Ⅷ
「カーディナルちゃんと同棲なんてずるい!」
「いきなり押しかけてきてどうした」
映画鑑賞中に乱入してきた邪魔者にカーディナルが、猫の顔の形をしたクッションを投げた。顔面で受け止めた男は黒い髪を揺らしてダークブラウンのソファーへと駆け寄る。L字型に置かれたそこに座るカーディナルの横に正座して眼鏡の奥の瞳を潤ませて叫喚した。男が喚き散らかしている内容をまとめたところ、しおんを羨ましく思っているらしい。我関せずと映画を見続けていたしおんはソファーに横たえていた身体を起こして立つ。
折角、手に入れた同棲の権利を手放すつもりなどないし、三人暮らしなど反対だ。レイブンとカーディナルに呼ばれている男をこの家に上げない為、涙目で騒ぐ彼を睨めつけた。レイブンもムッと頬を膨らませて不満全開の表情をしながら、立ち上がってしおんを睨んでくる。カーディナルがジトッとした眼差しを二人に突き刺しながら面倒臭そうにテレビを消した。
「僕が勝ったらしおんくんのポジションを譲ってもらう!」
「俺が勝ったらカーディナルとの同棲は諦めてもらうからな!」
レイブンとしおんはカーディナルの家の庭に出て互いに火花を散らす。カーディナルはポップコーンを食べながら窓辺に座っていた。今までの誰との勝負よりも負けられないゲームだ。苦労して手に入れた同棲の権利は絶対に渡さない。顔に険しい色を閃かせてカボチャを取り出したしおん。キリッと顔を引き締めたレイブンもカボチャを取り出す。
同時に軸を押して成長させて互いの頭上に移した。今までにないほどの強さと量の闘志を溢れさせて、運命を決める拳にギュッと力を込めて神様に祈る。ジャンケンで勝たなければ何もできないゲームだ。緊張で汗をかいている手が勝負の全てを左右する。レイブンの顔にも緊迫感が滲んでいた。声を揃えて掛け声を告げる。
「「じゃんっけん、ぽんっ!」」
近所迷惑なほど大きな声を合図に行われたジャンケンはしおんの勝ちだった。パーで勝ったしおんはレイブンの頭上に浮かぶカボチャに向かって魔法で攻撃する。パーの手で勝利した際に用いると決めている魔法は『シャドーアレーナ』。対象であるカボチャの周囲に真っ黒な砂嵐を巻き起こして攻撃する魔法だ。レイブンの頭の上に佇んでいるカボチャのゲージが千五百から千百まで削られる。
「まだまだ! 勝負は始まったばかりだ!」
「このまま一気に終わらせてやる!」
お互いに勝利しようと気炎万丈だ。猛り立つ声色で同時に掛け声を叫喚し、つかみかからんばかりの勢いで手を繰り出す。またもやしおんの勝利だった。しおんは味方してくれている神様に感謝をし、レイブンのカボチャに向かって『グラヴィティスペース』を放つ。カボチャの周囲とレイブンの重力が変化して、地球に居ると思えないほどの重さになった。
当然ながら立っていられなくなったレイブンが、悔しそうに歯を食い縛りながら地面にひれ伏す。家の中に居るカーディナルは今回巻き込まれなかったようで、二人の白熱した勝負に見向きもせず漫画を読んでいた。しおんはズカズカと大股でカーディナルに近付き、ムッとした表情で漫画を取り上げる。「あっ、何するのさ」と拗ねるカーディナルには、是非とも試合を見てほしい。
「俺はカーディナルに見ていてもらわないと頑張れない」
「そんな引き締まった顔でダサいこと言うな」
「僕も! 僕も見ててほしいな、カーディナルちゃん」
漫画を返してキリッとした表情で本音を暴露したしおんに続き、地面にうつ伏せで倒れたままのレイブンも半眼のカーディナルに素直になる。しおんはルール違反にならないよう、レイブンの重力変化を解除した。それを見ていたカーディナルは、半眼ながらも少しだけ頬を色づかせ、瞳を伏せてしばらく考え込んだ後、視線を逸らしたまま呟く。
「俺が飽きないゲームにしろよ」
「任せて、カーディナルちゃん!」
「照れてるカーディナルもかわいい」
