「ねぇ、セルリさん。俺のお願い、訊いてくれる?」


 教卓の上で組んだ腕に顎を乗せたカーディナルが、上目遣いで小首を傾けながら見上げてくる。自分のかわいらしさを自覚していない為、このあざとすぎる仕草も無自覚だろうが、セルリアンの心をキュンとときめかせた。何でも言うことを訊いてあげたくなる。

 ただでさえ十年以上も年齢が離れていて、我が子のように愛情を注ぎまくってしまうのに、不意に甘えられたら完全にお手上げだった。しかし、肯きたくなるのをグッと堪え、どういった内容なのか問いかけることにする。もしも碌でもないお願いだった場合、教師として生徒であるカーディナルのおねだりを訊くわけにはいかないからだ。


「突然、どうしたの?」


「しおんとセルリさんがゲームをしてしおんが勝ったら、同棲の権利を復活させてあげてほしいんだよね」


「えー。おじさん、カーディナルが知らない人と暮らすの不安だなぁ」


 やっぱりお願いの内容を聞いておいて大正解だったようだ。リーフグリーンやアイボリー同様、同棲大反対派のセルリアンは苦笑を頬に含ませながら、しおんの為に無意識に甘えてくるカーディナルにさりげなく反対を示した。ジャージの上にダボッとした黒色のローブを纏った身体を起こし、カーディナルがムッと唇を尖らせる。

 拗ねられたってどうしても訊くことは出来ない。まだ十六歳のカーディナルが一人暮らしをしているだけでも心配なのに、会って数週間しか経っていない男と同棲するなんて不安すぎる。しおんのことをよく知らない為、どうしても疑いの目を向けてしまう。カーディナルが身を乗り出して追撃をする。


「アイさんに一勝してリーフさんに一敗ってことは、セルリさんに一勝したら二勝一敗でしおんの勝ちじゃん」


「まあ、そうなるかもねぇ?」


「しおん、悪い奴じゃないよ? ね、お願い!」


 納得できるようなよく分からないような理論を振りかざし、カーディナルが煮え切らない反応で首を傾げたセルリアンの両手を包み込む。教卓を挟んで一生懸命にお願いしてくるカーディナルに揺らぎそうだ。

 というか、もう完全に天秤はお願いを聞く方向に傾いている。不安そうに赤色の瞳を揺らして見上げてくるカーディナルの頭を撫で、セルリアンは優しい笑みを浮かべてせめてもの抵抗に条件を提示した。


「うーん。じゃあ、カーディナルが俺とゲームで遊んでくれたら、その条件でしおんと勝負してあげる」


「マジ!? 約束だからね!」


「その代わり、俺が勝ったらカーディナルは俺の家に一週間お泊まりね」


「うえっ!?」


 ぱあっと顔を明るくさせたカーディナルが、勝利の対価に驚いて目を丸くする。無償で言うことを訊いてもらえるほど世の中は甘くないのだ。「まあ、お泊まり会ならいいか」とサラッと告げられ、いつもの強制お泊まり会を嫌がっていないことを知り、セルリアンは荷物を纏めるカーディナルに隠れて一人歓びに震える。

 教室をお菓子だらけにするわけにはいかない為、先生との特別補習という名目で多目的室を借りた。既に下校時間を過ぎているものの、部活動に励む生徒達によって体育館や運動場は使用中だからだ。鞄を端に寄せたカーディナルがカボチャを取り出す。セルリアンもカボチャを取り出してカーディナルと同時に軸を押した。


「よーし、セルリさんいっくよー! じゃんっけん、ぽんっ!」


「おっ、俺の勝ちだね」


「あれ?」


 やる気を漲らせた掛け声を出したのに負けたカーディナルが、セルリアンの手と自分の手の間に視線を走らせて首を傾げる。チョキで勝利したセルリアンはカーディナルのカボチャに向けて魔法を撃つ。雪崩のように上から大量の水が降ってくる『アクアラヴィーネ』という魔法だ。

 どばっしゃーんとバケツをひっくり返したような水が、カボチャの真下に居るカーディナルにも少しだけかかる。「うにゃ」と猫の悲鳴みたいな声を出したカーディナルが、水を弾く為にぷるぷると顔を横に振った。カーディナルのカボチャのゲージが一気に九百まで減る。


「最終下校時間までに終わらせたいからどんどんいくよ」


「はーい」


 チラリと腕時計を見たセルリアンは素直な返事を受け取ってから、「じゃんっけん、ぽんっ」とカーディナルの代わりに掛け声を告げる。パーを繰り出したセルリアンの勝ちだ。「あれぇ?」と不思議そうにグーの形をした自分の手を見つめるカーディナルの愛らしさに顔を綻ばせる。

 そのまま、緩んだ表情でカーディナルのカボチャに容赦なく魔法を放った。今度は水で出来た大量の幽霊が対象を攻撃する『ウォーターファントム』という魔法だ。世間一般的なお化けの形をした水の塊が、カーディナルのカボチャのゲージを五百まで削り取る。


