あっぱれイオリン! ~ふわふわ妖怪珍道絵巻~

作者不明(ゴーストライター)

イオリン見参! ~女郎蜘蛛の巻~

 満月が美しく輝く真夜中の町。

 広い大通りに白い月明かりに照らされた巨大な蜘蛛の影。そこに銀色に輝く蜘蛛の糸に絡まって苦しそうにもがいている男がいる。その町民らしき若い男が命乞いをして叫んだ。


「やだぁッ! お願い、やめてぇ!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 巨大な口を開いて蜘蛛が男の下半身にかじりついた。

 くちゃああ……。ザクッ……ジョリジョリ、ジョリ……くちゃ、くちゃ……。


「あ! あが…………、お……ごぷ……」


 涙とよだれを垂らしながら目を血走らせ、町民の男は口から赤黒い血を吐く。

 男の上半身と下半身が蜘蛛によって切り離され、そのまま上半身も蜘蛛の口の中に押し込まれる。町民の男は巨大な蜘蛛の口の中ですりつぶされて絶命。


 町民の男を食い終わると闇夜の中に巨大な蜘蛛は消えて行った──。


                   *


 晴れ渡る青い空と白い雲。広い草原に心地よく暖かい風が吹く。

 木漏れ日の下で気持ちよさそうに昼寝をしている剣客が一人いた。


 ザザ……。ザザザ……。


 すると昼寝している剣客に近づく何者かの足音がする。30メートルほど離れた木の陰から一人、二人と顔を出した。小汚い茶色の着流しと腹に白いさらしを巻いた渡世人の男たち三人のようだ。どうやら剣客を狙っている様子である。


 すると、その中の一人の男が腰に差している刀に手をかけた。


「でりゃあああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 一人の男の掛け声と共に他の二人の男も後ろからついて走り出す。男の一人が斬りかかった! 剣客が刀を掴む──。


「──ッ」


 キン! ドスッ! バキッ! 


「あぎゃあ!」「でぇ!」「ふんがっ!」


 三人の男は一瞬で後ろに仰け反って倒れてしまう。男たちを見下ろしながら剣客が言う。


「ふわぁ~……。なんなんですか~? 気持ちよく寝てたのに~……」


 木漏れ日の中から眠そうな目をこすりながら剣客が姿を現した。その姿を見た渡世人の男が目を見開いて言った。


「お、おぇ!? 女の……侍?!!」


 情けない声で驚く男たちの前に立っていたのは女の剣客だった。


 その剣客の瞳は、やる気の無さそうな切れ長の糸目で、つやのある黒髪を後ろで結っている。としころは二十代前半だろう。紫の着物と藍色あいいろはかまをはいており、腰には黒いさやに納められた紅いつかの刀を差している。


「ちょっと聞いてます~? あなたたちは何者ですか~?」


 あくびをしながら女の剣客が男たちにたずねる。すると男の一人が「ぴょんっ」と正座になって両手でゴマをすりながら笑顔で言う。


「へへへ~……おみそれしやした。いきなり脅かしてどうもすいやせん! 失礼ながら、お侍様のお手前を試させていただいた次第でして。いや~お強い! 実はあっしらはこの先にある土助米どすけべい一家のもんでして。折り入って、お侍様にお願いが……」


土助米どすけべい一家? なんだか破廉恥ハレンチな名前ですねぇ~。もしかして強姦ごうかん目的ですか~? そういうお願いは聞けませんね~」

「ち、ちち、ちげぇやす! お侍様にウチの用心棒になってほしいんですよ!」

「ほよ? 用心棒?」


 女の剣客は刀に手をかけて抜こうとすると、男たちは慌てて弁明しだす。女の剣客は右手で掴んでいた刀から手を離して首を傾げた。


「おーい! 伊織いおりィ! 昼飯持って来たぞォ! ──ッ! 誰だ、てめぇらァ!」


 すると遠くから笹に包まれたおにぎりを両手の持った少年が走ってくる。伊織いおりと呼ばれた女の剣客の周囲に、小汚い男たちが立っているのを見て、少年が険しい顔で威嚇するように叫んだ。伊織が少年に声をかける。


「あ、小太郎コタロー殿~。おかえり~」

「伊織ィ!! 何があった!?」

「いや~参りました。寝ている所をこの土助米どすけべいっていう人たちに襲われちゃいました~」

「な!? ね、ねねね、寝込みを襲われただとォ!! オイラの伊織になんてことを!!」


 両手のおにぎりをイヤらしくみしながら、小太郎コタローと呼ばれた少年が悶絶している。おそらく伊織が性的に襲われたのだと勘違いしているようだ。小太郎が男たちを睨んで言う。


