リーフグリーンが獲物を捉えた獰猛な肉食獣みたいに双眸をギラリと煌めかせる。「おーおー、居るじゃねぇか。なあ、不審者?」と、口元に冷徹な笑みを浮かべて首を傾げた。咎めるような容赦のない視線に、しおんは涙目になりながら肩を大きく跳ねさせる。


「ひっ!? カ、カーディナルぅ!」


「しおん、ごめん。魔力がすっからかんで動けない」


「カーディナルうぅぅぅぅっ!」


 チョコレートに埋もれたままのカーディナルに見放されてしまい、殺気がこもった双眸に敵意を装填したリーフグリーンに戦慄するしおん。さっきまでカーディナルに愛おしそうな視線を向け、優しさ全開だったリーフグリーンとは全くの別人だ。刹那、瞳の奥に強い怒りを燃やしたリーフグリーンが、こめかみに青い癇癪筋を走らせて蹴りを入れてきた。


「カーディナルの名前を気軽に呼んでんじゃねぇ!」


「うわわっ。ちょっ、ここは爆弾発掘ゲームをする流れだろ!?」


 横に大きく薙ぎ払われた脚を辛うじて避けたしおんは、尻餅を突いたまま後退しつつ叫喚する。アイボリーの時と違って言い返したりする余裕がない。同棲の権利を剥奪されるのは意地でも阻止するつもりだ。ここ数日、カーディナルと共に過ごす一日は、今までの人生のどんなことよりも、幸福感に満ち溢れていた。

 が、そうしたいのに身体がビクビク震えている。爆弾発掘ゲームならまだしも、本気の喧嘩で勝負させられたら確実に負けるだろう。と、怯えているしおんを冷徹な瞳で見下ろしていたリーフグリーンが、小さく溜息を吐いて少しだけ殺気を緩めてくれた。ガシガシと黒髪を掻いた後、右手の親指を立てて庭を指す。


「ま、それはそうだな。仕方ねぇ、表に出ろ」


「言い方が怖い!」


「俺に勝てたら見逃してやる。その代わり、負けたら同棲の権利は剥奪だ。即刻、出ていけ」


 完全に気圧されながらおずおずと庭に出たしおんに、リーフグリーンが有無を言わせぬ口調で勝負のルールを告げる。了承すると負けた場合、出て行かなければならないが、嫌だと言うのも怖いほど圧が強い。あんなに冷たかったアイボリーがマシに感じるほどだ。すると、肯きも否定もしないしおんに焦れたらしいリーフグリーンが、カーディナルの方に目を向けて確認を取る。


「いいな、カーディナル?」


「んえ?」


「めっちゃチョコ食ってる!?」


 魔力すっからかんで動けず暇だったのか、周囲のチョコレートを食べているカーディナルに瞠目するしおん。話を訊いていなかったらしい。もぐもぐと口を動かしながら、キョトンとした表情で首を傾げている。そんなカーディナルの元にすっ飛んでいったリーフグリーンが、ポケットから取り出したティッシュペーパーで口元を拭き、持っていたお菓子を没収した。


「そんなに甘い物を食べると虫歯になるだろ! あとで、昼飯を作ってやるから、腹空かせて待っとけ」


「マジ!? やったぁ!」


 母親みたいなことを言いながら説教をするリーフグリーンは、しおんに殺気を浴びせていた時とまるで別人だ。勝負に負けたのにリーフグリーンの手料理を食べられるからか、カーディナルがぱあっと顔を輝かせてキラキラとした瞳で喜びの声を上げる。

 無事にお菓子の食べ過ぎを阻止したリーフグリーンが、ホッと胸を撫で下ろして腰を上げ、カボチャの下に戻ろうとした。が、それを遮るようにエプロンを掴んだカーディナルが、振り返ったリーフグリーンに甘えるように大きく両手を広げる。


