「あっ、アイさん」


「しおんくんやん」


 百貨店の九階に位置するインテリア雑貨専門店で、白背景に黒猫を描いた食器にしおんとアイボリーの手が重なる。カーディナルを彷彿させる可愛らしい猫柄の食器は残り一つ。同じ商品を狙っていることに気付いて気まずくなる。しおんとしては色々と吟味した結果、選ばれた食器故、どうしても欲しい。別に猫が好きなわけではないが。

 恐らくアイボリーが同じ食器を選択した理由も同様だろう。いつも黒色の猫耳を生やしたニット帽を被っていて、何かと猫の鳴き声を溢したり魔法が猫だったりする。そんなカーディナルの影響で猫の商品に目が止まってしまう。お互いに無言で手を退けず視線をかち合わせていると、別の商品を見ていたカーディナルがしおんの後ろから登場した。


「しおん、決まった? って、あれ? アイさんじゃん」


「ナルちゃん!」


「わあっ!?」


 食器から手を離したアイボリーがカーディナルに正面から飛びつく。ジャージとダボッとした黒いローブに包まれた細い身体に腕を回し、肩口に顔を埋めて柔らかくて優しいにおいを嗅いでいた。それに嫉妬したしおんは引き剥がそうとしたが、ふと手の中にある食器を見て足早にレジの方へと向かう。


「カーディナル、今のうちに会計してくるね」


「えっ? どうせなら、俺が買う物と一緒に……」


「ちょーっと待ったぁ! 抜け駆けは許さへんで!」


「チッ、バレたか」


 早口でカーディナルに伝えたことでバレてしまい、アイボリーがしおんの服を両手で強く掴んで引き止める。何も言わずに離れると迷惑かと気遣ったことが、あだとなってしまった。しおんは背中側の服を皺になるほど掴んだアイボリーを見て舌を打つ。すると、話の流れを把握したらしいカーディナルが、悪戯気味に双眸を眇めてアイボリーを覗き込んだ。


「お互いに譲る気がないんだったら方法は一つじゃない?」


「そうやな。爆弾発掘ゲームで勝負や」


 それに肯いたアイボリーが好戦的に黄金色の瞳を煌めかせて、しおんにビシッと人差し指を突き刺した。しおんが「えっ、こんな店のど真ん中で?」と目を丸くすると、「大丈夫やで。着いてきて」とアイボリーにどこかへ案内される。途中でカーディナルが「えー、かわいいー」と言いながら食器を手に取り、近くに居る店員の方へと駆け寄って説明を始めた。

 カーディナルの気に入った様子を見て、ますます食器が欲しくなる。店員もこういったことに慣れているようで、何かテープを貼ってから食器をカーディナルに渡した。追い着いたカーディナルによると、こうすることでゲーム中に他の客の手へと渡るのを阻止できるそうだ。


 商品を取り合って爆弾発掘ゲームを行うのはよくあるのか、インテリア雑貨専門店と同じ階に専用の場所を見つけた。八つのドアに数字を記された看板が掛かっており、一番から七番まで使用中と書かれている。あそこのインテリア雑貨専門店は九階のほとんどを占めている為、取り合いも多いのだろう。

 中に入ると四畳ほどのシンプルな部屋が広がっていた。床も壁も真っ白で何も置かれておらず、防音対策も完璧なようで他の客の会話も聞こえない。カーディナルが床に座って買ったばかりの商品を整理している中、いつも持ち歩いているカボチャを取り出しアイボリーと向かい合うしおん。軸を押して相手の頭上に移動させる。


「リベンジマッチやな。次は勝たせてもらうで」


「今度も俺が勝つ。じゃんっけん、ぽんっ!」


 アイボリーも軸を押し頭上にカボチャを移動させたところで、しおんは掛け声と共にグーの形をした手を前に突き出した。結果はアイボリーの勝ち。パーを繰り出して勝利を掴んだアイボリーは、フッと得意満面に笑ってしおんのカボチャに手の平を向ける。

