『根古間神社祭禮』由良智治 離


 とは。


日ノ本で最も旧い神の一柱であると

同時に、國造りにも関わる由緒正しき

神、と伝わっている。

 当然、奉祀する立派な神社もあれば

パワースポットとしての認知度も高く

参詣に訪れる人々も後を絶たない。



「◾️◾️◾️ノ神は、決して祀ろわれぬ

荒御霊 なんかじゃないでしょう!

正一位の神社に御祀り奉っている。

それを…。」


  などという事は。


「一体、何が…起きているんです?」

俄に畏ろしさを感じて、オレは思わず

鳥肌が立った両腕を摩った。

「智治様をお呼びしたのは、正にその

件なのです。あの通り、鷹允たかよし様はもう

長くは保ちますまい。」「……。」



この広い屋敷に殆ど人がいないのは

強大な神の祟りが余人に及ばない

配慮なのだろう。だが、それであれば

尚の事、伯父の生命が尽きた時、一体

どうなるのかは想像もつかない。



「◾️◾️◾️ノ神の  が何か、

貴方はっておられるか?」常田が

改めてオレの目を見据えて言う。

「…あの…神社のある

御神体 だ…と。」一般的にはそう

思われている。

の神は…元はなのです。

だがそのは長きに渡り闇に葬られ

神話をこの地に祀った。」

「…。」「…とても強大な力を持つ

神であったが故です。



その力を国の弥栄繁栄の為に利用して

来たという、この国の システム は

オレも朧気ながら知ってはいた。



「ところが。突然、の方針が

変わってしまった。」「……。」

「縁起由来の曖昧な神は、排除する。

最悪な方向へと転換したのです。」

「そんな…不遜な!」「大いに不遜な

決定です。神は政治の道具ではない。

神の何たるやをらぬ者達の机上の

空論で決まった愚かな政策。

『國護』も、これに対しては反対の

立場をとっている。しかながら、国の

決定に違を唱えるなど、我々には

許されていないのですよ。」


為政者が変われば政策も変わる。

けれども今迄ずっと何ら問題もなく

やっていたのだろうに。


「◾️◾️◾️ノ神は、実は異教の神の

  に過ぎないのです。」

「?!」「既に鷹允様が九つの頭のうち

六つを屠った。しかしながら、あの神は

『ヒュドラ』や『混沌』などという

に近い。

御本体は遠い海の彼方の、決して人が

到達する事が出来ない 常世國とこよのくに に

座すと、そう聞いております。」


 理解が、とても追いつかない。




線香の匂いは、いつの間にか全く

気にならなくなっていた。



「…オレが呼ばれたっていうのは。」

「はい、この 現状 を知っておいて

欲しいという、鷹允様の御意向です。

◻️◻️は子々孫々に亘りついえた事を

神の御前にて宣誓して欲しい、と。」

「……。」「これは、貴方様にしか

お願いする事は出来ません。」



それからオレは再び伯父を見舞った。

◻️◻️の祓いの作法は、自らの生命を

削りながら、恰も 綱引き の様に

為されると聞く。

 現在の当主である鷹允は、一千年に

たった一人 と言われる程の優れた

神咒司◻️◻️◻️◻️◻️ だという。


オレは、医師や看護師それに介護の

者達が面会に来たのを潮にして、

の居室を辞した。







「貴方が、智治さんですね。」



本家の屋敷を出た所で、オレは又も

声を掛けられた。


      尤も、今度は 女 だ。


背後に和装の男が二人控えていたが

彼女が  なのは一目瞭然だった。


「貴女は?」「私は『國護』の頭領

篤胤あつたねの代行、国森顕子くにもり あきこと申します。

◾️◾️◾️ノ神は、つ国の神故に

『封』を施す事が難しく…それに

手間取っているうちに、◻️◻️へと

案件が回ってしまった…。」如何にも

口惜しそうに彼女は言った。


「…今まで大切に祭祀していた神を、

国が不敬にも叩き起こしたんだ。

『國護』も『◻️◻️』も。或る意味

被害者だ。」「被害者は神だけです。

取り分け◾️◾️◾️ノ神には畏ろしい

不敬を働いています。今のところ、

祟りは鷹允様に集中していますが。」

「……。」


「これから貴方を◾️◾️◾️ノ神の座す

御社みやしろにお連れします。私は、祟りとは

で神の御前には立てません。

常田さんから話は聞いていますね?」

「ざっくりとは。でも俺は…何も。」

「そのと、現在の『』、そして

貴方がまだという事。

この三つが重要なのです。」




国森と名乗る女に連れられてオレは

伯父同様に瀕死の ◾️◾️◾️ノ神 を

祭祀している御社を目指した。





夜の山道は、色んな 気配 がしたが

その殆どは夜行性の小動物だろう。

 余りにも静か過ぎた。昼間に本家を

訪れた時には何やら強い 視線 を

感じていたが、今はそれもない。


夜のもりはザワザワした心待ちになるが

何故かそれすらも感じられなかった。

強いて言えば


 圧倒的な  が、夜の四十万しじま

支配していた。



「国森さん。」オレは自分の直ぐ横を

歩く彼女に声を掛けた。


もう既にオレ達は山裾へと足を踏み

入れていた。目指すのは本殿では

なく、一般的には末社の一つと認識

されている御社みやしろの、その更に奥にある

 井戸 だ。


「…こっから先はオレ一人で…。」

「静かに!」「…?」「誰かいる。」

彼女はそう言うと、懐中電灯を消す。

確かに の気配 がした。

「……。」耳をそば立てると何やら

祝詞の様な抑揚が微かに聞こえる。


真っ暗な森の中で、頭上の月だけが

幸甚にも光り輝いている。

オレは国森達を制して、独り社殿の

更に奥にある『常世とこよの井戸』へと

足を踏み入れた。



井戸の側には、小さな灯が。


白い狩衣を茫んやりと照らしていた。

朗々と夜陰に響く祝詞には、確かに

聴き覚えがあった。



◾️◾️◾️ふぬぐぅうぃ ◾️◾️◾️◾️うぐるぅあふ 九頭龍

螺湮宮 ◾️◾️◾️◾️うがぅなぐる ◾️◾️◾️んぁぐん…」




「オヤジ…なして、此処に。」





北海道にいるとばかり思ってた養父オヤジ

夜闇の中で何故だか

を奏上してたしょ。


なまら驚いたさ、そりゃ。なして

他所の神様の御安処でウチの神様の

祝詞ば奏上してよ。半可臭ぇ事を、と

思ったっけ…それでも井戸からの

神気がいでいるのをオレも確かに

感じたべや。


まあ、そんだけさ。由良晴臣宮司ゆらのオヤジ

『猫魔大明神』様の社殿にあった

が真っ二つに割れたんで、

こりゃ 凶事だべや! って文字通り

飛んで来たしょ。この法螺貝、オレの

東京のアパートの玄関にも同じモンが

置いてあるんだが、帰ったらソレも

割れてたんだわ。



それからオレは大学さ中退してよ、

宮司の修行を始めたしょ。以来

かれこれ三十五年?この【猫魔岬】の

『根古間神社』の宮司ば務めさせて

貰ってるべや。


 いやいやいや、嘘でねぇよ?




まあ、法螺貝だけにな。





語了

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祟神祓顛末 小野塚  @tmum28

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