Ⅲ
「しおん!」
必要なものを購入した後、インテリア雑貨専門店を出て、カーディナルと共に家庭用品が売られている八階に来たしおん。すると、店の前で茶色の髪に緑の瞳を持つ男に名前を呼ばれた。その隣には、黒色の髪に橙色の瞳の男も居る。しおんは村での知り合いの登場に息を呑んだ。ちなみにアイボリーは、用事を終わらせるべく、名残惜しそうに去った。
「わかば!? それに、あんずも……」
「お前を村に連れ戻しに来たぞ。村の奴等を説得して、三人で暮らそう」
「だめっ! しおんを連れて帰るなんて許さないからな!」
手を差し伸べた立花わかばを訝しげに睨めつけ、ギュッとしおんを腕の中に閉じ込めて庇うカーディナル。一緒に暮らしたくて同情を誘う為、大袈裟に村での扱いを語ったからか、絶対にそんな酷い場所には帰さないという強い意志を感じる。端整な顔立ちの美人に睨まれたわかばは、ほんの少しだけ気圧されながら問いかけた。
「だ、誰だ?」
「俺はカーディナル。しおんと一緒に住んでる」
「こ、こんな美人と同棲!?」
「しおん、騙されてるんじゃないの?」
「騙されてねぇわ!」
カーディナルの自己紹介を聞き、瞠目して魂消るわかばと、怪訝な表情をする高橋あんず。しおんは失礼な二人にツッコミを入れ、得意満面な表情で胸を張る。わかばとあんずはしおんの同棲相手を観察し始めた。毛先を緩く捲いた茶髪の上に黒色の猫耳ニット帽を乗せたカーディナルは、警戒心を滲ませた赤色の瞳を二人に突き刺している。ダボッとした黒色のローブとジャージに包まれた身体は、思わず鷲掴みにしたくなるほど細く魅惑的だ。こんな美人と一緒に住んでいることを実感し、しおんは心の中で改めて神様に感謝の意を述べる。
「くそっ、羨ましい。じゃなくて、こうなったらしおんを惑わす美人を、一時的に俺の言うことだけ聞くようにしてやる。『カルディアラディウス』!」
サラッと本音を溢したわかばが両手でハートの形を作った。刹那、ハートの形を作ったわかばの手から放たれた広範囲の桃色の風が、ブワッとカーディナルの方へと向かっていく。「しおん、危ない!」とカーディナルが咄嗟にしおんを突き飛ばして風から引き離す。村で魔力を持っていたのは自分だけだった故、しおんは目を大きく見開いて驚嘆した。
「なっ、わかばが魔法!?」
「しおんを一人にしない為に練習したんだ。魔力は持ってないから、魔力石頼りだけどな」
わかばがルビーのように光り輝く赤い石と光を失った白い石を見せる。形は同じ卵形。確かに本物の魔力石だ。魔力石は一回だけ魔法を撃つことが出来る程度の魔力を凝縮した石。使い捨てタイプで一回使うと魔力を失って真っ白になる。
つまり、魔力を持っていないわかばでも、魔力石を持っていれば魔法を使うことが出来るのだ。あの魔法を忌み嫌う村では見つからない代物である。と、自分の為にそこまでしてくれたことに感極まっているしおんの横で、カーディナルが立ち上がった。
「わかば大好きー!」
「おっと」
「カーディナルうううううっ!?」
そのまま、ふらふらとわかばの方に駆け寄ってギューッと飛びつく。ふわりと抱き締めた満更でもなさそうなわかばを見て、しおんは絶望の底に落とされた気分で叫喚した。鳩が豆鉄砲を食ったような表情で開いた口が塞がらないしおんの視界で、わかばがスリスリと自分に擦り寄って甘えているカーディナルの顎をクイッと持ち上げる。
「だったら、俺の言うことを聞いてくれるか?」
「うん、何でも言うこと聞く♡」
わかばへの好意を無理やり植え付けられているカーディナルは、愛情の色を滲ませ無邪気な笑みを浮かべて即答した。薔薇のようにありったけの笑顔から愛おしさをこれでもかと溢れさせ、役に立てることが嬉しいのか赤色の瞳をキラキラと輝かせている。興奮気味に頬を色づかせている姿なんて、アイボリーやリーフグリーンに見られたらどうなることやら。