 アイボリーが『エクレールタイフーン』と唱えた途端、カボチャの周囲にだけ巻き起こる暴風雨と、光ってすぐに落ちる無数の雷。特殊な造りをしたカボチャが暴風雨も落雷も受け止めてくれているが、正直に言おう。めちゃくちゃ怖い。


「『シザーライトニング』やと思ったやろ? 最近、周囲が手によって魔法を変えてるから、俺も分けてみてん」


「ということは、チョキの時はもっとヤバい雷が……?」


「それは俺がチョキで勝ってからのお楽しみや」


「絶対にチョキで勝たせないようにしないと!」


 落雷で少し顔を青ざめさせていたしおんは、悪戯っぽく目を細めたアイボリーの言葉に怯える。ジャンケンで繰り出した手によって魔法を変える新ルールは、カーディナルとリーフグリーンの会話によって生まれた特殊な個別ルールみたいなものなのに広まりすぎだろう。改めてカーディナルの影響力と愛され具合に驚かされる。


「いくぞっ。じゃんっけん、ぽんっ!」


「はーい、俺の勝ちー。『シザーライトニング』!」


 しおんの掛け声で繰り広げられたジャンケンに勝ったアイボリーが魔法を放った。大きな鋏の刃の部分の形をした青白く輝いている電気が、しおんのカボチャを挟むような形で交差する。千五百あったゲージが二連続攻撃で一気に九百まで減らされた。チョキの魔法に怯えている場合じゃない。ジャンケンに勝ってアイボリーのカボチャのゲージを減らさなければ。

 しおんは改めて顔を引き締めて集中する。カーディナルもお気に入りらしくジッと見ている黒猫の食器を何としてでも手に入れたい。カーディナルの周りに散らかっている購入した商品も、猫を描いたものや猫の顔の形をしたものが多く見える。是非ともしおんから黒猫の食器をカーディナルにプレゼントしたい。もしかすると、アイボリーもカーディナル宛てに買おうとしているのかもしれない。


「作戦を立てる時間なんか与えへんで。じゃんっけん、ぽんっ!」


「ああっ、やばい! また負けた!」


「いくで、『サンダーフェニックス』!」


 ようやく大技を出せるからか双眸を煌めかせたアイボリーが、ジャンケンに負けて焦るしおんのカボチャに魔法を唱える。飛行機ほどの大きさをした身体に炎と雷を纏った不死鳥が、迫力のある咆哮を天に向かって放つ。そして、鋭い眼光でカボチャを睨めつけ、物凄い速さで突撃した。容赦のない体当たりと炎と雷が襲う。

 特大の雷を落とすとかよりも心拍数を増加させられて、しおんはドキドキと早鐘を打つ心臓を抑えながら悔しさに歯を食い縛る。何だか負けた気分だ。というか、攻撃され続けていて、もうゲージが三百しかない。このままじゃ、本当に負けてしまう。しおんは焦燥に駆られた表情で、カーディナルに縋るような眼差しを向けた。


「カーディナル、俺が勝ったら何かご褒美をくれないか?」


「ご褒美?」


「頼む、アイさんが強すぎるから、何か闘志が漲るご褒美をくれ」


 買ったばかりのもふもふしてそうなクッションを抱き締めたカーディナルが、ご褒美を強請るしおんの言葉に面食らった表情で赤色の瞳を瞬かせる。以前、アイボリーに勝利したときは、同性の権利が掛かっていた。

 あれぐらいの緊張感や勝利の歓びがなければ、アイボリーほどの強者に勝てない実力なのかもしれない。しおんが頭を深々と下げて待っていると、「うーん」と悩んでいたカーディナルから待望の言葉を手に入れた。