「撮るな、ばか!」
ぱあっと顔を明るくさせて純粋に喜ぶレイブンと裏腹に、しおんは持っていたカメラですかさずカーディナルの照れ顔を撮る。更にカァーッと顔を紅潮させたカーディナルにクッションを投げられ、顔面で受け止める羽目になったが後悔はしていない。猫の顔の形をした黒いクッションをカーディナルに返し、すっかり毒気を抜かれて落ち着いたレイブンと向かい合う。
お互いに真っ直ぐな瞳で見つめ合った後、またもや異口同音にジャンケンの掛け声を叫ぶ。冷や水を顔に被せられてすっきりしたのか、冷静な判断ができるようになったらしいレイブンの勝ちだった。しかも、レイブンはチョキの手だ。ガッツポーズをしたレイブンは「カーディナルちゃん、見ててね!」とカーディナルにチラッと視線を送ってから魔法を撃つ。
「『アイスピューピル』」
シンプルな眼鏡を上にあげてしおんの頭上を見つめた途端、その位置に佇んでいたカボチャがカキーンと凍り付いた。どうやら裸眼で見た対象を瞬時に凍らせる魔法のようだ。特殊な製造のカボチャはすぐさま解凍されてしまったが、いざ、人間に使えば中々に強そうで恐ろしい魔法である。眼鏡をかけ直したレイブンの黒い瞳が、カボチャからカーディナルの方へと映った。褒めて、褒めてと全身でアピールしている。
「相変わらず、凄いね。レイブンの目」
「でしょー? えへへ、カーディナルちゃんに褒められた」
「カーディナル、次は俺も褒めて!」
「ジャンケンに勝ったらね」
素直に感嘆の声を漏らしたカーディナルの賞賛にレイブンが顔を蕩けさせて喜ぶ。それに嫉妬したしおんも身を乗り出して自分を指差しながら主張すると、カーディナルが少しだけ面食らった表情をした後、相好を崩した。呆れたような満更でもなさそうな柔らかい表情に、しおんはうっかり見惚れて硬直する。カーディナルはお茶を取りに台所に行って気付いていない。
「カーディナルちゃんに見惚れてる場合じゃないよ、しおんくん。僕との勝負はまだ終わってないんだから」
「ハッ、そうだった。次、ジャンケンに勝てば、カーディナルに褒めてもらえるんだ!」
「僕と勝負をする目的が変わってない!?」
初志貫徹しないしおんの言葉に涙目になるレイブン。九百残っているしおんのカボチャのゲージに対し、レイブンのカボチャのゲージは残り五百。早く勝たなければ、カーディナルに褒めてもらえる機会を失ってしまう。最早、当初の目的を忘れているしおんの頭の中には、如何にして多くカーディナルに褒めてもらうかでいっぱいだった。即ち、チョキで勝つと一回しか褒めてもらえない故、チョキはだせない。
温かいお茶を持って戻ってきたカーディナルをチラリと見る。グーを出し続ければ、三回も賞賛を浴びることができるだろう。しかし、それを見越したレイブンにパーを出されて負ければ、賞賛どころか同棲まで危うくなってしまう。さて、一体何を出せば神様は味方になってくれるのだろうか。そんなことを考えながら、レイブンの掛け声でジャンケンを繰り広げる。しおんが出した手はグーだ。
「よし、勝った! 勝ったぞ、カーディナル!」
「凄い凄い。さっすが、しおん」
「何か俺への賞賛、雑じゃね!?」
想定通りグーで勝利したしおんがぱあっと顔を輝かせて声を弾ませると、感情のこもっていない棒読みとヤル気ない拍手を返されて瞠目する。雑に褒められたしおんは「折角、勝ったのに」と落ち込んでしまう。すると、流石に悪いと思ったのか、「嘘だよ、しおん。めちゃくちゃ強くなったね」と、カーディナルがふんわりと双眸を眇めて褒めてくれた。それだけで、しおんの胸懐から溢れんばかりの歓喜がブワッと湧き出す。
「ねぇ、しおん。強くなった魔法、俺に見せてよ? レイブンが待ってるよ」
「任せろ! 『ダークネスシャワー』!」