「絶対に許さねェ!! オイラだってまだ触らせてもらったことないのにィ!!」

「まま、待ってくだせぇ! あっしらは怪しいもんじゃあ──」

「お天道様に代わって、オイラが成敗してやるゥ!! どりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 小太郎は聞く耳を持たず、土助米どすけべい一家の男たちに向かって走り出す。しかし足元の石につまづいて転倒してしまった。両手に持っていたおにぎりを落とすまいと反射的に勢いよく空に投げ出してしまった。


「ふんぎゅ?!」

「おっと」


 無様に転んだ小太郎が声を漏らし、天高く投げ出されたおにぎりを地面に落ちる前に伊織が掴み取った。のた打ち回りながら小太郎が悲痛の叫びをあげている。


でぇええぇぇええええぇぇぇぇえええ!! オイラの足があああああ!! 砂が目に入っちまったああああぁぁ! 目がぁあああぁぁぁああ! こんな場所に罠を仕掛けるとは、やるじゃねぇか! チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「いや……あの……あっしらは何も……」


 土助米どすけべい一家の男たちは困惑しながら憐みの目を小太郎に向けている。いたたまれなくなったのか、伊織に助けを求める様に視線を送った。


「あむ、もごもご。やっぱりおにぎりの具は梅干しが定番ですよね~。小太郎殿~、お茶は持ってきてないんですか~?」


 おにぎりを頬張っている伊織は小太郎を心配する気配が全くない。すると土助米どすけべい一家の男の一人が伊織いおりたずねる。


「あの~……。それで用心棒の件なんですが~……」

「ん? ああ、いいですよ~。そろそろ路銀ろぎんも尽きてきましたし~。」

「本当ですかい! あぁ、ありがとうごぜいやす! あっしはトンキチ、こいつはチンキチ。そしてこっちはカンキチでやす!」


 トンキチと名乗った男が他の舎弟らしき二人の男を紹介した。後ろの二人も愛想笑いしながら会釈している。

 ぷよぷよに太った男がトンキチ。ガリガリの割り箸みたいな男がチンキチ。そしてガタイの良い筋肉質な男がカンキチらしい。三人合わせて、トン・チン・カンと呼ばれているそうだ。


 すると心配そうにカンキチが、足の指を強打して悶絶している小太郎を見て言う。


「あっちのお連れさんは……大丈夫ですかい?」

「平気ですよ~。小太郎殿は最強の剣客になるのが夢らしいので、この程度ではへこたれません」

「は、はぁ……」

「んぐっ! 〰〰〰〰〰〰〰〰っ! こ、小太郎殿! み、水か、お茶を〰〰!」


 慌てて食べたせいで、おにぎりをのどに詰まらせて伊織は顔を真っ赤になっている。ゴリラのドラミングのように伊織は自身の胸をどんどん叩いて苦しそうだ。


「伊織ぃいいいいいいいぃぃいいいぃぃ! オイラが今、助けるからなぁああぁぁあぁああああぁぁ!」


 その横には勘違いしたままの小太郎が四つん這いで足の指を抑えて苦しんでいる。間抜けそうな二人を見て、ガリガリの割り箸男、チンキチが心配そうに言う。


「トンキチの兄貴……。本当にこの人たちで大丈夫ですかね?」

「………………だ、大丈夫だろ」


 トンキチは伊織と小太郎を見て言葉を失ってしまった──。


                   *


 ──土助米どすけべい一家の本部。


 約16畳ほどの広さの和室だ。横を見ると隅に黒い壺や花瓶などがある。大きな掛け軸も吊るされており『子孫繁栄』と書かれている。黒い墨が激しくほとばしっており、勢いよく書いたのだろうと分かるくらい達筆たっぴつな字だ。


 その和室の中に伊織と小太郎の姿があった。親分が来るのを待つようにトンチンカンの三人に言われて待っているのだ。


 足が痺れたのか小太郎はお尻を上げてプルプル震えていた。対して伊織は落ち着いた様子で正座をしている。我慢できずに足を伸ばしてリラックスしている小太郎が、伊織に囁くようにたずねた。


「あででで……。おい伊織、本当ホントにいいのかよ?」

「何がですか?」

「断った方がいいって! 用心棒なんて!」

「まぁいいじゃないですか、小太郎殿。それに──」


 伊織が懐から巾着きんちゃく袋を取り出して逆さにして振った。すると小銭が一枚二枚、コロコロと落ちてきた。数えなくても分かるくらい懐事情が寂しいのは明白である。伊織が言う。


