Ⅳ
カーディナルと一緒に朝食を食べているとインターホンが鳴った。画面を見たカーディナルが「ゲッ」と顔を顰めて、しおんの朝食を台所に持っていく。そして、しおんをグイグイと押して、リビングにあるクローゼットの中に隠した。それと同時に、勝手に玄関の鍵が開く。
ズカズカと大股でリビングに来たのは、黒髪に眼鏡を掛けた男。何かの店を経営しているのか、『グリーンマート』と書かれたエプロンをしている。遠慮なく家の中に入ってきた男は、食パンをもぐもぐ食べているカーディナルの顎を持ち、クイッと上げた。
「おい、カーディナル。変な男を連れ込んでるってのは本当か?」
「リーフグリーンさん、何言ってんのさ。俺はずっと一人暮らしだよ?」
「ほおー。あくまでもしらを切るつもりか」
「だって本当に一人だもん」
また、同棲の権利を剥奪されないよう、しおんを庇ってくれているのだろう。ニヤリと口の端を吊り上げたリーフグリーンに、カーディナルは食パンに苺ジャムを追加しながら嘘を吐く。柄の悪い男に何かされないかハラハラしながら、クローゼットの隙間から様子見していると、リーフグリーンがカーディナルの頭にポンっと手を置いて少し乱雑に撫で回した。急に頭を撫でられたカーディナルがキョトンとしてリーフグリーンを見上げる。刹那、リーフグリーンが悪戯気味に双眸を眇めて耳元で囁いた。
「お前の家に転がり込んでいる不届者の居場所を教えてくれたら昼飯は俺が作ってやる」
「じゃあ、俺の家には誰も居ないから、その不届者? のことを教えなくても、リーフさんにご飯を作ってもらえるってこと?」
「ここにいるのは分かってんだ。いい加減にすっとぼけてねぇで教えろー!」
「にゃあああっ!?」
リーフグリーンの料理とやらはよほど美味しいらしく、赤い瞳に期待を込めてキラキラ輝かせるカーディナル。ぱあっと顔を明るくしつつも嘘を貫き通すカーディナルに焦れたのか、リーフグリーンが両手で毛先を赤く染めた茶髪をぐしゃぐしゃにする。乱暴に撫でられて猫みたいな鳴き声を溢したカーディナルが、不満そうに唇を尖らせながら「ボサボサだぁ」と手で整え始めた。
「お前がなんで不届者を庇ってるのかは分からねぇが、このまま押し問答しても無意味なのはよく分かった。爆弾発掘ゲームで勝負だ」
「なら、俺が勝ったら、リーフさんのご飯食べさせてね!」
「ああ、いくらでも食わしてやる。その代わり、俺が勝ったら不届者について全て教えろ」
ワクワクした面持ちで条件を提示するカーディナルの頭を優しく撫で、リーフグリーンが慈しみを帯びた双眸を微笑ましそうに細めて肯定する。リーフグリーンの料理のことで頭がいっぱいなのか、元気いっぱい「うん!」と肯いたことにより、同棲相手の存在を認めてしまったことに、カーディナルは気づいていない。
一緒に暮らしてきて分かったことなのだが、カーディナルはこういった天然な部分を持っている。やらかしたことに気づいて照れる姿はとても可愛い。その感情は共通なようで、気付いていないカーディナルの愛らしさに、顔を片手で覆い隠して小さく震えているリーフグリーン。萌え悶えているのだろう。
「リーフさん、早く外に行こう!」
ダイニングテーブルに置いていた黒の猫耳ニット帽を被ったカーディナルが、椅子にかけている軽いローブを纏ってリーフグリーンの腕をグイグイ引っ張った。されるがままカーディナルに掴まれた腕を引っ張られているリーフグリーンは、微笑ましそうに顔を綻ばせている。やっぱり緑色の瞳に愛情の色が滲んでおり、カーディナルに過保護なアイボリーと同類の人だと一目瞭然だった。
庭に出た二人を見る為、しおんはクローゼットから顔だけ出す。開けっ放しになった扉に身を潜めつつ、カボチャを取り出して軸を押した二人に視線を向けた。カーディナルとリーフグリーンの頭上に超小型車ほどのカボチャが浮かぶ。最早、見慣れた光景だ。朝の日差しと柔らかな風を浴びようと、窓を開けて朝食を食べていたのが幸いし、カーディナルの「リーフさん、いっくよー! じゃんっけん、ぽんっ!」という元気な掛け声もバッチリと聞き取れる。
「ああっ、負けた!」
「いくぜ、カーディナル。『リーフティフォーネ』!」
ジャンケンの結果はグーを出したリーフグリーンの勝利だった。チョキの形を作っている自分の手を見つめるカーディナルのカボチャに向けて、リーフグリーンが魔法を放つ。
カボチャの下から木の葉の渦が巻き起こり、攻撃対象の姿をすっぽりと覆い隠した。あの中に閉じ込められた暁には、舞う木の葉によりさぞかし大量の切り傷をつけられることだろう。
