アイボリーにボッコボコにされた後から野宿生活を続けて二日。強制お泊まり会から帰ってきたカーディナルが、爆弾発掘ゲームというらしい例の勝負の特訓をしてくれることになった。ということで、猫の形をした大きな一軒家の前に広がる広い庭。しおんは家主であるカーディナルと向かい合って立っていた。


「よし。じゃあ早速、練習しようか」


 毛先を緩く巻いた茶髪の上に黒い猫耳を生やしたニット帽を被り、ジャージの上からダボッとした黒色のローブを纏った細い身体は、何度、目に焼き付けても飽きないほどしおんの欲を満たしてくれる。なんて思いながら、カーディナルの身体に目線を走らせていたしおんは肯いた。引き締まった腰や美しい曲線を描く細くしなやかな脚を見ていた。と気付いているのかいないのか、カーディナルは何も言わずカボチャを出す。一般的に店でよく見るカボチャよりも小さくビー玉ほどしかない。


「このカボチャの軸を押すのがゲームの合図だよ」


 身体に見合った美しく整った顔にニッと笑みを湛えたカーディナルが、手の平に乗っている小さなカボチャをしおんの方へと投げ渡す。しおんは見失わないようによーく目を懲らしながら受け取った。ビー玉サイズのカボチャの軸を恐る恐るカチッと押してみる。

 ボンッという音を立てて超小型車ぐらいの大きさに成長した。持っていられず落としてしまったカボチャが勝手に浮き、それを視線で追っているカーディナルの頭上に移動して空中で静止する。カーディナルも同じようにカボチャの軸を押してしおんの頭上にセットする。


 すると、カーディナルが再び胸を打たれたしおんに何かを投げ渡してきた。何とか受け止めたそれは、文庫本サイズの薄いノートだった。表紙には明らかに手書きの文字で『説明書』と書かれており、中を見てみると爆弾発掘ゲームについて細かく印されている。アイボリーとカーディナルの戦いの際も渡された説明書だ。


「それ、俺が作ったゲームの取説。しおんにあげるから復習してみて」


「カ、カーディナルの手作り!?」


「どこに反応してんだよ!」


 ノートの文字がカーディナルによるものだと分かった途端、豪華絢爛に見えた。しおんは興奮した面持ちで丁寧で達筆な文字達を優しく撫でながら読む。爆弾発掘ゲームとは相手のカボチャの数字をゼロにすることにより、中に埋め込まれた小型爆弾を爆発させて真っ二つに割る勝負だ。

 カボチャを倒す魔法を発動する条件はジャンケンに勝つこと。最低威力のグーで二百、中間のパーで四百。そしてチョキで六百だ。ただし、チョキばかり出していると相手のグーに負けてしまうため、攻撃できるどころか向こうからカボチャをどんどん削られてしまう。


「しおん、読めた?」


「うわっ、近っ」


 ふむふむとゲームの詳細を頭に叩き込むのに夢中になっていると、暇になったらしいカーディナルがしおんに顔を近付けて下から覗き込んできた。至近距離に登場した性癖ドストライクで端正な顔の威力に驚いて、しおんは思わず大きく後ろに仰け反り、強かに尻餅を突いてしまった。

 それを見たカーディナルがキョトンとして目を瞬いた後、フッと小さく笑う。面白そうにしてやったり顔でクスクス笑うその姿が可愛らしくて、驚いたことも尻餅を突いたことによる痛みもどうでも良くなった。


「ごめん、ちょっと驚かせようとしただけなんだよ。はい」


 ようやく笑い声を静めたカーディナルが目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら手を差し出す。起き上がるのを手伝ってくれるらしいカーディナルに遠慮なく甘え眼前の手を掴んだしおんは、立ち上がった勢いを利用して前へと身体を倒してカーディナルの痩躯を地面に押し倒した。あっさりと地面へと横たわったカーディナルの身体に跨がったしおんの心臓が早鐘を打つ。