「この通り、路銀ろぎんも尽きて宿代もない状態なんですよ。用心棒のお仕事でお金を貰える上に、宿代も浮かせられて一石二鳥じゃないですか~」

「いや、でもよう……」


 楽観的な態度をする伊織に対して、小太郎は心配そうにしている。


 すると障子の向こう側から複数人の足音が聞こえてきた。伊織と小太郎がこちらに向かってくる足音に意識を向ける。


 足音は部屋の前で止まり、障子紙を張った戸が横に滑りながら開かれた。


 向こうの廊下側には恰幅かっぷくの良い親分と思わしき人物が伊織と小太郎を見下ろしている。その横には細マッチョのヤクザが二人後ろに立っていた。おもむろに組の親分らしき男が和室の中に入って来て言う。


「お待たせいたしました、私は『土助米どくけべい育三いくぞう』と申します」

「どうもどうも『夜桜よざくら伊織いおり』です」

「オイラは『猪又いのまた小太郎こたろう』だ」


 伊織と小太郎が言うと、ニタニタ笑いながら土助米育三が二人を見ながら言う。


「早速、本題に入らせていただきます。実は先生にはワシの用心棒をお願いしたいんです」

「誰かに狙われてるんですか?」

「はい。ご存じだとは思いますが『人斬り夜叉桜やしゃざくら』って辻斬り野郎がいまして……」

「人斬り……夜叉桜やしゃざくら……」


 その名を聞いてうつむいた伊織の顔に影が浮かび上がる。


 ──人斬り夜叉桜やしゃざくら。ここ最近になって現れた、神出鬼没の辻斬り殺人鬼である。


 闇夜に隠れ、神速の如き殺人剣で人々を惨殺する人斬りだ。その姿を正確に見た者はおらず、様々な噂が流れている。


 目撃証言によると、人間三人分の身長もある大男だとか、全身が獣のような体毛に覆われた化け物だとか、中には落ち武者の悪霊だなんて噂もある。


 その人斬りに出くわした者は生きては帰れないと噂されているが、実はそうでもない。命からがら生き延びた者も少数だが確認されている。


 皆バラバラの証言で信憑性が低いと言われているのだが、一つだけ共通点があった。彼らは決まって最後に、こう証言していたのだ。


『桜吹雪のように舞い散る血しぶきが、妖艶で恐ろしい光景だった』


 いつしか悪霊に憑りつかれた夜叉に違いないと噂られるようになり『人斬り夜叉桜やしゃざくら』と呼ばれるようになったのだ。


 土助米育三は話を続ける。


「なんでも、その辻斬りってのがワシの命を狙ってるとの情報が入りまして……」

「つまり、その辻斬りから命を守ってほしい……と?」

「その通りでございます。引き受けてもらえますか?」

「………………」


 伊織は、しばし沈黙する。小太郎が伊織を横目で見ながら眉間に皺を寄せている。


「──あら、お客さんですか?」

「おお、お優か。ちょうどいい、こちらのお方はワシの用心棒を引き受けてくださった先生だ。お前も挨拶しろ」

「はい……」


 すると廊下から麗しい女性の声が聞こえてきたのだ。すると土助米育三が振り返って女に言う。その女は言われるがままに部屋の中に入ってくる。


 藍色の着物に結った髪に紅い派手なかんざしを挿しており、年齢はおそらく十代後半から二十代前半だろう。顔立ちは少し幼く、童顔だ。親分の妻にしてはかなり若い印象を受ける。いや、もしかしたら愛人かもしれないが……。


 お優は親分の隣に座ると伊織と小太郎に向き直って言う。


「お優と申します。どうかよろしくお願いします、先生」


 お優と名乗ったその女は三つ指を畳について優雅に頭を下げた。伊織と小太郎もつられて頭を下げてしまう。すると親分が子分のカンキチに言う。


「おい、カンキチ! 先生を部屋に案内して差し上げろ」

「へい! 先生、こちらです!」


 廊下に立ってカンキチが伊織に言った。それを受けて伊織と小太郎が立ち上がろうとする。しかし伊織が立ち上がろうとしたのだが──。


「それじゃ……あひぃぃいっ!」


 ゴッツンっ!!!


 足が思うように動かず、伊織は千鳥足になって部屋の柱に激しく頭をぶつけてしまった。どうやら痺れすぎて足の感覚は最初からなかったらしい。伊織のおでこに大きなたんこぶが出来上がってしまう。小太郎とカンキチの二人が慌てて伊織に駆け寄り、カンキチが言う。


「大丈夫か、伊織!」「だ、大丈夫ですかい先生!?」

「すみません……足が……」


 伊織は小太郎とカンキチの肩を借りながらフラフラと部屋を出て行った。それを見ていた親分が口をポカンと開けっ放しにしながら、トンキチに言う。


「……おい、トンキチ。あの先生、本当に大丈夫なんだろうな?」

「へい。一見すると頼りなさそうですが……あっしらが三人で襲い掛かって太刀打ちできないほど腕の立つお人です。あの方なら、きっと人斬りの野郎を返り討ちにしてくれますよ」

