Ⅳ
「ねぇ、俺も爆弾発掘ゲームやりたい!」
自力でお菓子の山からの脱出を試みるわかばを横目に、饅頭を十個以上食べたあんずが挙手をする。期待を込めた双眸をワクワクと輝かせていた。しおんを連れ戻す為というよりは、純粋に爆弾発掘ゲームで遊んでみたいらしい。
と、面食らった表情で赤色の瞳を瞬いていたカーディナルが、不意にしおんの肩を抱いてグイッと自分の方へと引き寄せる。「あええっ!?」と突然すぎる至近距離に狼狽えるしおんにもたれ、カーディナルは無駄に色っぽく蠱惑的な笑みで尋ねた。
「しおんと俺、どっちとやりたい?」
「カ、カーディナルでお願いします……」
「もう、カーディナル! 色気振り撒くの禁止!」
「わっ!?」
背筋を粟立たせるいやらしくない上品な色香を浴びて、顔を赤らめたあんずに嫉妬したしおんはカーディナルをギュッと抱擁する。目を丸くするカーディナルにスリスリと頬擦りをし、頼むからこれ以上、信者を増やさないでくれと、心の中で懇願した。ムッと唇を尖らせて不貞腐れるしおんと、キョトンとしているカーディナルを、あんずが微笑ましそうに見ている。
どうやら先程の目に毒なほどのお色気を受けても、特にカーディナルに対する感情に変化はなかったようだ。ライバルになりうる可能性が消えて、しおんは胸を撫で下ろす。あんずがニコニコと穏やかな笑みを浮かべて、カーディナルとくっつくしおんに告げた。
「しおんはカーディナルが大好きなんだね」
「当然! それより、あんずも魔法を使えるようになったのか?」
ど直球に愛を伝えられて、「ふみゃっ!?」と鳴きながら顔を紅潮させるカーディナルが、ツッコミを入れる前に話題を切り替えるしおん。理由? ツッコミたいのにツッコミを入れられず、ジワジワとか見上げる羞恥心に悶えるカーディナルが見たいからだ。
案の定、発散できず行き場を失った恥ずかしさに支配され、カーディナルが面映そうな顔に紅葉を散らしながら視線を彷徨わせる。と、耐えきれなくなったのか、しおんの胸に紅い顔を埋めて隠し、額をグリグリと押し当ててきた。物凄く可愛い。
「うん、頑張って練習したからね。見せてあげたいから早く勝負しようよ、カーディナル」
「えっ、あっ、うん……」
「俺が勝ったら泣き顔を見せてね」
「うえっ!?」
顔を覗き込まれたカーディナルが肯くと、とんでもない性癖を暴露するあんず。ようやく落ち着いた様子だったカーディナルの驚いた顔にニコッと微笑み、頭を撫でながら「俺、本気だからね」と恐ろしいことを告げる。前言撤回。ライバルになりそうにないと思っていたあんずの性癖にも、しっかりとカーディナルの可愛らしさは刺さっていたらしい。
要注意人物のリストに加えるしおんから離れ、カーディナルがあんずにカボチャを渡す。負けると泣かされることになったが、一体どんな方法で泣き顔を拝むつもりなのだろうか。そんな感情がありありと書かれている。好奇心を刺激されてドキドキしているカーディナルに、穏やかな愛想の良い笑みを湛えたあんずが「よろしくねー」と手を振る。
マイペースな中にサディスティックな部分を潜めるあんずにカーディナルが手を振り返した。「わー、かわいいー」とあんずが喜んだ後、二人同時にカボチャの軸を押して試合を始める。手を振り返しただけなのに褒められ、カーディナルが不思議そうに首を傾けて戸惑っていた。完全にあんずのペースに乗せられているが、大丈夫だろうか。
「えーっと、ジャンケンをするんだっけ?」
「うん、いくよー。じゃんっけん、ぽんっ!」
首を横に倒したあんずに肯いたカーディナルの掛け声で二人のジャンケンが始まる。結果はチョキを繰り出したカーディナルの勝ち。「よしっ、『フラムスタンプ』!」と、いつもの調子を取り戻したカーディナルが、好戦的に赤色の瞳を煌めかせて元気に叫んだ。赤く燃え盛る炎で出来た巨大な猫が、あんずの頭上に浮かぶカボチャにのしかかる。