「くそぉ。わかば、羨ましい」と歯を食い縛りながらわかばに嫉妬するしおんに、あんずが「なんか固まっててそれどころじゃなさそうだけどね」と石化した友人の様子を告げた。どうやら恋人居ない歴=年齢のわかばには強すぎる刺激だったらしい。顔を真っ赤にして口をパクパクさせながら身体を強張らせていた。気持ちはとてもよく分かる。
「どうしたの? 俺、わかばになら何をされてもいいよ?」
カーディナルが不思議そうに首を傾けてキョトンとした後、ふわりと花が咲き綻ぶように慈愛に満ちた相好を崩して耳元で囁く。トドメを刺されたわかばが鼻から大量の血液を噴き出して後ろに倒れた。近くに居たあんずが慌てて駆け寄り、床に頭を打ち付ける前に受け止める。それと同時に、魔法から解放されたカーディナルが、目をパチパチと瞬いた。
「あれ? 俺、一体……」
「カーディナルうううううっ! 元に戻って良かったああああっ!」
「うええっ!? しおん、なんで泣いてんのさ!?」
しおんは愁眉を開いてキョトンとするカーディナルに飛びつく。号泣しているしおんを受け止めたカーディナルが、困惑気味に頭をよしよしと優しく撫でてくれた。カーディナルの身体から漂ってくる柔らかく優しい香りがしおんに安心感を与えてくれる。まさかカーディナルを奪われそうになることが、こんなにもゾッとするほど恐ろしいとは思いもしなかった。
「ったく、わかばの奴。おっそろしい魔法を覚えやがって」というしおんの呟きで、「あっ、そっか。俺、魔法を使われたんだっけ?」と思い出したカーディナルが、わかばに視線を向ける。わかばはしおんの腕の中に居るカーディナルに見つめられて、ギクリと身を硬直させた。あんずのお陰か鼻血は既に止まっており、意識もハッキリしているようだ。
「ねぇ、一つ言って良い? 此処では勝敗を決める時、爆弾発掘ゲームで勝負するんだよ」
「ば、爆弾発掘ゲーム?」
「うん、折角だから教えてあげる。純粋な魔法勝負より、こっちの方が被害も少ないからね」
しおんの手をやんわりと退けたカーディナルが戸惑うわかばに肯く。しおんの村では存在していないゲーム名を告げられ、あんずも首を傾げて怪訝そうな表情をしていた。気持ちは分かる。「しおん、俺が作った説明書って持ってる?」とカーディナルに聞かれたしおんは、懐から特訓の際に貰ったカーディナルお手製のルールブックを取り出す。それをカーディナルに渡すとわかばの手に渡った。
「勿論、わかばが望むんだったら、普通に魔法で勝負をしてもいいけど?」
「ば、爆弾発掘ゲームでお願いします」
ルールブックに目を落とそうとしたわかばの顎をクイッと上げ、好戦的に妖艶に赤色の瞳を光らせて微笑んだカーディナルに気圧されて、わかばが石像みたいにピシリと固まった身体で顔を引き攣らせる。しおんがカーディナルお手製のルールブックを奪われないよう目を凝らす中、何となくで爆弾発掘ゲームについて頭に叩き込んだわかばとあんず。カーディナルの案内で八階にも設置されているゲーム専用の場所に向かい、ドアを開けて真っ白な部屋に入る。
カーディナルから貰ったビー玉サイズのカボチャの軸をわかばが恐る恐る押した。それにより、手の中に収まっていたカボチャが超小型車ほどまで成長する。驚いて「うわっ」と思わずわかばに落とされるカボチャ。しかし、自分で浮かび上がってカーディナルの頭上に佇む。カーディナルも慣れた動作でカボチャを大きくして目を丸くするわかばの頭上へと移動させた。
「それじゃあ、いっくよー。じゃんっけん、ぽんっ!」
「あっ、負けた」
「いけぇ、『フレイムキャット』!」
カーディナルの掛け声で行われたジャンケンの敗者はわかば。チョキを繰り出した自分の手を見てポツリと呟く彼のカボチャに、カーディナルが炎で出来た猫達を召喚して攻撃させる。子猫たちが頑張って引っ掻いたり体当たりをし、わかばのカボチャのゲージが千五百から千三百になった。手加減しているのか、すぐに猫たちを戻す。