「リーフさん、だっこして?」


「は?」


「ここに居たらチョコを食べちゃうから運んで?」


「ああ、そういうことか」


 突然の要求に鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしたリーフグリーンに、カーディナルが首を軽く傾げながら上目遣いでおねだりをした。硬直していたリーフグリーンがカーディナルの補足を訊いて得心し、動揺から解放された身体でカーディナルをお菓子の山から引っ張り出す。そのままグッタリとしたカーディナルの身体を軽々と横抱きし、靴を脱いで窓からリビングに入ると、ゆっくりとソファーに下ろした。寝かしつける親みたいに軽く頭を撫でてから、リーフグリーンが靴を履いてしおんとの戦場に戻ってくる。仲の良さを見せつけられて、しおんの胸中にモヤモヤが燻った。

 出会ってから一週間しか経っていない故、しおんがリーフグリーンの場所に居たとしても、カーディナルに脱出を頼むことはなかったはずだ。いつかリーフグリーンやアイボリーみたいに甘えられるようになる為、同棲の権利をこんなところで剥奪されるわけにはいかない。四六時中、一緒に居られるというのは、一番、仲の良さを深めるチャンスなのだから。リーフグリーンの殺気に怖じ気づいていたしおんの中に、嫉妬により駆り立てられた闘志が湧き上がる。恐怖によって乱されていた心も落ち着いてきて、意地でも勝ってやろうというヤル気も漲った。


「おっ、どうやら落ち着いたみてぇだな。じゃあ、早速始めるか」


 戻ってきたリーフグリーンがニヤリと口の端を吊り上げて、エプロンのポケットからカボチャを取り出す。しおんも一週間の特訓で入手した自分のカボチャを取り出して、リーフグリーンと同じタイミングで軸を押した。超小型車ほどに成長したカボチャが、それぞれの対戦相手の頭上へと浮かび上がる。


「いくぞ。じゃんっけん、ぽんっ!」


「ゲッ」


 パーを繰り出したしおんはリーフグリーンのチョキに負けて苦虫を嚙み潰したような顔をした。顔を引き攣らせるしおんのカボチャに、「食らえ、『チェリーブロッサムストリーム』」と、容赦なく訊いたこともない魔法をぶつけるリーフグリーン。カボチャの周囲にだけ物凄い暴風が巻き起こる。その風に乗った切れ味抜群の桜の花びらが、カボチャの外皮に割と大きめの切り傷を大量につけていった。


 カボチャは特殊な作り故、すぐに切り傷を雲散霧消させた。が、人間があの殺傷能力高めの桜吹雪に取り囲まれたら、痛みや出血多量であっという間に意識を飛ばしてしまいそうだ。しおんは無傷のカボチャを見上げ、千五百から九百に減ったゲージを視界に映す。いきなり大幅に削られてしまった。カーディナルとの同棲を奪われない為に、何としてでも逆転しなければ。


 もっと闘志を燃やそうとカーディナルが居る方に顔を向ける。カーディナルはソファーに仰向けで寝転びながら、三毛猫のロングクッションを抱き締めて戯れていた。しおんの焦りを一気に吹き飛ばす可愛らしい光景だ。しかも、此方に気付いたカーディナルが、しおんに手を振ってくれるサービス付き。俄然、ヤル気が出た。

 引き締めたくても緩んでいく口元を手で押さえ、しおんはキリッとした顔をする。しかし、ファンサービスを受けて有頂天気味なしおんと裏腹に、嫉妬を溢れさせたリーフグリーンから不満げな雰囲気が醸し出されていた。


「その幸せそうな場所から一気に地獄に叩き落としてやる」


「ひいいっ!? 殺気がすごいことになってるぅぅぅ!」


「しおん、リーフさんのこと怖がりすぎじゃない? アイさんの時は全く引けを取らなかったのに」


 目の奥が笑っていない冷徹な笑みを浮かべて殺気を放つリーフグリーンに、ふんわりとしたカーペットの上を転がってきたカーディナルに泣きつくしおん。窓辺でクッションを抱えながらうつ伏せになっているカーディナルが、自分に抱きついているしおんに不思議そうな眼差しを向ける。しおんはガバッと勢いよく顔を上げて、至近距離にあるカーディナルの顔に泣き顔を近付けた。