「じゃあ、しおんが勝ったら、買い物中、手を繋いであげる」


「はああああっ!? そんなん許さへんで! ホンマにデートしてるみたいやん!」


「よっしゃああああっ! 絶対に勝つ!」


 クッションを抱いていた右手を前に突き出して柔和に微笑むカーディナルのご褒美に、アイボリーが目を大きく見開いて猛反対する中、まだ勝っていないのに快哉を叫ぶしおん。まだまだ必要なものがたくさんある今回の買い物デート。二人で仲良く手を繋ぎながら歩けば、アイボリーの言う通り更にデート感を醸し出すことができる。しおんは目の奥に闘志の炎を燃やして、苦虫を嚙み潰したような顔に不満を滲ませたアイボリーを睨めつけた。


「ナルちゃんと手を繋いで歩くなんて絶対にさせへんで!」


「何としてでもアイさんを倒してカーディナルと手を繋がせてもらう! じゃんっけん、ぽんっ!」


 睨み返してきたアイボリーの瞳にも闘志の炎が燃えている。ご褒美作戦は諸刃の剣だったらしい。それでも、しおんに勝利への欲望が生まれたのは事実。必ず勝ってやると意気込んで、ジャンケンの掛け声を担当する。二人とも気合い満々で手を繰り出した。

 結果はようやくしおんの勝ち。流石、カーディナルパワーである。パーで勝利したしおんはアイボリーのカボチャに向かって『シャドーアレーナ』を撃った。真っ黒な砂嵐がカボチャの周囲にだけ巻き起こる。今日初めてアイボリーのカボチャのゲージが千五百から千百に減った。


「やっと勝てたよ! ありがとう、カーディナル!」


「うえっ? ど、どういたしまして?」


「まだ勝負は終わってへん。その幸せ、ぶち壊したるわ!」


 キョトンとするカーディナルの両手を握り締めて縦に大きくブンブン振りながら感謝を述べるしおんに、アイボリーがムッと不平の気色を頬に漲らせて幸せそうな対戦相手に宣言する。残り三百しかない絶望的な状況なのに優位なしおんは、勝ち誇った表情でカーディナルから離れた。そして、苛立ちを露わにしたアイボリーの掛け声で何度目かのジャンケンを繰り広げる。


「あっ、負けた」


「はっはー! 調子に乗んな、ばーか! ばーか! 『エクレールタイフーン』」


 結果はしおんの負けだった。パーで勝利を決めたアイボリーが、魔法を容赦なくぶつけて、しおんのカボチャにトドメを刺す。カボチャの周囲にだけ巻き起こる暴風雨と、光ってすぐに落ちる無数の雷がカボチャを真っ二つにし、中から大量のお菓子を降らせた。個包装されたミニフィナンシェがしおんを床に押し潰して山を築いていく。


「ぎゃあああああっ!」


「残念やったなぁ、しおんくん」


 口角を裂けんばかりににんまりと上げたアイボリーが、床に倒れたしおんの前に屈んで勝ち誇った表情で見下ろした。カーディナルもしおんの近くに駆け寄ってきて、「フィナンシェ珍しいんだよね」と、幾つか山の中から鞄に詰め込み始める。少しも心配してくれていない。あっさりと黒猫を描いた食器をアイボリーに渡す。


「おめでとう。はい、アイさん」


「ありがとう。それは、そのままナルちゃんが持っとって」


「えっ?」


 アイボリーは食器を受け取ることなく立ち上がると、不思議そうに目を瞬くカーディナルに微笑む。そして、値札を見て財布から同額を取り出して、カーディナルが持ったままの食器の上に乗せた。やはり、アイボリーもカーディナルにプレゼントするつもりで買おうとしていたらしい。思い描いていたシチュエーションを奪われて歯噛みするしおんの視界で、アイボリーがはにかむように慈愛に満ちた双眸をふんわり眇める。


「俺からのプレゼント。いっぱい使ったってや」


「うん! ありがとう、アイさん!」


 よっぽど気に入っていたらしい。ぱあっと顔を明るくさせたカーディナルが、食器を持ったままアイボリーにギューッと抱きついた。それを受け止めてよしよしと頭を撫でたアイボリーは、物凄くご満悦な様子で愛おしそうにカーディナルを見ている。二人の間に醸し出されている甘い雰囲気は、とてもじゃないがしおんに割り込めるものじゃなかった。

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