「う〰〰む。そうかぁ……? まぁ、用心棒の先生は他にもいるからいいが……。あの先生が夜叉桜の野郎に斬られても、また別の先生を雇えばいいだけだ。せめて肉の壁になるぐらいの働きはしてもらわねぇとな……ふんっ!」


 人を見下したような口調で土助米どすけべいの親分は言った。


「………………」


 その親分の背後で、お優だけが両目を見開いて伊織を睨んでいた。すると口を「くちゃあ」と開く。すると口の中から小さな小さな子蜘蛛が数匹ほど這い出て伊織たちを追いかけて行った──。


                   *


「こちらが先生方の部屋でごぜぇやす!」

「ほよ? 先生方??」


 カンキチに連れられてきた部屋の障子の戸を開けて伊織と小太郎が中に入ると、見知らぬイカツイ顔をした剣客たちが一斉にこちらを睨んだ。


「こちらの方がたも親分の用心棒をしていただいておりやす! 伊織さんもよろしくおねげぇしやす!」


 そう言ってカンキチは戻って行ってしまった。相部屋に取り残されてしまった伊織と小太郎に向かって左横に座って酒を飲んでいる剣客の男が言う。


「ほぅ……貴様、女だな?」

「あ、どうも~。よろしくお願いします~」


 伊織は右手を後頭部に当ててヘコヘコしながら言う。すると剣客の男は伊織と小太郎を交互に見ながら言った。


「ハッ! ここは女、子供が来るような場所じゃねぇんだけどなァ」

「なんだこの野郎! 喧嘩売ってんのか、てめェ!」

「威勢のいいのは結構だが……相手を見て言えよ、ガキ」

「う……!」


 条件反射的に小太郎が剣客の男に言い返した。すると剣客の男が抜刀の構えをする。小太郎は一瞬ひるんでしまう。すると伊織が小太郎の肩を掴んで優しく言う。


「喧嘩はいけませんよ、小太郎殿。仲良くしましょう~」

「わ、分かったよ……ごめん」


 剣客の男は酔いが醒めたのか、刀を腰に差して出て行こうとする。すれ違う際に肩がぶつかり、伊織はよろけて転んでしまう。それを見降ろして男はニヤつきながら廊下を歩いて行った。

 笑いながら伊織は立ち上がると、今度は部屋の奥で見ていた剣客の男が言う。


「おぬし……血の匂いがするな……」


 奥からこちらを睨む男に伊織が気づく。さっきの酒を飲んでいた剣客と違い、その男は書物を読んでいたのだろう。書見台しょけんだいという本を置く台に、何かの難しそうな書物を乗せて開いたままにしている。


 剣客の男は鋭い眼光で伊織を睨んできた。伊織が言う。


「血? は!? さっき頭を打ったから……!? こ、小太郎殿! もしかして私、頭から血が出てますか!?」

「出てねぇよ」


 男の鋭い眼光に一切動じずに、伊織はおどけながら小太郎に言った。剣客の男が言う。


「道化を演じるか……まぁ良い、一つだけ忠告しておこう。同じ用心棒とはいえ、俺とお前は仲間ではない。敵ならば容赦なく斬る。せいぜい夜道に気をつけることだな」

「……ご忠告、ありがとうございます」


 立ち上がって部屋を出て行こうとする男が、そう伊織に言った。男の去る背中を見ながら伊織は何も言わず、鋭い眼光で男を凝視した。


 その時、廊下の天井から白い糸が伸びているのが一瞬光って見えた。糸の先には小さな蜘蛛。男の頭部に蜘蛛が優しく降りて、首を伝って背中から服の中に入って行った……。怪しげな小さな蜘蛛の存在を、伊織は見逃さなかった。口元に力が少し入りながら伊織が言う。


「………………小太郎殿、今夜は一緒に寝ましょうか」

「な!? い、いい一緒だとォ!??!? ま、待て待て待て! 積極的な女は嫌いじゃねぇが! オイラにだって心の準備が!」


 破廉恥はれんちな勘違いをして両手で顔を隠しながら腰をクネクネと振っている小太郎を無視して、伊織は男を睨む。そして、男に聞こえないほど小さい声で、伊織がつぶやいた──。