 カーディナルは押し倒されると思ってなかったのか面食らった表情で目を瞬いていた。驚かされた仕返しをしてやろうと押し倒してみたものの悪戯が思い浮かばず、取り敢えず、カーディナルの細い身体をギューッと抱き締めて横に身体を倒してみるしおん。向かい合って地面に寝転ぶ意味不明な状況にカーディナルがますます不思議そうにする。そんなカーディナルから風に乗って漂ってくる優しいボディーソープの香りが心地良い。


「俺と一緒に寝るのは、アイさんに勝つまでお預けでしょ?」


 満更でもなさそうに腕の中で首を傾けたカーディナルがふわりと柔らかく顔を綻ばせる。しおんは大輪の花が咲き綻ぶようなお日様のような微笑に胸を打たれつつ肯いた。そうだ、アイボリーに爆弾発掘ゲームで勝たなければ、同棲の許可を得られないのだ。

 アイボリーはカーディナルに対して物凄く過保護故、見知らぬしおんとの同棲を賭けた勝負の場合、たとえ初心者であるしおん相手だろうと容赦なく本気を出してくるようなモンペ。折角の練習時間で特訓を疎かにして、自分の欲望を満たしている場合ではない。アイボリーとの勝負の日は一週間後。ルールを覚えるだけでなく勝てるようになるのに、カーディナルとの特訓の時間を無駄にしていい猶予なんて小指の爪ほども存在していない。


「特訓の相手、よろしく」


「了解」


 ガバッと勢いよく起き上がったしおんに好戦的な瞳を妖艶に眇めて肯くカーディナル。そんな赤色の瞳の色香に心臓を撃ち抜かれつつ、しおんは手を前に出した。「じゃあ、いっくよー。じゃんっけん、ぽんっ!」というカーディナルの掛け声と共にグーを繰り出す。対して、カーディナルの手はパーの形をしていた。しおんの負けだ。


「特訓だからって手加減しないよ? 『フレイムキャット』!」


「……かわいい」


 悪戯っぽく双眸を眇めたカーディナルが唇に人差し指を当てて、しおんの胸の中に広がる感情を緊張感から愛おしさに塗り替える。赤い炎で出来た燃える猫達がしおんのカボチャを攻撃した。カーディナルは自慢の猫達を褒められたと思ったのか、「俺のにゃんこたち、かわいいっしょ?」と嬉しそうな笑みを浮かべる。その表情がまた可愛くて、しおんはすれ違っていると分かっていて首肯した。

 戯れる猫たちから解放されたしおんのカボチャは、千五百から四百減らされて千百になっている。愛らしいカーディナルの姿が見られたからか、四百減らされたことなんて気にもならない。このままじゃ勝負に集中できない。しおんは特訓に付き合ってくれているカーディナルに申し訳なくなり、集中できるように提案をする。


「俺が勝ったら、ご褒美が欲しい」


「えっ、突然すぎない?」


 あまりにも唐突すぎる要求に当惑するカーディナルだが、お人好しらしく少し考える仕草をした。ワクワクと期待で胸を弾ませながら待っていると、揶揄を孕んだ双眸を柔らかく眇めて両腕を横に大きく広げるカーディナル。


「じゃあ、しおんが勝ったら、ぎゅーってしてあげる」


 なんて茶化すような口調で言われ、しおんの中に眠っていた闘志を想像以上に刺激する。メラメラと目の奥を燃やすしおんに「よっしゃあ」と喜ばれ、冗談だったのか子供扱いしているつもりだったのか、カーディナルが「あれ?」と首を傾けて困っていた。

 もう一度、カーディナルの腕の中に閉じ込めてもらえる。それ即ち、至近距離であの良い匂いを嗅ぐことが出来るうえ、カーディナルの魅惑的な身体に触れることが出来るということだ。カーディナルの全てが性癖ドストライクなしおんへのご褒美にならないわけがない。