「俺、セルリさんとのお泊まり会、そんなに楽しみなのかな」


「おっ、楽しみにしてくれてるの?」


「うん」


 聞いているこっちが恥ずかしくなるようなことを呟いたカーディナルは、胸の痛みで呻くのを堪えて取り繕うように茶化すセルリアンに首肯した。素直に肯いたカーディナルの想像を超える愛らしさに庇護欲が湧き起こる。甘い蜜に誘惑された蝶のように駆け寄ってギュッと抱き締めた。カーディナルが目を丸くする。

 絶対ゲームに勝って最高のお泊まり会を開催しようと決意した。「セルリさん、いきなりどうしたの?」と目を瞬くカーディナルの頭を撫で、後ろ髪を引かれる思いでそっと抱擁を終えてゲームを再開する。「セルリさん、いくよー。じゃんっけん、ぽんっ!」というカーディナルの掛け声で手の形を変えた。


「いぇーい、勝てた!」


「おめでとう、カーディナル」


 結果はチョキを出したカーディナルの勝ち。セルリアンは人差し指と中指を立てた形の手を前に突き出し、嬉しそうに顔を綻ばせて喜ぶカーディナルに拍手を送る。自分のカボチャのゲージを削られるにもかかわらず、微笑ましさのあまり拍手を送ってしまったが後悔はない。

 「いっけぇ、『フラムスタンプ』!」と、好戦的に赤色の瞳を煌めかせたカーディナルの弾んだ声により、炎を纏った巨大な猫がセルリアンの頭上に浮かぶカボチャにのしかかった。カボチャとほぼ同じぐらいの大きさをした炎の猫が、攻撃対象を燃やしながらのんびりとうつ伏せに寝転んでいる。「ふにゃあー」と大きなあくびをした後、帰った。

 可愛らしい見た目に反して六百も削り取った炎の猫により、セルリアンのカボチャのゲージが九百まで減ってしまう。が、カーディナルのカボチャのゲージは五百しか残っていない。チョキでジャンケンに勝てば、ゲームもセルリアンの勝利で終わる。しかし、ここでチョキを出すと読まれていると負けてしまう。難しいところだ。何を出すべきだろうか。


「よし。カーディナル、いくよ」


「いいよー。じゃんっけん、ぽんっ!」


 何を繰り出すか決めたセルリアンに肯いたカーディナルの掛け声で二つの手が形を変える。チョキを出したセルリアンに対してカーディナルの手はグーの形を作っていた。やはり一気に決めようとしているのを読まれていたみたいだ。予想を見事的中させて心理戦に勝ったカーディナルが、ぱあっと顔を明るくさせて拳を高々と天に向かって突き上げる。


「やったぁ、また勝った! 『フレイムキャット』!」


 そのまま、挙げた腕を下に真っ直ぐ下ろして胸の前で止め、炎で出来た猫を大量に償還してカボチャを攻撃させた。子猫ぐらいの大きさの猫たちがセルリアンのカボチャに群がり、爪で引っ掻いたり尻尾で叩いたり体当たりをしたりと頑張っている。

 カーディナルの魔法は全て可愛らしい。それを使っているカーディナルもめちゃくちゃ可愛い。ゲージを七百まで減らされてしまったが、カーディナルの魔法を見るのも好きな為、特に問題なかった。しかしこのままだと、セルリアン宅での強制お泊まり会ができなくなってしまう。


 だというのに、神様はあっさりカーディナルの味方になったようだ。またもやチョキを繰り出した手は、グーに負けてしまった。七百しか残っていないカボチャのゲージが更に減らされる。カーディナルの残りのゲージが五百なのに対してセルリアンも五百になった。最初はトントン拍子で勝てると思っていたが、もう少しゲームは長引いてしまいそうだ。


「セルリさん、いいー? せーの。じゃんっけん、ぽんっ!」


「あっ」


 カーディナルの掛け声でジャンケンをした結果、チョキの手に負けてしまった。チョキを出し続けてもグーに負けると思い、敢えてパーを出してみたのだが、更に裏を読まれたようだ。『フラムスタンプ』がもう一度カボチャにのしかかり、残りのゲージを全て持っていく。パカッと真っ二つになったカボチャの底から、多種多様な飴玉が大量に降ってきた。セルリアンは上から落ちてきた飴玉に押し倒されて下敷きになる。


「おわあああっ!?」


「いぇーい、ゲームでも勝ったぁ!」


 うつ伏せで倒れるセルリアンは背中に飴玉の山を築きながら顔を上げた。カーディナルが巨大な炎の猫とハイタッチをした後、手を繋いで回り始める。カーディナルの魔法は炎属性ばかりで召喚される猫達は全て炎の塊なのだが、召喚主に牙を剥くことはないようで触れていても熱くないらしい。

 ただ、『フラムスタンプ』で召喚される炎の猫は、超小型自動車と同じ大きさをしている。故に、仲良く回転するカーディナルの身体は完全に浮いている。それを微笑ましく思いながら眺めていると、カーディナルと視線がかち合った。カーディナルが巨大な炎の猫に何か言って下ろしてもらう。


 地に足を突いたカーディナルがてってってとセルリアンの側に来て、飴玉の中から引っ張り出してくれた。そして、魔力がなくて動けないセルリアンの顔付近に屈み込むと、ニッコリと薔薇のようにありったけの笑みを浮かべて無邪気に言った。


「セルリさんは俺の家で強制お泊まり会だからね!」

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