「──血の匂いがするのは、あなたも一緒じゃないですか」


                   *


 月明かりがぼんやりと障子を照らすうしつ時。外は虫の鳴き声だけが聞こえる静かな世界だ。そんな真夜中に少年が一人、目を覚ました。


「………………うぅ、小便しょんべんしてぇ」


 そんな真夜中に小太郎が小便に起きたようだ。隣で寝ている伊織を起こさないようにゆっくりと身を起こし、そろりそろりと障子の戸を開けて小太郎は外に出た。


かわやどこだっけ?」


 小太郎はキョロキョロと周囲を見渡しながら薄暗い廊下を歩いている。ひんやりとした床の冷たい感触が足の裏から伝わり、さらに尿意が強まる。震えながらかわやに到着した小太郎は中に入って用を足す。虫の鳴き声と、チョロチョロと尿が流れていく音だけが静寂の中に響いていた。


っ!?」


 その時、小太郎は首の後ろに痛みを感じた。思わず痛みを感じたところを手で叩いてしまう。その手を確認してみる。


 手の平には、小さい蜘蛛が潰れて死んでいた。


「なんだこれ? ……蜘蛛、か?」


 潰れた蜘蛛を厠の壁で拭い、小太郎が再び排泄をしようとした。その時──。


曲者くせものじゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

「!??!!」


 突然の叫び声に驚いて尿道がキュっと閉まったのか、小太郎の小便おしっこが急に止まってしまう。慌てて小太郎が厠の外に出ると、目の前に黒づくめの男が突然現れた。


「わ!」 ドンっ!


 小太郎を突き飛ばした黒づくめの男は屋敷の奥に入って逃げていく。そこに伊織が現れて叫んだ。


小太郎コタロー殿! 大丈夫ですか!? 小太郎コタロー殿!!」


 庭の方に突き飛ばされて、ひっくり返っている小太郎に伊織は駆け寄って行く。


 小便おしっこを漏らして両目を開いたまま小太郎は気絶していた。頭を打ったとかではなく、びっくりしたせいのようなので時間が経てば目を覚ますだろう。伊織は小太郎を抱えて部屋に戻り、小太郎を寝かせた。


「小太郎殿、すぐ戻りますからね」


 そう言って、伊織は急いで黒づくめの賊が向かった先に向かう。おそらく親分の部屋に向かったのだろう。親分の部屋に向かう途中に土助米一家の子分たちが腕や足を斬られて血を流しながら倒れていた。伊織は急いで親分の部屋に突入した。


 伊織が親分の部屋に到着すると障子の戸が開け放たれており、部屋の中からぼんやりとした日の光が廊下に漏れている。


 伊織が廊下から部屋の中を見ると、全身黒づくめの男が血まみれの刀を持って立っていた。その奥には素っ裸の親分とお優の姿があった。おそらくお楽しみの最中に乗り込んでしまったのだろう。


「………………」

「て、てて、てめぇが人斬り夜叉桜かァ!」

「………………覚悟しろ。妖怪め」

「だ、誰が妖怪だ! ひぃぇえええぇえぇぇ!! ま、待て金ならいくらで払う! 命だけは!」


 そう言って黒づくめの男が刀を上段に構えた。親分はフルチン姿でお優を盾にしながらおびえている。伊織の姿に気が付いた親分は助かったと言わんばかりに叫んだ。


「せ、先生! なにボーっとしてやがるんだァ!! さっさとコイツをぶったってくれ!!」


 伊織が黒づくめの男にたずねた。


「あなたが人斬りさんですか?」

「………………」

「できれば、このまま帰っていただけると助かるんですが……」

「………………」

「はぁ……仕方ありませんね」


 黒づくめの男は何も答えず、黙って刀を中段で構えた。右手を刀の柄に添え、伊織は抜刀の構えをとる。永遠とも思えるような緊張感のある『間』が生まれ、双方の呼吸が整った時、決着は一瞬で決まった。


「──ッ!」


 伊織に向かって突進するように上段から黒づくめの男が斬りかかる。頭と腰を下げた伊織は男の左脇をすり抜けるように重心を移動させた。そのまま伊織が抜刀し、上を向いたまま抜かれた刀身が男の左脇を斬り撫でる。


 気づくと黒づくめの男は伊織の背後に立っており、刀を振り切った後だった。伊織の立ち位置は最初より少しだけ右前に移動している。


 ……キン! 「──がぁっ!?」


 伊織が刀を納める金属音と共に、黒づくめの男の左脇から血が流れ始めた。男は慌てて左脇を強く抑えて出血を抑えようとする。伊織がゆっくりと振り返って言う。


「止血すれば命は助かります。このままりあえば、出血多量で確実にあなたは死にますよ」

「くぅ……っ!」


 黒づくめの男は右手で左腕を抑えて出血を抑えた状態で逃げて行った。すると今まで布団をかぶって怯えていた土助米の親分が顔を出して伊織に言った。


「先生! 人斬りの野郎は!?」

「すみません。逃げられてしまいました」

「なにィ!? 逃がしただとォ!! チッ……役に立たねぇ先生だぜ……」


 親分にぐちぐち言われながらも伊織は動じない。そんなことよりも、その空間で最も異常な存在に伊織は目と意識を向けていた。


「………………」


 その女は親分と対照的に一度も感情的な面を見せていなかった。ただジッと人形の様に座っていただけだったのだ。すると突然、女が伊織を見て言った。


「ありがとうございます先生。私、怖くて怖くて……声も出せませんでした」

「もう大丈夫ですよ。お優さん──」


 お優の瞳には光がなく、肌は市松人形のように白かった。まるで幽霊と話しているかのような奇妙な感覚を伊織は覚えた。


                   *


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 黒づくめの男が左脇を押さえながら川辺らしき場所に隠れている。土助米の屋敷から逃げて来て、まだ間もない様子である。


