カボチャ時々お菓子

甘夏みかん

邂逅

「俺をあなたの家に住ませて下さい!」


「うえっ!?」


 会ったばかりの美人の両手を握りしめて一ノ瀬しおんは真剣な眼差しで訴えた。毛先を緩く巻いた茶髪の上に黒猫の耳を生やしたニット帽を乗せて、上下ジャージにダボッとした黒色のローブを合わせた容姿端麗な女。整った顔立ちと美しい曲線を描く体躯から色気を醸し出しているが、萌え袖や猫のニット帽により絶妙なバランスで可愛さも溢れていた。赤い瞳を丸くしてキョトンとしている美人は何度見ても好みである。

 魔力を持って生まれた故、気味悪がられて追い出された身としては、何としてでもこの美人の家に転がり込んで一緒に過ごしたいところ。真っ直ぐな曇なき眼を突き刺したまま両手をギュッと握りしめつつ、かくかくしかじかと追い出された経緯を話して美人の同情を誘うしおん。突然、重たい話を捲し立てられて不思議そうに目を瞬いていた女は、ふんわりと相好を崩してしおんの頭を撫でると「いいよ」と許可を出す。


「知らん男と同棲なんて許さんで、カーディナルちゃん」


 しかし、ぱあっと顔を明るくさせて喜んだしおんが快哉を叫ぶよりも先、頭の上から降ってくる不満の色全開で氷のように冷たい邪魔者の声。金髪の上に大きな黒い三角帽子を被った黒いローブに身を包む男が、ムッと不機嫌を露わに顔を顰めて邪魔者を睨むしおんの眼前に降り立つ。


「あっ、アイボリーさん。でも、また村に帰すなんて可哀想じゃん」


「別にそんな糞みたいな村に帰す必要なんてない。ただ、同棲は認めへんって言ってんねん」


「けど、家もお金もなかったら、ずっと野宿することになるし」


「そんな素性も知らんよそ者、野宿で十分や」


 作戦通り無事に同情を誘えたらしく、美人がしおんを抱き締めて気遣う。ボディーソープか柔軟剤の柔らかな良い匂いがしおんをクラクラさせた。美人の名前はカーディナルというらしい。素晴らしい容姿に見合う素敵な名だ。しおんは匂いを堪能しながら忘れないようにしっかりと脳漿に刻み込む。


「分かった。じゃあ、勝負して。俺が勝ったら家に連れて帰る」


「ええで。じゃあ、俺が勝ったらナルちゃんはお仕置きな」


「うぇぇっ!?」


 好戦的に瞳を煌めかせてビー玉ほどのカボチャを取り出すカーディナルとアイボリー。勝負って何? と完全に二人に置いて行かれ蚊帳の外に居るしおんが、ニヤリと口角を上げたアイボリーの条件に動揺しているカーディナルに目線で訴える。困った視線を受け止めたカーディナルが説明書と書かれた小さな紙をくれた。

 それと同時にカーディナルとアイボリーがカボチャのてっぺんにある軸の部分を押す。ビー玉サイズだったカボチャが超小型車ぐらいの大きさに膨らんだ。持っていられず思わず落としてしまったカボチャが自動で宙に浮き、対戦相手である互いの頭の上に自分で移動してぷかぷかと停止する。

 しおんはよく分からない仕組みに唖然としつつ手元にある説明書を読む。あれが今から行う爆弾発掘ゲームという勝負の鍵となるカボチャで、中に埋め込まれた小型爆弾が爆発すると真っ二つに割れる仕組みだ。中にある爆弾を爆発させる為には外皮となる身の部分に魔法を当て、カボチャへと印字されている体力ゲージをゼロにしなればならない。


 そしてカボチャを倒す魔法を発動する条件はジャンケンに勝つこと。最低威力のグーで二百、中間のパーで四百。そしてチョキで六百だ。ただし、チョキばかり出していると相手のグーに負けてしまうため、攻撃できるどころか向こうからカボチャをどんどん削られてしまう。ちなみに、どちらも同じ手を出していれば、もう一度、やり直しだ。


「理解できたら、よーく見てて」


「分かった」


 カーディナルによる手書きの説明書を読み込んでいたしおんは顔を上げて首肯し、好戦的な瞳を煌めかせて笑ったカーディナルの長身痩躯へと視線を走らせた。モデルを思わせる長身に引き締まった腰、美しい曲線を描く両脚、それらが描き出す魅惑的なラインがしおんの目を釘付けにし離さない。上に目を向ければ抜群のスタイルに見合った美しく整った顔面が、少し恥ずかしそうに頬を色づかせながら困惑気味に目を泳がせる。


「いや、俺じゃなくて、ゲームを見ててほしいんだけど……」


「あっ、何だ。そっちか」


「普通、分かるやろ。ナルちゃんのことガン見すんな」


 指摘を受けて納得するしおんにアイボリーがジトッとした双眸を刺してきた。よそ者だからかカーディナルに対して過保護すぎるからか物凄く冷たい瞳だ。木で鼻を括ったような態度でに睨まれてもカーディナルさえ居れば関係ない。しおんは絶対にカーディナルの家に転がり込もうと全力で応援することにした。


「いくよ、アイさん。じゃんっけん、ぽんっ!」


「はーい、俺の勝ちー」


「ああっ!」


 カーディナルの掛け声で同時に繰り出した手はパーとチョキでアイボリーの勝ちだ。一番ダメージを与えられるチョキに負けてしまったカーディナルが瞠目した。『シザーライトニング』とアイボリーが唱えた瞬間、カボチャを切るみたいに、大きな鋏の刃の部分の形をした青白く輝いている電気が交差する。千五百もあるカボチャの体力ゲージが一気に九百まで減らされた。