千五百あったゲージを一気に九百まで減らした巨大猫が、喜ぶカーディナルの前に降り立って撫でてという風に頭を突き出した。主人であるカーディナルは熱さを感じない為、褒められたがっている巨大猫の頭を撫で回し、嬉々として額同士を合わせてグリグリし合う。猫とじゃれ合うカーディナルの可憐な光景に、わかばもあんずもしおんも固まる。
「おい、しおん。お前、ほんっとうにあんなに容姿端麗で、抱き締めたくなるほど可愛らしい人と、一緒に暮らしてるのか?」
「いいなあ。交替してよ、しおん」
「絶対にしない。同棲に辿り着くまでどれだけ大変だったと思ってるんだ」
開いた口が塞がらない間抜けな顔をしていたわかばとあんずに詰め寄られるしおん。ヒソヒソと訝しんでくるわかばに肯定し、立場を狙うあんずの額は軽く指で弾いておく。本当に今までの人生の中で一番苦労したのだ。この権利は誰にも渡したくない。
「おーい、あんず。続きやるよー」
「あっ、うん。いつでもいいよ」
「よーし。じゃんっけん、ぽんっ!」
集まってヒソヒソ話す三人にキョトンとしていたカーディナルに呼ばれ、慌てて戻ったあんずが掛け声に合わせて二回目のジャンケンを行う。結果はあんずの勝ちだった。初めて見るあんずの魔法に興味を惹かれたしおんは期待で胸をドキドキさせる。
あんずが発動した魔法は『セイクリッドティア』。あんずの呪文によって、カーディナルのカボチャの上にだけ、白く輝く神々しい光の雨が降り注ぐ。だが、特別な造りのカボチャの所為で、どのような降下を持つ魔法なのか、いまいち分からない。
「この雨はどういう効果があるんだ?」
「触れた人を感動させるんだよ。俺が勝ったら、この魔法で強制的に泣かせてあげるからね」
「うぇぇ、絶対やだ」
好奇心を満たしたくて尋ねたしおんに、あんずが悪戯っぽく目を細めて応える。どのようにして泣かせるのか気になっていたが、そういう魔法を扱うことが出来るようになったらしい。カーディナルが負けたら本当に強制的に鳴かされると知り、苦虫を嚙み潰したような顔で嫌そうに両腕を胸の前で交差させた。赤い瞳の奥に闘志の炎が宿る。
「俺の涙なんて見て何が面白いんだよ。絶対に見せてやんないからな!」
「ええー、そこを何とか頼むよー。じゃんっけん、ぽんっ!」
あんずの掛け声で繰り広げられたジャンケンは、むうっと頬を膨らませたカーディナルの勝利だった。へらへらとした笑みを湛えながら両手を合わせるあんずのカボチャに、カーディナルが「お断りでーす!」と容赦なく『ファイアプリズン』を放つ。猫の顔の形をした炎の檻に閉じ込められたカボチャのゲージが、九百から五百まで削られた。
「俺を泣かせたいんだったら、もっと本気を出さないと無理だよ?」
先程までの表情を一転させ、揶揄を孕んだ双眸を眇めたカーディナルが、茶目っ気全開の笑みを浮かべ、首をこてんと傾けてあんずを煽る。否、悪戯気味な笑みを浮かべて挑発しているのだろうが、ただ可愛らしいだけで全く苛立たしさなんて芽生えてこない。恐らくあんずもそうなのだろう。「そっかあ」と笑みを絶やさず手を前に突き出す。
「だったら、神様を味方に付けられるように、ちょっとがんばろっかな」
「やれるもんならやってみろ」
「じゃんっけん、ぽんっ!」と同時に叫んだ二人により繰り出される二つの手。勝者はグーを出したカーディナル。カーディナルにより召喚された『フレイムキャット』達が、心なしか怒りをぶつけるみたくカボチャを攻撃した。炎で出来た猫達は主人であるカーディナルに懐いている。泣かせるなんて言い出したあんずに対して怒っているのだろう。
今までで一番長い間、引っ掻いたり体当たりされたあんずのカボチャのゲージが残り三百になった。「泣かせる以前に、一回しか攻撃できてない!」と頭を抱えるあんずに、わかばが「神様に祈ってみたら?」と告げる。あんずは自棄になっているのか、左右の手の平を合わせて指をしっかりと絡め、天井を見上げながら瞼を閉じた。
