Ⅲ
一週間の特訓でカーディナルに五勝したことで、五回も抱き締めてもらえてホクホクなしおん。そんな幸せな余韻をぶち壊すように、宙に浮かぶ竹箒に乗ってアイボリーが現れた。大きな三角帽子を乗せた金髪を揺らして竹箒から降りたアイボリーは、今日もカーディナルとお揃いのダボッとした黒いローブを身に纏っている。
今日はカーディナルとの同棲を賭けた二度目の決闘の日だ。場所は以前と同じく、カーディナルの家の近くにある公園。芝生を敷き詰めた広々とした場所で、遊具の代わりに至る所に木目調のテーブルと椅子が並んでいる。アイボリーが椅子の一つに座ってお菓子を食べるカーディナルを見つけ、真っ直ぐ飛びついていった。
「ナルちゃん、久しぶり!」
「おわっ、アイさん!? 久しぶりっていっても一週間しか経ってないじゃん」
「一週間も会われへんかったんやで!? たっぷりナルちゃんを補給させてもらうわ」
何とかスナック菓子を死守したカーディナルを、腕の中に強く閉じ込めて擦り寄るアイボリー。しおんはアイボリーに嫉妬を覚えた。カーディナルの肩口に顔を埋めて額をグリグリするアイボリーを強引に引き剥がす。面食らった表情をしたアイボリーが、ムッと唇を尖らせるしおんに視線を向けた。一週間ぶりのカーディナルとの戯れを邪魔されて、しおんと同じように不愉快そうな顔をしている。
「そっちも一週間ぶりやな。まだ、ナルちゃんと同棲したいん?」
「当たり前だろ。今度こそ勝って同棲の権利を手に入れる」
「しゃーないなぁ。約束やったし、その勝負、受けたるわ」
どうやら一週間の期間を与えたのは諦めると思っていたかららしい。残念ながらしおんに諦めるなんて選択肢はない。ということで、曇なき眼で真っ直ぐ見据えて宣戦布告すると、アイボリーが面倒臭そうに溜息を吐いてから好戦的に瞳を煌めかせた。一度目のゲームでも容赦なくボッコボコにされたが、今回も手加減してくれる気配はない。
一週間の間に村にある店で購入したカボチャを取り出すしおん。アイボリーもローブのポケットからカボチャを取り出し、しおんと同時に軸の部分を押して地面に落とす。それぞれのカボチャがお互いの頭上にセットされたところで、アイボリーが真剣な顔で提案した。
「ナルちゃんへの愛の重さがどれぐらいか知りたいから、ジャンケンで勝った方は魔法を叫ぶ前にナルちゃんの好きなところを叫ぶっていうのはどうや」
「なんて?」
「いいだろう」
「よくないよ?」
呑気に椅子に座り直してお菓子を食べていたカーディナルが成立した条件に異議を唱える。「何でアイさんの偶に出る意味不明な公開羞恥プレイに賛成するのさ!」と、顔に紅葉を散らしてしおんに抗議をするカーディナルが物凄く可愛い。魔法を唱えるたびに好きなところを叫ぶと、どんな表情をして照れるのだろうかとしおんの中で好奇心が芽生える。
そんなしおんの胸中を読み取ったのか嫌な予感でもしたのか、「叫ぶなよ!? 叫ばなくて良いからな!?」とフリみたいなことを言ってくるカーディナル。しかし、「叫ばないと負けやで」というアイボリーの無慈悲な一言で、恥ずかしそうに頬を色づかせたまま拗ねた。しおんに野宿をさせたくない思いから仕方なさそうに悔しそうに身を退く姿が健気だ。
「条件を破棄されんで済んだのはええけど、しおんくんの為みたいでムカつくわぁ。今回も俺が勝ったら強制お泊まり会で身体に叩き込まなあかんな……」
「ひっ、今度は何するつもりなのさ!」
顰めっ面で意味深長なことを言うアイボリーに、カーディナルが上擦った声で悲鳴を溢す。何をされたのか物凄く気になるしおん。が、嫉妬心を煽られてヤル気を漲らせたアイボリーにより、ジャンケンが始まって聞きそびれてしまった。
アイボリーの掛け声でしおんが出した手はチョキ。大してアイボリーの手はパー。しおんの勝ちだ。しかも一番ダメージを与えられるチョキで勝った。良い出だしにニヤリと口の端を吊り上げたしおんは、アイボリーの条件に従って叫喚する。
「カーディナルの整った顔が一目惚れするぐらい性癖ドストライク! 『ダークネスシャワー』!」
「マジで叫ぶな!」
「確かにナルちゃんの顔ってホンマに整ってるよな。しおんくんも一目惚れしたんか」
底が見えない落とし穴みたく真っ黒な夥しい数の針がカボチャに刺さる中、頬を紅潮させてツッコむカーディナルと、納得せざるを得ないことに顔を顰めて唸るアイボリー。「も」ということは、アイボリーもカーディナルの顔を見て好きになったタイプなのだろうか。その割には、しおんのように恋愛感情を醸し出していない気がする。どちらかと言えば、家族愛だ。
「アイさんも初対面で告白してきたよね」
「当たり前やん。むしろ、ナルちゃんの顔を見て、惚れへん人の方が異常やろ。まあ、今は性格とか知った後やから、守らないとあかん大切な存在みたいになってるけど」
「……ふーん」
千五百から六百減って九百になっているカボチャなんて見向きもせず、感慨深そうに瞼を閉じて腕を組みながら顎に手を当てたアイボリーがカーディナルに肯く。恋人よりも更に上のポジションに昇格したことを吐露されたカーディナルは、真っ直ぐ告げられた告白に顔を背けて面映ゆそうにしていた。何となく悔しい。ジャンケンで勝ったのに負けたみたいだ。
