愛された空白 「ひとりでカラカサさしてゆく」/江國香織
私の「X」でのアカウントは、主に読了ポストを生業としていて、本作読了後もそれを行おうとしたのです。けれど、140字(そのうち、毎回タイトル・著者名・あらすじに70字ほどを消費しているので、残り70字)で感想をまとめることができず。
滅多にないことですが、一度ポストした内容を削除し、最終的にポストそのものを断念しました。
とりもなおさずといいますか、江國さんの作品を読むと、これに類似した事態がしばしば起こります。心は動かされたのだけれど、それを言語化できない。
140(実質、70)字はあきらめて、今回はこちらでそれにチャレンジしてみます。
ちなみに、私が読了してきた江國さん作品は、最近では本作を含め、「流しのしたの骨」(再々読)「なつのひかり」「赤い長靴」「犬とハモニカ」などです。
エッセイでは、「とるにたらないものもの」が一番好きかな。
では、まいりましょう。
※あらすじ
大晦日の夜、同じホテルで八十代の男女3人が猟銃自殺した。三人は古くからの友人同士で、遺言は残されていたものの、動機は不明。酒を片手に思い出話に花を咲かせ、締めくくるように自らの命に幕を閉じた。
いったい何故? 残された子や孫、友人。それぞれの故人についての記憶は交じり合い、やがて故人の生涯が浮かび上がってきて―――。
※私にとっての「江國香織」作品
本音をそのまま言うと、拡大解釈された場合に袋叩きにされそうですが、「何が起こったのか言葉にできない魔法をかける作家」さんだと思います。もちろん、本質はぜんぜん違うところにあるのだと思います。
特に得心したのは、Amazonで見た、本作に対するカスタマーレビュー(「nana様」)。
“人は人を(そしてもちろん他の何物をも)所有できないのだということを、江國さんは一貫して描き続けているのだと思う。だから淋しくてうれしくてかなしいのだ、ということを、もっとも美しいかたちで、この世界から取り出して、私達の前に表現してくれているのだと思う。”(レビューより引用)
言われてみれば、作品にしてもエッセイにしても、江國さん作品においては、人物や展開において、ある意味で明確にされているものが見当たらないように思います。
そこはかとなく喪失感が漂っているというか、存在しているのにしていないように、あるいは空気の流れがふと変わるけれど、何故なのかは分からない、そんな感覚。本記事では「空白」という言葉を当てましたが、もっと適切な言葉があるのだと思います。
※「所有」と「空白」
私は江國さんの作品を10冊程度しか読んだことがなく、生粋の、超絶なファンというわけでもない(そのままの程度差の意味で、他意はないです)ので、正確なところはやはり分かりません。
ですが、江國さん作品を味わって思うのは、描ける部分だけが人間ではない、描けない、あえて描かない情緒や情景を通してこそ、感覚的に人は物語に、それぞれの人生に絡めとられる、ということが、江國さんの作品ではよく起こる、と思います。
この感覚は、小川洋子さんの、特にブラックテイストの作品でも起こることですが、小川洋子さんが「沈黙」「静謐」の中で美しい残酷さを描くのに対し(「寡黙な死骸 みだらな弔い」「沈黙博物館」など)、江國さんの描く「空白」(もしそれを、そう称するのなら)は、少しの柔らかなあきらめ(nana様の言葉を借りれば、「所有」に対する)と、そのあきらめさえも抱擁する愛情の衣をまとったものなのではないかと思います。
実は私は、「作品」という意味で、両者にさほど違いがあるとは思っていません。
出典を忘れてしまいましたが、以前「古典とは何か」といったような本の文中に、「開かれた作品」という言葉(「開かれた作品」ウンベルト・エーコ/青土社)が紹介されていました。
記憶する限りでは、「開かれた」というのは、読み手に対して余白が残されており、そこに対する読み手の積極的な没入の機会があるのが「開かれた作品」である、といった意味だったと思います。江國さんの作品について考えていて、今その言葉を思い出しました。
ある種のメッセージや結末が明示された作品も大好きですが、こうした“空間”を配置できる技量を、少しでも学び取りたいものです。
人間の多様性を表現したいと思うとき、私は実存的な人間ドラマを思い描きがちですが、そもそも実存というカテゴリにのみ、人間は当てはまるものではないということを、「余白」として、本作に改めて教えてもらえた気がするのです。
にしなが読んだ本。 西奈 りゆ @mizukase_riyu
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