「二戦目いくよー。じゃんっけん、ぽんっ!」とカーディナルが続けて掛け声を担当する。またもやカーディナルの勝ちだった。それも、チョキで勝利したカーディナルが、わかばのカボチャに向けて、『フラムスタンプ』を放つ。炎を纏った巨大な猫がカボチャにのしかかり、ゴロゴロと寝転んだり叩いたりしてゲージを七百まで減らした。
「なんか、かわいい」
「ふっふーん。俺のにゃんこ、かわいいでしょ」
わかばがカボチャに戯れる猫を見上げながら呟く。自慢の猫を褒められたと思ったカーディナルが誇らしげに嬉しそうに胸を張る。が、恐らくわかばが言ったのは、猫系の魔法ばかり使うカーディナルに対する言葉だろう。ローブがダボッとしていて萌え袖なことや、黒い猫耳を生やしたニット帽も相俟って、色気と絶妙なバランスで可愛さも醸し出している。
「でも、褒めたって手加減はしないから。じゃんっけん、ぽんっ!」
「ちょっ、勝てないんだけど!?」
「神様も美人には弱いんだね」
カーディナルの掛け声で行われた三度目のジャンケンでも負けたわかばが焦りの色を宿した。グーの形をしたわかばの手を見ていたあんずが、天井を仰ぎ見て適当なことを言う。しかし、しおんが神様だとしたら、カーディナルをずっと勝利させる。つまり、あんずの言うことは、割と理にかなっている気がした。
しかし、ジャンケンで負けた時やお菓子の雨に降られた際、カーディナルが叫ぶ愛らしい猫みたいな鳴き声を聞けないと物足りない。村に連れ戻されたくない為、カーディナルに勝ってほしいが、それはそれとして、あの可愛らしい猫の鳴き声が聞きたい。しおんはこっそりと神様に祈ってみる。
「次、いくよー。じゃんっけん、ぽんっ!」
「あっ、勝った!」
「うにゃっ!? ここは俺が圧勝する流れじゃないの!?」
しおんの願いを聞き入れたのか同じ思いだったのか、神様の裏切りによりジャンケンに負けるカーディナル。ようやく勝ててぱあっと顔を輝かせたわかばは、驚くカーディナルの猫みたいな鳴き声の可愛さに頬を紅潮させ、魔法を撃つのを完全に忘れてしまっている。
カーディナルに「わかば?」と不思議そうに名前を呼ばれ、ようやくと胸を衝かれたわかばが慌てて魔法を撃つ。パーで勝利したわかばが使った魔法は『カルディアラディウス』。しおんにとって若干のトラウマとなった桃色の風が、ブワッとカーディナルのカボチャを襲う。
「もう勝たせないよ。じゃんっけん、ぽんっ!」
「ゲッ、負けた」
好戦的に赤色の瞳を煌めかせたカーディナルが有言実行。チョキで勝利したカーディナルの『フラムスタンプ』が、苦虫を嚙み潰したような顔のわかばのカボチャに直撃する。その後、行われたカーディナルの掛け声によるジャンケンもカーディナルがパーで勝利。カーディナルが放った『ファイアプリズン』がカボチャを襲う。猫の顔の形をした炎に包まれたカボチャのゲージがゼロになり、真っ二つに割れて個包装された饅頭が大量にわかばの元に降り注いだ。
「あああああっ!?」
初めてのお菓子の雨にわかばが驚きと悲鳴を織り交ぜた声を上げる。容赦なく降る饅頭の雨に押し倒されたわかばがうつ伏せになった。その背中の上に饅頭の山が築かれる。魔力を持っていない為、グッタリしていないが、重くて中々に抜け出せそうにない。饅頭を興味津々に掴んで包装を開けたあんずが、何の躊躇もなく食べた。
「俺の勝ち」
大量の個包装されたお菓子に押し潰されて動けないわかばの前に屈み込んだカーディナルが、茶目っ気全開の双眸を眇めて人差し指と中指を立てたピースサインを突きつける。ふんわりと醸し出された柔らかい色気に当てられたわかばの頬がカァーッと紅潮した。
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