「──おや、まだ生きていたのかえ?」

「貴様ァ……女郎蜘蛛!」


 女の声で喋ってはいるが男の目の前にいるのは、おぞましい巨大な蜘蛛だった。男は立ち上がって刀を構える。すると巨大な蜘蛛はカチャカチャと歯を鳴らしながら言う。


「しぶとい男じゃ、貴様が噂の『夜叉桜やしゃざくら』じゃな。ワシの術にかからんとは……お前、男色じゃろう? 気色の悪い男じゃ……」

「はぁ……はぁ……っ!」

「なるほど……もう出血が止まっているな。斬られたといっても、致命傷は避けていたようじゃのう……あの女侍め、手加減をしたな。トドメを刺しに来て正解じゃったのう」

「く……いやしい妖怪、め! はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

「貴様のような男がいては落ち着いて人間狩りもできんわ……大人しく死んでもらおうかのう」


 決死の覚悟で男は女郎蜘蛛に向かって斬りかかった。しかし女郎蜘蛛は口から白い糸を吐き出し、男を一瞬にして繭の様に絡めとってしまう。男はもがきながら抵抗するが動くことができずにいる。そして、女郎蜘蛛が言う。


「女も嫌いじゃが……お前のような男色の男も嫌いじゃ──」


 そう言って女郎蜘蛛は男の腹部を前足で貫き、川に向かって投げ捨てた。


                   *


 ──翌朝、昨晩襲撃してきた黒づくめの男の土左衛門どざえもんが冷たい川に浮かんでいたとの知らせが入った。人斬り夜叉桜が死んだという知らせを聞いて、土助米の親分はご機嫌なようだ。


「いやぁ、まさか人斬りが用心棒のうちの一人だったとは……。しかしこれで一件落着だな! もう用心棒は用済みだ。おいトンキチ! さっさと金を払って出てってもらえ!」


 そう言って親分はトンキチに小判を数枚ほど渡した。トンキチは伊織や他の用心棒たちに申し訳なさそうに報酬を渡していた。


「すいやせん先生……人斬りがウチの用心棒だったということは、どうか内密にお願いします」


 そう言うトンキチから、報酬の小判一枚を伊織が受け取る。もう用済みとなった伊織たち用心棒は、土助米の屋敷を追い出されてしまった。


 用心棒の一人は報酬の一両で酒でも飲みに行くようで、一目散に酒場に向かって行った。伊織たちも朝ごはんがまだのため飯屋を探して大通りに向かう。


 町の中心を流れる川の上にかかる橋の上で小太郎が言う。 


「以外とあっさりと終わっちまったな。あ~腹減っちまった。飯食い行こうぜ、伊織!」

「まだ事件は終わっていませんよ、小太郎殿」

「え? どういうことだよ?」


 問いかける小太郎に対し、意味深に伊織は微笑むだけだった──。


                   *


 ──丑三つ時、安宿の中。

 小太郎が、むくりと起き上がった。


「………………………………………………………………………………」


 糸で吊るされた操り人形の様に布団から起きて立ち上がる。その瞳に意識はなく、まるで夢遊病むゆうびょうの病人のようだ。

 隣には背中を向けて横になって寝ている伊織がいる。小太郎が顔をギギギと向ける。


「ん〰〰。お姉さ〰〰ん、次は、あんみつとみたらし団子をお願いします〰〰」


 伊織は甘味処あまみどころで甘い物を食べている夢を見ているようだ。


 小太郎の首がギギギを真正面を向いた。と歩き出して外に出て行った。フラフラと小太郎は宿を出て、橋を渡り、気が付くと周囲には同じように夢遊病のような男たちが並んで同じ方向に向かっている。


 その中には土助米一家の親分やトンチンカンの三人の子分、それに最初に伊織に突っかかった用心棒の剣客までいた。


 人気のない林の中に男たちが集まると、天から声が聞こえてきた。


「──待っていたぞ」 ドっスンッ!