「神様、お願いします。どうか、俺に大逆転のチャンスをください」
「だめっ! 神様、俺にこのまま勝たせてくれるよね? ね!?」
それを邪魔するように、眉尻を下げて瞳を不安そうに揺らしたカーディナルが、天井に向かって縋るように首を傾ける。しおんが神様だったら絶対にカーディナルのお願いを聞くだろう。だが、神様は可愛さに屈しないようで、次のジャンケンで勝ったのはあんずだった。今まで絶好調だったカーディナルが目を丸くさせて「みゃあっ!?」と猫みたいな鳴き声を溢す。
「『ホーリーハーリケイン』!」
あんずがギラギラと橙色の双眸を光らせて呪文を唱えると、カボチャの周囲に神々しい聖なる光の暴風が吹き荒れた。全てを呑み込むような白い光に包まれ、眩さのあまりしおんは薄目になってしまう。流石、チョキに選ばれた魔法だ。物凄い威力である。カーディナルのカボチャのゲージが千百から五百まで減った。
「もう負けない! じゃんっけん、ぽんっ!」というカーディナルの掛け声で何度目かのジャンケンが始まる。またもやあんずの連勝だった。神様に二回連続で裏切られたカーディナルが、「うにゃっ!?」と自分の突き出したチョキの手を見つめる。もしかすると、神様も可愛さに屈していて、可愛いカーディナルが見たいのかもしれない。
二人のゲージがどちらも三百になった。良い感じの勝負を繰り広げている。グーで勝利しない限りこれが最後のジャンケンになるだろう。真剣な表情でお互いを見つめ合うカーディナルとあんず。カーディナルとあんなに長いこと視線をかち合わせているなんて羨ましい。なんて思っているしおんをよそに、最後のジャンケンが始まった。
「「じゃんっけん、ぽんっ!」」
「よっしゃああああっ! 『ファイアプリズン』!」
「わあああああっ!?」
勝者はカーディナル。快哉を叫びつつ魔法を唱えて、カボチャのゲージをゼロにする。全ての数字を削り取られたカボチャが真っ二つになり、あんずの上に大量の一口チョコレートを振らせた。想定以上の量だったのか、吃驚したらしいあんずの悲鳴が部屋に響く。強制的にうつ伏せにされたあんずの背中に一口チョコレートの山が築かれていった。
「ありがとう、神様。大好き!」
「ああっ、神様ずるい! 俺にも好きって言って、カーディナル!」
投げキッスを天に向かって撃つカーディナルに後ろから抱きついて嫉妬するしおん。その間、わかばがあんずの周囲に落ちている一口チョコレートを食べ、目をキラキラと輝かせている。幼馴染は同じ行動をするものなのだろうか。魔力を持たない分、すぐに這い出てきたあんずも、わかばと一緒に色々な味の一口チョコレートを食べている。
カーディナルがあんずにもわかばにも勝ったことで、しおんを連れ戻すのを諦めた二人。しかし、必ずしおんを連れ戻すと啖呵を切った故、帰るに帰れないらしい。しかし、しおんはカーディナルとの二人きりの同棲を誰にも邪魔されたくない。結果、二人は帰宅難民を受け入れる無料の賃貸住宅を借りることになった。契約期間は一年。それまでの間に、金銭を集めて別の賃貸住宅に移るか、一軒家を購入しなければいけないようだ。
「あっ、そうだ。学校に通ったら寮に入れるよ?」
「学校?」
「うん。しおん達って何歳? 俺は十六歳なんだけど」
そんな二人にバイトを紹介していたしおんは、カーディナルの問いかけに「えっ、同じだ」と目を点にする。幼い頃から一緒に居るしおんとあんずとわかばは全員十六歳だ。まさか、カーディナルも同い年だったとは。そのことを伝えると、「よしっ、じゃあ通えるね。買い物が終わったら、話しておくよ」と、カーディナルが温和な相好を柔らかく崩す。瞬間、あんずとわかばが感極まった表情で、きっと天使に見えているであろうカーディナルに抱きついた。
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