「絶対にリーフさんの美味しい料理を手に入れる!」
「別に勝負に勝たなくても作ってやるけどな」
「うえっ!?」
「じゃーんけーん、ぽんっ」
二百減らされた自分のカボチャからリーフグリーンに視線を戻したカーディナルは、さらりと告げられた衝撃の事実に目を丸くして驚いている間、じゃんけんを決行されて慌ててグーの手を出して負けていた。「精神攻撃だ!」と異議を唱えるカーディナルだが、負けは負け。もう一発『リーフティフォーネ』が、カーディナルのカボチャのゲージを削り取っていく。
自分の料理をそんなに望んでくれていて嬉しいと、顔にありありと書かれているリーフグリーンが頰を緩めていると、拗ね気味のカーディナルにビシッと人差し指を突きつけられた。「俺も精神攻撃するからちょっと待ってて!」と、試合中にあるまじき行動を取ってから、カーディナルは腕を組んで何をするか考え始める。カーディナルに激甘らしいリーフグリーンは呆れた顔をしつつも、文句一つ言わず待っていた。
精神攻撃って不意打ちじゃないとあまり効果がないのでは? という言葉を飲み込み、しおんはカーディナルの精神攻撃を待つ。と、カーディナルが顔を上げて悪戯っぽく双眸を眇めたかと思えば、ふにゃりと花が咲き綻ぶような無邪気な笑みを浮かべた。
「リーフさん、大好き!」
「……ッ、ぐっ」
本心からの言葉だと伝わる愛の告白に、妙な呻き声を上げて膝を突くリーフグリーン。爆弾を仕掛けられると分かっていたところで、直撃は免れないらしい。恐らく突如襲ってきた痛みと締め付けによるものだろう。動けなくなっているリーフグリーンに、カーディナルが「じゃんっけん、ぽんっ!」と手を出した。
「あっ」
「よっしゃあ!」
結果はチョキを出したカーディナルの勝ち。どうやら上手い具合に精神攻撃が決まったようだ。ご満悦な様子で喜んだカーディナルは、弾んだ声で「いけぇ、『フレイムキャット』!」と、相変わらず可愛らしい魔法を唱える。炎で出来た夥しい数の猫達が、リーフグリーンの頭上にあるカボチャを攻撃した。
「どう? 俺の精神攻撃、効いたでしょ?」
「めっちゃ効いたから、あとでもう一回言って」
「えー、どうしよっかなぁ」
ニヤニヤと茶目っ気全開の表情で口元に弧を描いたカーディナルは、胸を両手で抑えたまま立ち上がったリーフグリーンに楽しそうに答えた。仲良さそうに戯れあう二人を見て嫉妬心が沸き上がり、しおんは今すぐ出て行きたい衝動に駆られる。
しかし、カーディナルは自分の為に爆弾発掘ゲームをしてくれているのだ。もう忘れている可能性もなきにしもあらずだが、しおんが出て行って台無しにするわけにはいかない。リーフグリーンが帰ったらめいいっぱい構ってもらおうと心に誓う。
カーディナルのカボチャが九百なのに対し、先程の『フレイムキャット』で六百削られたリーフグリーンのカボチャ。お互いに残りのゲージは九百だ。「じゃあ、勝ったら言ってあげる」と無邪気に破顔して宣言したカーディナルが、「おっ、言ったな?」とヤル気を漲らせるリーフグリーンとジャンケンをする。グーを繰り出したカーディナルの勝ちだ。カーディナルが好戦的に瞳を輝かせる。
「よーし。もう一発、行ってこい!」
「あんまり猫を働かせてやるなよ-」
「へっ? だったら次は別の魔法にする?」
「いや。かわいいから、そのままで」
大量の炎を纏った猫たちを召喚したカーディナルは、リーフグリーンに過労を指摘されて目を瞬いた。リーフグリーンの目から見てもカーディナルが『フレイムキャット』を使うのは可愛いらしい。しかし、またもや待機させられて不思議そうに首を傾げたり、カーディナルを見上げたりしている猫達を褒められたと勘違いし、カーディナルが嬉しそうにはにかむようにふにゃりと相好を崩した。
「ふへへ、俺のにゃんこかわいいでしょ」
「うん、かわいい」
すれ違っていると分かっているはずなのに、リーフグリーンは真っ直ぐカーディナルを見つめながら曇なき眼で強く肯く。それに「えへへ」とまた照れ笑いをしたカーディナルは、ジーッと大人しくしている足下の猫を眺めた。そして、「でも、確かににゃんこ達が疲れちゃうから、『ファイアプリズン』!」と、『フレイムキャット』とは別の魔法の呪文を唱えた。
猫の顔の形をした炎がカボチャを呑み込む。内側も外側も元気に燃え盛る炎一色で、中に閉じ込められた対象は灰燼に帰すことだろう。可愛らしい形をしているのに、『フレイムキャット』の数倍は恐ろしい魔法だ。特殊な素材で製造されているお陰で、カボチャは炭になるどころか焦げてすらいないが、七百に減らされている。