 夢遊病の男たちの目の前に巨大な蜘蛛が落ちてきた。男たちは目の前のおぞましい蜘蛛を見て恍惚こうこつな表情をしながら下半身を勃起させている。男たちには巨大な蜘蛛が、淫らで色気のある美女に見えているようだ。男たちは興奮して大騒ぎである。


「あぁ……あああぁ! 女だぁあああ! らせてくれぇぇええ!」

「アレはワシの女じゃあああああああああ! ワシだけがはらませていい女じゃあああああああああああああ! おどれら近づくなあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!」


 一生懸命近づこうと男たちは必死だが、糸で後ろに引っ張られているのか、前に進めずにいる。それを眺めながら女郎蜘蛛が言う。


「こんな素敵な殿方に求められるなんて、嬉しい。みんな焦らないで……ちゃんと順番通りに………………喰ってやるからねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 すると小太郎が急に「ビュンっ」と宙に投げ出されるように引っ張り上げられた。そして小太郎は女郎蜘蛛の真上で首吊りをしているかのような状態になる。女郎蜘蛛の大きな口が「くちゃぁああ……」と開いた。


「イタダキマ~ス……」


 糸が切られたように小太郎が女郎蜘蛛の口の中に落ちて行った。次の瞬間──。


 ──タンッッッッッッッッッッッッッッッッッ!


「──小太郎殿は、返してもらいますよ」


 そこの立っていたのは伊織である。小太郎をお姫様抱っこして女郎蜘蛛を殺意を持って睨みつけていた。女郎蜘蛛が伊織に言う。


「…………女……どうして、どうしてどうしてどうしてどうして! どうして『女』がココにいるッ!」

「小太郎殿を尾行してきました。子蜘蛛を使って誘惑の術をかけていたようですが……バレバレでしたよ。あなたのフェロモンは虫臭くてかないません」

「なんじゃ? お前も『男』に飢えているのかえ?」

「失礼ですね。私は小太郎殿一筋ですよ。貴様のような下品な女郎と一緒にしないでください」

「──殺す……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……コロスッッッッッッッッ!!! ワシ以外の女は、全員死ねぇえええええええええええええええええええええええええッッッッ!!」


 女郎蜘蛛は暴れ出し、伊織に向かって前足を突き刺そうとする。伊織は蝶の様に跳び上がって避けた。伊織は地面に着地して刀を抜いた。女郎蜘蛛はすべての前足を使って伊織を潰そうをした。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッッッッッ!!


 伊織は最小限の動きで女郎蜘蛛の前足攻撃をかわしていく! すると女郎蜘蛛は突然「ドシン!」と前方に倒れてしまう。どうやら伊織は避けながら女郎蜘蛛の前足を斬っていたのだ。


「んぎゃあああああああああああああああ!!」


 伊織は刀に語り掛ける様に言う。


「目を覚ましてください、妖刀『悪喰あくじき天女てんにょ』──」


 その一言がきっかけで伊織の刀が桜色に輝き出した。そして伊織も桜色のオーラに包まれていく。伊織の切れ長の瞳が開いて鋭く女郎蜘蛛を見据え、天高く垂直に跳び上がった。女郎蜘蛛が驚いて叫ぶ。


「!? 桜色の刀……まさかァ!!!」

「冥途の土産に教えてあげます。『人斬り夜叉桜やしゃざくら』は、この私です」

「──っ!??!!?!??!?」


 ズヴァン────────────────────ッッッ!!!!!


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 桜色に輝く妖刀を天空から真っ直ぐ振り下ろし、伊織が女郎蜘蛛を一刀両断。女郎蜘蛛は悲鳴を上げてちていく。切られた断面から激しく噴き出す血が空中に飛び散った。すると伊織がつぶやいた。


「喰らえ」


 伊織の声に反応して、妖刀の刀身が桜色に輝き出す。すると空中に浮かんだ血が桜色のオーラの包まれて、桜吹雪の様に、ふんわりと落ちていく。そして血の中に含まれていた魂を妖刀『悪喰あくじき天女てんにょ』が吸い込んでいった。


 シュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウシュウ……。


 妖刀『悪喰あくじき天女てんにょ』が女郎蜘蛛の魂を喰らい始めた。シュウシュウという音と共によこしまな魂が妖刀に吸い込まれていく。


 すべての魂を吸い尽くすと、妖刀はお腹いっぱい満足したのか、桜色の輝きが収まっていった。伊織も妖刀を鞘に納めた。


 目の前には女郎蜘蛛はスッカリ消えて、一人の女の死体だけが転がっていた。伊織が悲しそうにつぶやく。


「やはり、お優さんでしたか……」


 その女郎蜘蛛の正体は『お優』という親分の女だった。お優は女郎蜘蛛として妖怪化してしまっていたようだ。


 妖怪とは元々人間だったものだ。様々な要因によって精神をむしばまれ、人間の心にぽっかり穴が開いたところに邪気が憑りついて妖怪化する。例えるなら寄生虫のようなものだ。