「だって、あの人の殺気、怖すぎだろ!」


「大丈夫だって。リーフさんはああ見えても、根は優しいしお人好しだから。気に食わない人とかよそ者には冷たいけど」


「俺、バッチリ後半に当てはまってるじゃん!?」


 よしよしとしおんの後頭部に手を添えて、肩口に顔を押さえつけたカーディナルに、面倒臭そうに宥められる。が、全く慰めになっていないことをサラッと告げられ、目を大きく見開いて涙目で顔を上げるしおん。カーディナルと物凄く距離が近いとか、鼻腔に漂う柔らかな良い匂いなんて、気にもならないほど恐怖心に満たされている。

 「カーディナルと仲良く喋ってんじゃねぇぞ、糞餓鬼。蹴り飛ばすぞ」とリーフグリーンに脅され、「何でもいいけどゲームは放棄しちゃ駄目だよ」とカーディナルに引き剥がされた為、渋々と庭に舞い戻ったしおんはリーフグリーンのドスの利いた掛け声でジャンケンを始めた。またもやパーを出したしおんの手がチョキを繰り出したリーフグリーンの手に負けてしまい、まるでしおんにトドメを刺すかの如く『チェリーブロッサムストリーム』が炸裂。カボチャのゲージがみるみるうちに九百から三百まで減らされてしまった。このままじゃ負ける。


 カボチャにも精神にも大ダメージを負って焦燥に駆られるしおん。リーフグリーンとのゲームを終わらせたくて、もう負けても良いかななんて薄ら思い始めた。すると、コロンと仰向けに寝返りを打ったカーディナルが、くいくいっとしおんの服を引っ張る。不満そうに唇を尖らせつつ、赤色の瞳に寂しそうな色を浮かべて、上目遣いで問いかけてきた。


「俺との同棲、もう終わって良いんだ?」


「嫌だ!」


「じゃあ、まだ諦めない?」


「諦めないから追い出さないで!?」


 拗ね気味のカーディナルからの問いかけに即答したしおんは、慌てて駆け寄りカーディナルの両手を握り締めて訴えかける。勢いよく手を包み込まれて必死の形相で詰め寄られ、一瞬だけ面食らった表情で何度か目を瞬いたカーディナルが、ニコッとはにかむようにふにゃりと顔を綻ばせた。「うん、じゃあ負けんなよ?」と柔らかく双眸を眇めて激励をくれる。

 それにより、諦めていた気持ちもリーフグリーンへの恐怖も雲散霧消したしおんは、アイボリーとのゲームの時と同じように一歩も引かずライバルを睨めつけた。絶対にここから逆転してカーディナルとの同棲を続けてやると強く決意する。大好きなカーディナルからの激励で息巻くしおんを、眼前で一部始終を見せられていたリーフグリーンが、こめかみに青い癇癪筋を走らせて睨む。


「おーおー、見せつけてくれんじゃねぇか。その希望、粉々に打ち砕いてやるよ」


「絶対にカーディナルとの幸せな二人暮らしを続けてみせる!」


 お互いに好戦的な光を双眸に宿したリーフグリーンとしおんがジャンケンをする。結果はチョキを出したしおんの負けだった。『リーフティフォーネ』をお見舞いされたしおんのカボチャが、下から巻き上がる木乃葉の渦すっぽりと覆い隠される。今日の神様は完全にリーフグリーンの味方らしい。悔しさに歯を食い縛りながら、しおんは「くっ」と減らされていくゲージを見上げる。残り百。次、ジャンケンに負けたらゲームにも負けることになる。

 目をギュッと閉じて神様に念じながら、しおんはリーフグリーンの掛け声と共に手を繰り出した。恐る恐る開いた瞳に映ったのは、自分のカボチャが下から巻き上がる薔薇の花びらに包まれている光景。『ローズヒュプノス』だ。「ああ、負けたのか」と理解したと同時、パカッと開いたカボチャの底から、個包装された一口サイズのバームクーヘンが降ってくる。真下に居たしおんは大量のバームクーヘンの雨に為す術もなく埋もれた。


「ぎゃああああっ!?」


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