狂喜乱舞したくなるほど気分を高揚させたしおんが、慈愛に満ちた笑みのカーディナルに弾んだ声で肯き魔法を撃つ。昂ぶった感情を表現するみたく、いつもより大きな真っ黒い棘達が、ドスッドスッと鈍い音を轟かせてカボチャに突き刺さる。
グーで出てくる魔法と思えないビジュアルに進化した『ダークネスシャワー』に、カーディナルが「すっげぇー!」とはしゃぎながら写真を撮っていた。レイブンは「うおお……」と軽く身を引かせて微かに顔を引き攣らせている。そんなレイブンのカボチャのゲージが、降り終わった真っ黒な棘により、五百から三百まで削られた。
「うう、このままじゃ負けちゃうよぉ。カーディナルちゃん」
「いや、俺に言われても……」
「応援して!」
眼鏡を掛けた黒い瞳を潤ませて縋るような眼差しを窓辺へと向けたレイブンは、温かい茶とポップコーンで鑑賞を楽しんでいるカーディナルに図々しいお願いをする。カーディナルは両手で持っていたマグカップを床に置き、拳を作った両手を胸の前に出して首を傾けた。
「頑張れー?」
「よっし」
「ずるいぞ!」
ヤル気を注入された足に羨望の視線を向けたしおんは、カーディナルに期待を込めた目を送る。カーディナルは恥ずかしくなったのかしおんにはクッションをお見舞いしてきた。投げられたクッションを顔で受け止めたしおんは、カーディナルからの愛だと思うことにして抱き締める。
カーディナルなりの応援なのだと思い込んだ途端、闘志が燃え上がり、クッションを物凄く愛おしく思うようになった。お互いにヤル気を溢れさせたところで、真剣な表情でキッと睨めつけ合う。そして、何度目かの掛け声をまた同時に叫んだ。
「僕の勝ちだ! 『ハートブリザード』」
「ええー、レイブンからの愛なんて要らない」
「これは僕のカーディナルちゃんへの思いだから!」
チョキを繰り出したことで負けたしおんは、ハートの形を描きながら吹雪く雪を見て、苦虫を嚙み潰したような顔で首を振った。気持ち悪そうに顔を顰めるしおんに同じ表情をしたレイブンが、天高く突き上げた両手を大きく広げて高らかに告白する。しかし、肝心のカーディナルは掛かってきた電話に出ていて聞いていなかった。
「ちょっとカーディナルちゃん、タイミング悪すぎるでしょ!?」
「ごめん、アイさんからいきなり電話が来たんだよ」
「アイさん、こわっ」
目を大きく見開いて素っ頓狂な声を上げるレイブンに、ちょうど電話を終えたカーディナルが申し訳なさそうに眉を垂らす。電話相手の名前を聞いたしおんは顔を引き攣らせて呟いた。アイボリーだと知ったしおんの脳裏が嫌な予感を覚えて用もないのに電話をかける彼を浮かべる。真実なんて本人にしか分からないが、あながち間違っていない気がして怖い。
「ならば、もう一回、勝って愛を叫んでやる!」
「うえっ!?」
「させるか!」
「待って、愛って何!?」
困惑するカーディナルをよそに目に闘志の炎を燃やすレイブンと阻止を目論むしおん。これ以上、告白なんてさせない為、早急にゲームを終わらせなければ。レイブンのゲージは残り三百。グー以外なら一撃で終わらせられる。チョキかパーを選択しよう。頭の中でレイブンが出す手を予測する。そして、レイブンと顔を見合わせて、しおんが掛け声を告げた。
「勝ったぁ! 勝ったぞ、カーディナル! 『シャドーアレーナ』!」
「うわああああっ!」
快哉を叫んだ後、小躍りしながら魔法を撃ったしおんにより、二つに割れたカボチャから一口チョコレートが降ってくる。大量のチョコレートに押し潰されたレイブンが、うつ伏せで地面に倒されて背中にお菓子の山を築いた。
犬みたいに駆け寄って目をキラキラさせたしおんと、「よしよし、偉いぞ-」と頭を撫でるカーディナルを羨ましそうに見ている。無事に同棲の権利を剥奪されずに済み、しおんは褒められながらこっそり安堵した。実は不安だったのだ。
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