去法で考えよう。

 ふたゆうづきの殺害が不可能もしくはきわめて難しい人物は誰か。

 市瀬いちのせかいいいの遺体の第一発見者であり、二木は被害者の彼女だから、現場で顔は見知っていただろう。

 しかし千代田区の勤務先であるコンピュータ販売店を抜け出しでもしないかぎり犯行は不可能だ。一時的に店を閉めていた形跡もない。つまり二木を殺す時間がなかったのだ。

 市瀬は遺体となった飯賀の第一発見者だが、そのことをたには知っていた。そして市瀬が飯賀を殺したと主張したのだ。

 つまり確実に市瀬が第一発見者であることを認識していた。まるで現場を見ていたかのように。メゾンド東京の出入り口の防犯カメラに、早朝から入館し、遺体発見時刻より後、警察とともに二木が現れてから退館した三谷が写っていた。防犯カメラの解像度が悪いけれども、歩行データの解析で同一人物だと見なせる。

 警視庁にも同様の検証をしてもらえば、三谷を追い詰めるのに役立つはずだ。


 ではようはどうか。彼は今、同僚とともに業務に従事しており、二木を殺害することはきわめて困難だ。監視の役割を担っている同僚が与田に協力でもしていないかぎり、板橋区の二木のもとにたどり着けるはずがない。

 しかし飯賀に関しては、三谷から川崎区へ呼び出され、大きな荷物の中に入っていた遺体をメゾンド東京まで運んできたことは間違いない。

 外に出たところが出入り口の防犯カメラに写っていた飯賀が、それに写らないで部屋に戻るのは難しい。外見を装わせるとすれば大きな荷物ということになる。

 変装して帰ってきた可能性もあるかもしれないが、歩行データが一致する人物は写っていない。つまり与田が飯賀の部屋の前に大きな荷物を置いたことが証明できれば、与田の死体遺棄は決定的だ。

 しかし当の与田が荷物を飯賀の遺体だと認識していなければ、通常業務をこなしていたことになる。だが担当エリア外での営業だから、なにも知らないにしてもなんらかの関与を問われることにはなるだろう。

 まったくの無罪というわけにはいかない。


 市瀬の彼女である館林優子はどうか。彼女は飯賀との接点が少ない。同じマンションに住んでおり、地域清掃などで顔見知りであるのはほぼ間違いないが、それ以上の関係ではない。

 もしそうであれば、飯賀は市瀬を殺してでも館林を手に入れようとするだろう。その返り討ちにあったとも考えられるが、その場合、密室トリックを仕掛けることはできないはずだ。

 電動ドライバーという物証があれば別だが、お嬢様育ちだろう女性の館林が持っているとも思えない。飯賀が持っていたかもしれないが、それなら飯賀の部屋から外箱やビットなどのパーツが出てきても不思議はない。それがない以上、館林には殺害は不可能だし、市瀬が返り討ちにしたという論理も成立しない。


 三谷の思惑どおり、二木が飯賀を殺害していたと仮定すると、相当な計画性が必要だ。少なくとも自分が容疑者から外れるようなトリックを幾重にも張り巡らせなければ、二木が犯人だという疑いを完全には晴らせない。

 警察からの突き上げを食らって追い込まれながらも口を割らずにいるのは難しい。であれば、本当に飯賀を殺したのなら、すでに口を割っていたはずなのだ。

 それに服毒自殺できるのなら、飯賀にも毒を盛って殺したほうがアリバイは作りやすいし死ぬ姿を見なくて済む。根強い動機があっても手をあまり汚さずに殺せるのだから、非力な女性がサバイバルナイフで、小柄とはいえ男性を刺し殺すのは考えづらい。

 毒物ならば非力でも殺せる。このあたりは毒物が非力な者の凶器になりやすい理由でもある。用意するのは難しいが、余りある効果を期待できるのだ。

 それなのに二木は最後まで飯賀殺しとは関係ないと主張し、自殺に見せかけて殺された。

 服毒自殺だというが、毒物をどのようにして手に入れたのかも定かではない。一課員が裏をあたっているが入手経路は謎のままだ。誰かがビタミン剤や栄養剤だと騙して飲ませたのかもしれないが、そのためには二木と面会した人物に限られる。

 郵送されたり郵便受けに入っていた薬を疑いもなく飲む者はいない。

 二木のマンションには高精度の防犯カメラは付いていない。解像度の低い防犯カメラだけだ。しかし、付近の住宅地には防犯カメラや監視カメラが張り巡らされている。それを量子コンピュータでさらえば、きっと二木を殺した犯人が写っているだろう。


「金森くん、二木さんのマンションとその周辺の防犯カメラをチェックしてください。二木さんの帰宅前に忍び込んでいて、犯行後時間を置いて立ち去った人がいないかどうか」

「なぜ帰宅前に忍び込んだと推定されるんですか。帰宅に合わせて潜り込んだ可能性が高いように思うのですが」

「おそらく下見して防犯カメラに気づいていたのでしょう。どうせ見られるにしても、二木さん帰宅の後に入るとそれだけ目立つわね。しかも殺害後すぐにマンションを後にした人物なんて調べてくださいって言っているようなもの。それに三谷なら警察の裏をかこうとするでしょうから、先に中へ入って待ち伏せていたと考えるほうが自然です」


「二木のマンションの防犯カメラは解像度が低いですね。まあこのくらいなら歩行データは読み取れますから、三谷と一致するでしょうが。周辺のマンションや家などにはより解像度の高い映像が残っていますから、それで三谷を拾えたら。近くの有料駐車場に三谷の車が停まっていますね。これなら運営会社のサーバーにナンバープレートが記録されているはずです」


 玄関のチャイムが鳴って玲香がモニターを確認すると、つちおか警部がえいとうを始めとする捜査一課の面々を連れてきていた。どうやらここで作戦会議をすることになるようだ。一課長のくろ警視正も居並んでいる。


 インターホンで表の刑事たちにあいさつすると、れいはドアのロックを解除して扉を開いた。


「お待ちしておりました、くろ警視正、つちおか警部、そして一課の皆さん」


「ここがの秘密基地か。大型のコンピュータがあるくらいだな。ホワイトボードもあるのか。これなら一課のミーティングにも使えそうだ」

「黒部警視正、ありがとうございます。ここの設備はコンピュータも含めて父の遺産です。世界初の量子コンピュータ量産用試作機があります。これでわからないことはまずありません」


「強気に出たな、地井。それで飯賀殺しと二木殺しのホシがわかったのか」

「はい、どちらも三谷さんの犯行です。量子コンピュータで集めた情報をご覧いただきます。その前に飯賀さんのスマートフォンはお持ちいただけましたか、土岡警部」

「ああ、持ってきた。本当にロックを解除しなくても中身が覗けるんだな」


 金森がスマートフォンを受け取って、専用ケーブルで量子コンピュータの汎用端子につないだ。

「まあ通常ならロックされたスマートフォンは正しい手段でないと開かないものなんですけど、量子コンピュータならその正しい手段を偽装できますので」

 金森はマウスとキーボードで量子コンピュータを操って、スマートフォンのロック解除を試みる。

「ロックは解除できましたね。一課の皆さんも見えますか」





(第11章B2パートへ続きます)

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量子の胎動〜探偵・地井玲香の推理 カイ艦長 @sstmix

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