 妖怪を退治するためには、妖怪を斬る必要があるのだが、それは同時に『憑りつかれた人間も一緒に斬る』ことになる。


 つまり妖怪退治とは、妖怪と同時に『人斬りもする』ことに他ならない。伊織が今まで斬ってきた妖怪はたくさんいたが、そのすべてにおいて人間の死体も必ずあった。そうして生まれたのが『人斬り夜叉桜』というわけだ。


 伊織は妖刀の興奮が収まったのを確認すると、お優に憐みの目を向けつつ、静かにその場を去って行った。


                   *


 ──翌日。小太郎が必死に何か言っている様子である。


「ち、違うんだああああああああああああああああ!! 聞いてくれ、伊織いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! オイラ洗脳されてたんだ! あんな女郎なんかに浮気したわけじゃねぇ! オイラは伊織の巨乳にしか興味ねぇから! 信じてくれぇえええええええええええええ!」

「はいはい、分かりましたから。小太郎殿、甘味処あまみどころにでも寄りませんか? あんみつでも食べましょう!」

「お! いいねぇ! オイラも糖分がほしかったところでぃ! 早く行こうぜ、伊織!」


 二人は甘味処に向かう途中、瓦版かわらばん屋のお兄さんから裏の林の中で女の死体が見つかったとの情報を得た。


 女は『お優』という土助米一家の親分の愛人だったと書かれていた。伊織と小太郎は甘味処であんみつを食べながら町がその事件で騒いでいるのを眺めていた。すると小太郎が伊織に言う。


「まぁ、元気出せって伊織」

「?」

「今回も妖怪の仕業だったんだろ? 伊織が甘いもん欲しがるときは大体、妖怪退治した後だからな」

「………………」

「妖怪になっちまったんだから仕方ねぇじゃねぇか。放置したら被害が増えるだけだ。伊織が気に病むことなんて何にもねぇよ!」

「そう……ですね」

「あの黒づくめの襲撃者も妖怪退治が目的だったんだろうが……返り討ちにあったんだろうな……むしろあの男のかたきを討ってやったと思ってさ! 元気出せって!」


 土助米の屋敷で黒づくめの剣客が妖怪と呼んでいたのは親分ではなく、お優の方だったのだろう。手加減したとはいえ、伊織が傷つけて弱らせてしまったのも事実だ。ちゃんと供養した方がいいだろう。


「見つけたぞ、女侍!」


 遠くの方から伊織と小太郎に向かって怒声を上げる男たちがみえた。どうやら土助米どすけべい一家の親分とその子分たちのようだ。親分が凄むように叫ぶ。


「ワシのお優が殺されたのは、お前のせいだ! 用心棒のくせに、この役立たずが! ぶっ殺してやる! てめぇら、あの女侍をぶっ殺せ!!」

「へ、へい!」


 すると親分に命令されたトンチンカンの三人が刀を持って走ってきた。あんみつをいそいで口の中にかっこんだ小太郎が言う。


「用心棒って! とっくに契約も切れてただろうが! あの豚野郎……!」

「いいから逃げますよ! 急いでください小太郎殿! すみませ〰〰ん。お代はココに置いておきま~す」

「お姉ちゃん、ツリはいらねぇぜ!」

「小太郎殿、カッコつけてないで! 早く!」


 土助米どすけべいの親分からもらった報酬の一両をお代として甘味処の赤い椅子の上に置き、伊織は小太郎の手を引っ張って走り出す。小太郎は持っていたあんみつをひっくり返しながらも伊織と共に走り出す。土助米どすけべいの親分が息を切らせながら叫んでいる。


「ま、待ちやがれええええええええええ!! ──はべぶっ!」


 親分が盛大にすっ転んで擦り傷まみれになってしまった。トンチンカンが駆け寄って心配そうにしている。


てぇ……! てぇよぉおお! おかあちゃあああああああああああああん!」

「お、親父!? 大丈夫ですかい!」

「うるせぇ! てめぇら、さっさとあの女侍を追いかけねぇか!!」

「へ、へへ、へい!!」


 頭に血が上っている親分はトンチンカンを殴って大暴れだ。その光景を見て笑いながら小太郎が言う。


「今のうちに行こうぜ、伊織!」

「そうですね~」


 こうして二人は町を逃げる様に脱出した。ああ、どうしていつもドタバタになってしまうのか。伊織と小太郎の珍道中は、まだまだ……続く──。

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あっぱれイオリン! ~ふわふわ妖怪珍道絵巻~ 作者不明(ゴーストライター) @yoshi_hiroki

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