 ヤル気を漲らせたしおんは「よし、行くぞ! じゃんっけん、ぽんっ!」と、カーディナルの準備も待たずに掛け声を口から吐き出す。慌てて繰り出したカーディナルの手はチョキ。しおんの手はパーだった。しおんの負けである。神様はそう簡単に勝たせてくれないらしい。


「にゃんこ達が抱擁反対だって!」


 と、もう一度『フレイムキャット』を発動しながら、困ったような満更でもなさそうな笑みを湛えるカーディナル。しおんのカボチャに突撃してきた猫たちが、心なしか先程よりも凶暴に見えた。どうやら本当にしおんとカーディナルの抱擁に反対意見を唱えているようだ。千百になっていたカボチャのゲージを一気に五百まで減らして帰って行く。

 だが、猫に反対されようと、アイボリーに邪魔されようと、しおんの中に諦めるなんて言葉は存在しない。絶対にカーディナルと抱擁してやるし同棲してやると、更に闘志を燃やしてヤル気を溢れさせる。「おお、めっちゃヤル気出てんじゃん」と目を煌めかせたカーディナルの掛け声で、三度目のジャンケンを行う。しおんがチョキを出したのに対して、パーを繰り出しているカーディナルの手。勝ったしおんは全力でカボチャに魔法をぶつける。


「『ダークネスシャワー』!」


 黒い小さな無数の棘がカーディナルの頭上にあるカボチャ目がけて斜め上から降り注ぐ。魔法を無力化する魔吸石を用いているのか、全てを受け止めたカボチャは無傷だが、闇属性の魔法で触れた相手の重力を五倍にして動けなくする。カーディナルのカボチャのゲージが千五百から九百に減った。

 「おおー」と感嘆の声を漏らして見ていたカーディナルは、まだまだ余裕のある表情をしている。カーディナルの色々な表情を見たいしおんとしては、もう一度、アイボリーとのゲームの際に見た焦る姿も拝みたいところだ。それを糧にますます闘志を燃やしたしおんは、「じゃんけん、するぞ!」とカーディナルに声をかける。


「いいよー。じゃんっけん、ぽんっ!」


「よっしゃ!」


「ああ、また負けた!」


 パーを選出したカーディナルにチョキで勝ったしおんは、再び『ダークネスシャワー』をお見舞いした。カーディナルの頭上に浮かぶカボチャに真っ黒な針がグサグサ刺さり、九百になっていたゲージを三百まで減らしていく。カーディナルが流石に焦りの色を浮かべ始めていた。

 それ見てホクホクしていたしおんだったが、ふと自分との抱擁を嫌がっているのかという、嫌な疑問に脳を支配される。苦虫を嚙み潰したような顔でカーディナルの様子を窺っていると、キョトンとして首を傾げたカーディナルが瞳で何を訴えているのか理解してくれた。


「言っとくけど、別にしおんを抱き締めるのが嫌なわけじゃないよ。ただ、負けるのが悔しいだけ」


「良かったぁ」


「そんなに心配だったの?」


 へなへなと地面に座り込んだしおんの大袈裟な反応にカーディナルが目をパチパチと瞬かせる。カーディナルの全てが好みなしおんにとって嫌われるなんて死活問題なのだ。当然の反応である。「俺がしおんを嫌がってたら、特訓に付き合うわけないじゃん。ほら、じゃんけんするよ」と、ほんの少し照れ臭そうに呆れたように告げたカーディナルが、手を前に出した。面映ゆそうな顔も可愛いと目に焼き付けながら、しおんも立ち上がって手を前に差し出す。

 四度目のジャンケンはカーディナルの勝ちだった。幸いにもグーを出して負けたおかげで、炎の猫達に減らされたゲージが百だけ残る。次、ジャンケンに負けたらゲームにも負けてしまう。それは嫌だ。カーディナルと抱擁できる権利を感嘆に手放してたまるかと、欲望を胸懐から隠さず溢れさせて闘志に変える。「何かしおんの目、怖くない?」とカーディナルに言われながらも、彼との五回目のジャンケンに挑んだ。結果はしおんの負けだった。

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