「うにゃああああっ!?」
すると、召喚されたのに突撃できなかった大量の猫達が、不満そうにカーディナルの方に一斉に飛びついて炎の身体をぶつけた。どうやら主であるカーディナルは炎の熱さを感じない仕組みのようで、擦り寄られたり舐められて満更でもなさそうに笑っている。
「次は使うからやめっ、こちょばいってば」と身を捩って、楽しそうに戯れているカーディナルを真顔のリーフグリーンが無言で撮っていた。羨ましい。しおんの場所からだとレースのカーテンが邪魔だ。もう隠れていることも忘れて、何とかして撮ろうと奮闘する。
他の魔法を使うのも認められているという、サラッと出てきた新しいルールの事なんて、気にも留めていない。何とかして撮影しようと試みているうちに、カーディナルと大量の猫たちの微笑ましく癒やされるじゃれ合いが終わってしまった。
「今度も勝って、呼んでやらないとな」
「でも、そしたら今度は、『ファイアプリズン』が怒らないかなぁ」
仰向けの身体を上半身だけ起こしたカーディナルの頭を撫でたリーフグリーンに、感情を持っている特殊な魔法に愛されているという悩みを吐露するカーディナル。生き物の形だからだろうか? それとも、カーディナルみたいに魔法を愛すると、しおんの魔法も感情を持つのだろうか?
「なら、グー、チョキ、パーで魔法を変えれば良いじゃねぇか」
「ナイス、リーフさん!」
リーフグリーンの提案に目をキラキラと輝かせたカーディナルが、早速と言わんばかりに手を前に出す。最早、勝負中な事を忘れているような慈愛に満ちた双眸でリーフグリーンも手を身体の前に出した。「じゃんっけん、ぽんっ!」というカーディナルの掛け声で二人が同時に手の形を変える。リーフグリーンの手がチョキなのに対してパーを出しているカーディナルの手。リーフグリーンの勝ちだ。
「悪いな、カーディナル。『リーフティフォーネ』!」
「ああっ、一気に三百まで減らされたぁ!」
「おら、もういっちょ行くぞ。じゃんっけん、ぽんっ!」
今度はグーを出したカーディナルの勝ちだった。「よっしゃぁ、『フレイムキャット』!」と叫ぶカーディナルに従い、炎で出来た猫たちが勢いよく飛び出してカボチャに突撃する。ヤル気満々らしく何度も連続で引っ掻いたり、尻尾で叩いたり体当たりをしたりしていた。カボチャのゲージを五百に減らされたリーフグリーンが、面白そうに双眸を煌めかせる。
「ここに来て粘るじゃねぇか」
「次は『ファイアプリズン』の番だから! じゃんっけん、ぽんっ!」
カーディナルの掛け声によるジャンケンは、パーを出したリーフグリーンの勝ち。「やべっ」とカーディナルが自分の手を焦った表情で見つめる中、ニヤリと口の端を上げて聞いたこともない魔法を唱えるリーフグリーン。カーディナルに提示した手によって魔法を変える案を自分にも用いるようだ。
「悪いな、『ローズヒュプノス』の番だ」
カボチャの下に同じ大きさの赤い薔薇が召喚され、クルクルとゆっくり回りながら花弁を撒き散らし始めた。不意に落ちてきた一枚の薔薇の花びらに触れたカーディナルがうつ伏せに倒れる。思わず飛び出しかけのをグッと堪え、しおんが片膝を突いて身を乗り出しながら確認すると、スヤスヤと寝息を立てていた。
どうやら薔薇の花びらに触れると眠ってしまう催眠系の魔法のようだ。一枚以外は全てカボチャの周囲を舞っており、一枚だけ偶然カーディナルの方に落ちるわけがない為、リーフグリーンによる操作だろう。そんな穏やかに眠るカーディナルに、真っ二つに割れたカボチャの底から、容赦なく一口サイズのチョコレートが降り注いだ。
「みゃああああっ!?」
一枚だと効果はそれほどないようで、お菓子の雨で目を覚まして鳴くカーディナル。大量のチョコレートにジワジワと魔力を持っていかれ、うつ伏せで疲弊気味にぐったりしていて再び眠ってしまいそうだ。「ううー」と唸りながら船を漕いでいた。
「ここで寝てて良いぞ」とカーディナルの頭を撫でて優しく声をかけたリーフグリーンが、躊躇なく家の中へと足を踏み入れて隠れる間もなく居間に来る。割と前のめりになっていて最早隠れていないしおんの視線と、鋭く睨めつけてくるリーフグリーンの視線がかち合った。
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