買い物
Ⅰ
「買い物ぐらい俺一人でいいって」
「駄目! 俺も着いて行く!」
洗い清められような澄み通った昼空の下。バッグを持ったカーディナルの服を掴んで離さないしおん。同棲生活から数日経った今日、二人分の食料や小物を買う為、カーディナルが出掛けようとしているのを止めているところだ。
なぜ、引き留めているのか。決まっている、一人で行かせたくないからだ。同棲に漕ぎ着けるまでの大変な試練のことを考えて、カーディナルは至る所に過保護な友達を持つ。一人で買い物に行かせようものなら、しおんの知らないところで仲睦まじく戯れることだろう。そんなのはごめんだ。独占欲が強いしおんに耐えられる光景ではない。
それに、自分のものなのにカーディナルだけに買いに行ってもらうのも申し訳ない。本当は全部お金を出したいところだが、ホテル生活によりバイト代をほとんど失っている。以上の理由から、一人で買い物に行こうとしているカーディナルを、しおんは留守番を嫌がる子供みたいに引き留めているのだ。
「俺のこと、子供だと思ってる? 買い物ぐらいできるからね?」
「思ってない。俺が一人にさせたくないだけ」
「なんで?」
むぅっと拗ねた表情で半眼を突き刺してくるカーディナルが、しおんから得た回答に目を瞬いて首を傾げる。素直に嫉妬だと伝えてもいいのだが、そんな理由で引き止められるかと言えば否だ。
むしろ、「あんまり寄り道しないから大丈夫だって、すぐに帰ってくるよ」とか言って一人で行ってしまいそうである。あまり引き留めておくのも申し訳なく思い始めてきたしおんの頭に妙案が浮かんだ。この村特有の爆弾発掘ゲーム。
勝敗で一人で行くか二人で行くか決めてしまえばいいのだ。閃いた顔をして服を離したしおんに、カーディナルが怪訝そうな表情で小首を傾ける。しおんは悪戯気味に口角を上げて、揶揄を孕んだ双眸を眇めた。
「だったら、爆弾発掘ゲームで決めようぜ。俺が勝ったら着いて行く」
「おっ、いいじゃん。覚悟しろよ」
勝負好きなカーディナルが好戦的に赤色の瞳を煌めかせて乗ってくる。これで勝てば、何を言われようとも着いて行くことができる。しおんは作戦通りに進んだことにほくそ笑み、ポケットからカボチャを取り出した。いつも持ち歩いているようで、バッグからカーディナルもカボチャを登場させる。
せーので軸を押してお互いの頭上へと移動させ、早速、声を揃えてジャンケンをした。最初の勝者はパーを出したしおんだ。しおんはニヤリと口の端を吊り上げて、カーディナルの頭上にあるカボチャを攻撃する。
「『シャドーアレーナ』!」
「あにゃあー! 俺のカボチャがぁ!」
「何その鳴き声かわいい」
カボチャの周囲を渦巻く真っ暗な砂嵐を見上げるカーディナルの悲鳴に、心臓を見事に撃ち抜かれて真顔のまま早口で感想を吐露するしおん。猫の鳴き声をよく出すカーディナルだが、今まで聞いたこともない鳴き声だった。
免疫のないしおんの心臓はあっさりと鼓動を早めてしまっている。と、真顔で突っ立っているしおんを、キョトンとして不思議そうに見つめていたカーディナルが、頰の前で手首を垂らしてコテンと首を傾けながら鳴いた。
「……あにゃあー?」
「うっ」
何をするつもりなのかなんとなくわかっていたのに、それでも直撃を避けられず心拍数が怖いぐらい増える。轟くたびに激しい振動に、身体中の骨を折られそうな勢いで、心臓が踊り狂っていた。心臓を襲う痛みと締め付けに妙な呻き声を上げて片膝を吐くしおんに、カーディナルが「しおんって猫好きなんだね」なんてズレたことを言う。
しおんが好きなのは猫じゃなくて猫の鳴き声を溢すカーディナルだ。もっと聞きたい衝動に駆られたしおんは、深呼吸をして心臓を落ち着かせてから、ゆっくりと立つ。そして、曇りなき眼で真っ直ぐにカーディナルを見つめ、人差し指を立てて案を提示した。
「ただの勝負じゃつまらないし、一つルールを追加しないか?」
「すっごく嫌な予感がするからヤダ」
「俺が勝ったらカーディナルは猫の真似をする」
「ねぇー、やだって言ってんじゃん」
顔の前で腕を交差させたカーディナルの拒否を聞かず、しおんはふと思い浮かんだ欲を満たす案を告げる。ムッと頰を膨らませて首を横に振るカーディナルが本気で嫌そう故、強行突破することに躊躇してしまう。結果、しおんは自分もするという案を出す。
「わかった。俺が負けたら、俺も猫の真似をするから」
「うーん。まぁ、それなら……」
一人だけ恥ずかしい思いをしたくなくて、苦虫を噛み潰したような顔をしていたらしい。しおんもやると思い切って告げてみた結果、カーディナルが渋々とルールの追加を認めてくれる。
正直、しおんが猫の真似なんてしても気持ち悪いだけだろうが、これで色々な猫の鳴き声を溢すカーディナルを見られるなら安いもんだ。そもそも、じゃんけんに勝てば何も問題はない。
「早く買い物に行きたいし続けるよー。じゃんっけん、ぽんっ!」
「よしよし、また勝ったぞ! さぁ、猫の鳴き声を聴かせるんだ!」
「うにゃあー、また負けた」
「かわいい!」
カーディナルの緊張感のない掛け声で行われたジャンケンの勝者はしおんだった。しおんがガッツポーズをした後、ビシッと人差し指を向けると、少し頰を色づかせた面映そうな顔で拗ねるカーディナル。心なしか黒いニット帽から生えた猫耳が垂れているように見えて更に愛らしい。
