エピローグ むかし、むかし。


 「ちげえって。南方の海賊だよ」

 「そんなわけあるか。ありゃ、高原地方の訛りだよ」

 「なんだてめえ訳知りに、新入りの癖に」

 「てめえだって新入りじゃねえか」


 長い隊列。

 匈奴の支配地域を通過しようとしているから、いつもよりも男たちの数が多い。

 いま先頭のあたりでわいわいと議論を交わしているのも、近在の街で警護のために新たに雇用した若い男衆だ。

 みな、この隊商、『蒼薔薇と高原の狐』に憧れて志願したものたちだ。


 「なんだ、どうした。もうすぐしょくに入るんだ、揉め事は起こすなよ」

 

 声をかけたのは白頭巾を巻いた、三十手前ほどの男だ。浅黒い肌。深い紫の瞳に、長い栗毛を束ねて肩の横に垂らしている。


 「あ、若頭。ちがうんです、こいつ、大姐あねさまが海賊の出だとか、訳のわかんないことを抜かしやがりまして」

 「だってよ、だって、あんな綺麗な金髪、大姐さまの若かった頃なら海賊か、さもなきゃ……」

 「さもなきゃ、なんだよ」

 「ローマの貴族の子、とかかなあ……」

 「ばあか。んなはずあるか。あの無敵の大姐さまが、貴族だあ。ふざけんな」

 「なんだよ。わかんねえじゃねえかよ」


 隊商の先頭から末尾まで、通過するまでにたっぷり半オラ三十分ほどはかかる。その末尾のあたりで、簡素な籠が馬に引かれている。砂漠地帯の強い日差しに照らされ、シルクロードの各地域の特色を取り混ぜた意匠が輝いている。

 籠の横の日除が上げられた。

 細く、白い手首。

 小さな窓から熱い空気を取り入れ、彼女はゆっくりと深呼吸をした。

 

 仲間と。

 家族と。

 なんども、なんども往復した、この道。

 はるか故郷と、夢をつなぐ道。


 眩しそうに腕をかざす。

 深く皺が刻まれたその腕を辿れば、肩には蒼の薔薇が咲いている。

 いま征く砂漠の空のような、深い、深い蒼。


 「……あんたら。いま、どのへん、旅してるんだい……?」


 紫の瞳を空に向けて、籠のなかの老女がちいさく、つぶやいた。



 <了>


 


 

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パルティアの遺花 〜ごろつき隊商と蒼薔薇の女〜 壱単位 @ichitan

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