「次、いくでー。じゃんっけん、ぽんっ!」


「また、負けたぁ!」


「ふっふーん。神様も同棲なんて認めてへんねや」


 アイボリーの掛け声で同時に繰り出した手はグーとパーでアイボリーの勝ちだった。またもや『シザーライトニング』でカボチャに雷撃を食らわされたカーディナルが、ハラハラした表情で三百まで減らされてしまったカボチャを見上げる。

 勝ち誇った表情で神様すらも味方に付け始めたアイボリーの煽りに拗ねるしおん。追い詰められているカーディナルの顔も中々にそそるがアイボリーに負けてほしくない。そんなしおんの願いが届いたのか、次戦のジャンケンにチョキで勝つカーディナル。


「やったぁ! いけぇ、『フレイムキャット』!」


「何でや、神様ぁ!」


 パッと顔を輝かせたカーディナルの呪文により赤い炎で出来た猫の集団が出現し、頭を抱えて神様に叫喚するアイボリーのカボチャを引っ掻いたり体当たりする。可愛い人は魔法も可愛いらしい。しおんは両手で顔を覆って天を仰ぎ見た。その間に炎で出来た猫たちによってアイボリーのカボチャが九百まで削られる。


「もう、勝たさへんで。ナルちゃんと同棲なんて狡いねん!」


「完全に私情じゃん!?」


「当たり前や!」


 眉間に皺を刻んだアイボリーが同棲を認めない理由に魂消たしおんを睨めつけた。当の本人は「アイさんも俺と一緒に暮らしたいの?」と目を瞬いている。そんなカーディナルへと飛びついてギューッと抱きついたアイボリーが頬を擦り寄せつつ、「当たり前やん。けど、ナルちゃんに一人の時間も作ってあげないとあかん。せやから皆、ナルちゃんとの同棲は我慢してるんやで?」と本音を吐露した。皆ということはしおんのライバルがアイボリーの他にも複数人居るということだろう。


「よく分かんないけど、ありがとう?」


「そういうことやから、同棲は認めへん。さっさと勝負を終わらせて、諦めてもらうで」


「それはしおんが可哀想だから、アイさんには悪いけど、俺が勝つよ」


 スリスリと擦り寄られ抱き締められながら首を傾けていたカーディナルだったが、両肩に手を置いて言い聞かせるアイボリーを真っ直ぐ見つめて宣戦布告をした。自分の為に頑張って戦ってくれていることに感動と歓喜が沸き起こるしおん。胸から溢れて止まらない歓びに乗って今すぐ小躍りしたい気分だった。


「仕方ないな。そういうことなら、ちょっと痛い目に遭ってもらうで」


「それはこっちの台詞だ。じゃんっけん、ぽんっ!」


 小さく溜息を吐いてカボチャの下に瞬間移動したアイボリーとカーディナルが手を出す。グーを繰り出しているカーディナルの手に対してアイボリーの手はパーを選出していた。「うぇぇ」と苦虫を嚙み潰したような表情で呟いたカーディナルの声と同時に、『シザーライトニング』がカボチャにトドメを刺しゲージをゼロにする。

 瞬間、パカッと二つに割れたカボチャから大量の飴玉が降り注いだ。真下に居たカーディナルが「みゃああああっ!?」という猫みたいな悲鳴と共に、容赦なく背中で山を築き上げる多種多様な飴の中に埋もれてしまう。


「はーい、ナルちゃんの負け-」


「ふみゃあぁぁぁ」


 飴玉に吸われて魔力がすっからかんになっているカーディナルを救出したアイボリーが、喜色満面な笑みを浮かべてグッタリとしたカーディナルを上機嫌に横抱きする。どうやらカボチャの中に詰め込まれた菓子は魔力を吸収するらしい。結構あった魔力を一気に奪われてされるがまま抱き上げられたカーディナルが、満悦な様子で鼻歌を奏でているアイボリーに疑わしそうな眼差しを突き刺す。


「なんでこういうときだけ運がいいのさ」


「だから、神様も同棲は反対なんやろ。ということで、ナルちゃんは罰ゲームとして、俺の家で強制お泊まり会けってーい!」


「しおん、ごめぇぇぇん!」


 カーディナルを横抱きしつつ竹箒に跨がったアイボリーが緩すぎる罰ゲームを告げた。魔力切れで動けないカーディナルが申し訳なさそうにしおんへの謝罪を叫喚する。このままだと野宿確定なうえ、大好きなカーディナルを連れて行かれてしまう。正直、説明書を読み込んだぐらいでアイボリーに勝てるとは思っていないが、カーディナルを奪われるうえ野宿になるぐらいなら勝負を挑むしかないだろう。


「待て! まだ、俺が残ってる!」


「まさか、次は君が勝負をするつもりなん?」


「そうだ! 俺が勝ったら同棲を認めてもらう!」


 今まさに飛ぼうとしていたアイボリーの前に立ち塞がって声を張り上げるしおん。機嫌を一気に降下させたアイボリーのギロリとした睥睨にも負けず首肯する。と、フッと鼻で嗤ったアイボリーが竹箒から降りて、カーディナルを木陰に寝転ばせた。そして、好戦的に煌めかせた双眸に苛立ちを燃やして口元に弧を描く。


「面白いやん。叩き潰したるわ」


「今更だけど、同棲って言い方、おかしくない?」


 木陰に寝転んでバチバチと火花を散らすしおんとアイボリーを眺めていたカーディナルが、ゲームに夢中で忘れていた違和感にようやく気付いてポツリと呟いた。

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