魔法を撃つのも忘れて身悶えていると、「早く攻撃しろ!」と顔を紅潮させたカーディナルにバッグを投げつけられる。照れ隠しによる愛の暴力も、毎回、痛くないものを選んでくれるから、全く痛くない。好きだ。と心の中でカーディナルへの愛情を垂らしつつ、チョキで買ったしおんは『グラヴィティスペース』を発動。
浮かれているうえ上の空だったせいか、コントロールをしくじって、カボチャどころかカーディナルまで重力で地面に倒してしまった。「みゃうっ」と無意識に猫の物真似を続けるカーディナルにキュンとしつつ、重力に押し潰されているのが可哀想で慌てて魔法を解く。
「ごめん、カーディナル。大丈夫か?」
「しおんって毎回謝ってくれるよね。気にしなくていいのに」
ゲージをきちんと六百減らせたことを確認し、焦燥に駆られた表情で駆け寄ったしおんに、カーディナルが嬉しそうにはにかむように顔を綻ばせる。脱力させた身体を仰向けに横たえて、醸し出されている無防備な色香と裏腹に、無邪気で可愛らしい笑みを浮かべるカーディナルに心臓を貫かれた。
今日は何回、しおんの心臓を攻撃してくるのだろう。きっとカボチャみたいにゲージがあったら、既にゼロになって真っ二つに割れている。「よしっ、それじゃあどんどん続きやろっか」と起き上がったカーディナルが、悪戯っぽく口元に弧を描いた。カボチャのゲージを五百まで減らされているのに、まだまだ余裕の色を保っている。
「せーのっ! じゃんっけんっ、ぽんっ!」
「あっ、負けた……にゃ」
「いぇーい! いけっ、『フラムスタンプ』!」
苦々しい表情で語尾に猫の鳴き声をつけるしおんと裏腹に、弾んだ声で勝利を喜び炎を纏った巨大な猫を召喚するカーディナル。赤い炎でできた全身でしおんのカボチャにのしかかった猫は、点火して燃やそうとしているみたいにゴロゴロしている。一通りカボチャの上でコロコロと転がった後、雲散霧消。しおんのかぼちゃのゲージが千五百から一気に九百になった。
「もう一回、猫にしてやる! じゃんっけん、ぽんっ!」
「ああーっ、カーディナルの鳴き声が聞きたくて設けたルールなのににゃ!」
「しおん、かーわいっ。『ファイアプリズン』!」
ようやく勝てたことでヤル気を漲らせたカーディナルの掛け声で行ったジャンケンはまたもやカーディナルの勝利。しおんはグーを出した己の手を恨みながら頭を抱えて項垂れる。その間に、揶揄を孕んだ双眸を眇めて茶化してきたカーディナルが、しおんのカボチャを猫の顔の形をした炎の檻に閉じ込めた。茶目っ気全開で口元に弧を描くカーディナルもとてつもなく可愛い。
負けても茶化してくる可愛いカーディナルを見られるなんて最高すぎるルールなのでは? だが、そろそろカーディナルの鳴き真似が聞きたい。次こそ勝ってみせると気合いを入れたしおんは、小さく深呼吸をして心を落ち着かせつつキリッと顔を引き締める。「次、行くぞ。じゃんっけん、ぽんっ!」としおんが掛け声を告げると、チョキで勝利できた。
「よっしゃああああっ! 『グラヴィティスペース』」
「みゃあああああっ!?」
大袈裟なほど大きな声で勝利の雄叫びを上げたしおんが、カーディナルのカボチャの重力を操作した瞬間、ゲージがゼロになって真っ二つに割れる。しおん念願の猫の鳴き声を出したカーディナルが、底から降ってきた大量の個包装されたミニドーナツに埋もれた。「うう、おいしい」と魔力すっからかんになって動けないカーディナルが、悔しそうにミニドーナツを食べる。
うつ伏せに倒れているカーディナルの前に屈み込んで、しおんは足下に落ちているミニドーナツを拾った。ココア味のミニドーナツだ。そして、包装している袋を開けて中身をカーディナルの唇に押し当てながら、勝ち誇った表情で口の端を吊り上げて勝利宣言をする。
「俺の勝ちだな、カーディナル。買い物、ついて行かせてもらうから」
「何でそんなに一緒に行きたがるんだよ」
「そりゃあ、カーディナルとデートするチャンスだし」
唇に当てられたミニドーナツをもぐもぐ咀嚼して嚥下したカーディナルに、しおんは揶揄いの色を滲ませた瞳でニッと両方の口の端を吊り上げた。面食らった表情をしたカーディナルが照れるのを期待したのだが、同じように揶揄を含ませた双眸で茶化し返してきた。
「だったら、冷蔵庫に入ってる魔力回復薬、口移しで飲ませてよ。ダーリン?」
地面に両肘を突いて手を頬に当て、上目遣いで可愛らしく首を傾けたカーディナルが、茶目っ気を滲ませた瞳を細めて愛おしそうに顔を綻ばせる。冗談だと分かっている。揶揄われていると分かっている。そう、全部分かっている。瞳に浮かんだ愛情の色は偽物だ。
なのに、しおんの心臓はあまりにも大きすぎる傷を負って、一瞬だけ凍り付いたような感覚に襲われた。硬直して石像と化したしおんを、カーディナルが目を瞬いて人差し指で突く。炎魔法でもかけられたみたいに解凍されたしおんは、両手で覆い隠した顔で天を仰ぎ見た。
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