「俺だってカーディナルと一緒に住めばアイさんのレベルにすぐ追い着く!」
「そうは問屋が卸さんで! じゃんっけん、ぽんっ!」
嫉妬をパワーに変換したしおんに、得意満面なアイボリーが立ちはだかる。羨望の眼差しを向けるしおんに勝ち誇った表情をしたアイボリーの掛け声で二人同時に手を繰り出した。パーを出したしおんの勝ちだ。今回の神様はしおんの味方をしてくれるらしい。二回連続で負けたアイボリーが、「何でや、神様!」と天に向かって怒っていた。
「カーディナルの引き締まった細い腰がそそられる! 『ダークネスシャワー』」
「もうやめろ、ばかぁ!」
「涙目のナルちゃん、可愛い」
律儀にアイボリーからの条件を守って好きなところを叫ぶしおんに、カーディナルが赤色の瞳を潤ませて頬を膨らませて訴えかけてきた。そんなカーディナルの羞恥による涙目を激写するアイボリー。それにより、更に拗ねたカーディナルがテーブルの下に隠れてしまった。
人間を警戒する野良の子猫を呼ぶみたいに、アイボリーが「ナルちゃん、ごめんやでー。ほら、出ておいでー」と、テーブルの下に呼びかけている。カーディナルの姿を視界の端でも捉えていたいしおんも、アイボリーに倣ってテーブルの下を覗き込んだ。
「カーディナル、俺の成長した姿、しっかり見ててくれよ」
「そうやで。今、見とかんと、ここから俺の逆転が始まるで」
「カーディナルが見ててくれたら勝てる気がするから出てきてくれよ」
互いに自信満々に勝利を宣言するしおんとアイボリーの努力により、渋々とテーブルの下から出てくるカーディナル。「次、好きなところを叫んだら、家に帰るからな」と釘を刺すのも忘れず、椅子に腰を下ろしてお菓子をちまちまと食べ始める。やはりカーディナルを視界に映すだけで、一気に景色が華やかになった。もうカーディナルなしでは生きていけない気がする。
「さて。それじゃあ、ゲームを再開しよか」
カボチャのゲージを五百まで減らされているのに、未だに余裕の色を保ったままのアイボリーが不敵に微笑んだ。このゲームは運要素が強い。ここから一気に巻き返される可能性も十分にあり得る。しおんは緊張した面持ちでゴクリと生唾を飲み込んで肯いた。
アイボリーの「じゃんっけん、ぽんっ!」という掛け声でグーを出す。対するアイボリーの手はチョキ。まだ神様に見捨てられていなかった。しおんの勝利だ。『ダークネスシャワー』でアイボリーのカボチャを更に二百削り、無傷のまま残り三百まで減らすことに成功する。
「運がええなぁ、しおんくん。けど、最後の最後まで勝負は分からんで」
「絶対にカーディナルと同棲する権利を手に入れてみせる!」
「今更だけど、何で俺が誰かと過ごすのに、アイさんの許可が要るの?」
良い感じに熱い雰囲気をぶつけ合うアイボリーとしおん。その雰囲気をぶち壊すかの如くカーディナルがポツリと疑問を呟いた。それを耳聡く拾ったアイボリーが、お茶を飲んでいるカーディナルに大股で近付き、グイッと顔を近付けて力説を始める。キスできそうな距離まで詰め寄られて、カーディナルが軽く身を引いて椅子から落ちそうになっていた。
「当たり前やろ! ホンマやったら、リーンさんとリアンさんにも勝ってからやで?」
「誰か分からないけど、カーディナルに過保護なことだけ分かる」
「ええー?」
知らない名前が出てきたが、アイボリーの同類だと察するしおん。カーディナルは椅子に座り直して腕を組み、よく分からなさそうに小首を傾けている。アイボリーに勝利するだけでもこんなに苦労しているのに、新たに二人も登場するなんて同棲が遠のいてしまう。さっさと決着をつけてしまおうと、若干、フラグを建てつつ、しおんは手を出してアイボリーに告げる。
「アイさん、戻ってきて。ジャンケンするよ」
「そうやな。まずは勝負を終わらせてから、ナルちゃんに言い聞かせるか」
しおんの「じゃんっけん、ぽんっ!」の掛け声で出したパーは、やれやれと嘆息して戻ってきたアイボリーのチョキに負けてしまった。遂に神様の贔屓が終わったらしい。アイボリーが「いくで、『シザーライトニング』!」と唱えた。
瞬間、カボチャを切るみたいに、大きな鋏の刃の部分の形をした青白く輝いている電気が交差する。カボチャについたバツ印の形をした傷はすぐに消えた。が、ゲージが九百になる。
「ようやく神様に俺の思いが伝わったみたいやな。ここからはもう勝たせへんで」
興に乗りだしたアイボリーの掛け声でジャンケンを実施するしおん。圧倒されてしまったのか、またもやチョキに負けて六百削られる。焦りが満面に広がり始めた。焦燥に駆られそうになる自分を、「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせる。ゲージは三百になってしまったが、アイボリーだって同じ数字なのだ。何も焦る必要などない。良い勝負だ。
「やるやん。一週間前とは大違いやな」
「じゃあ、カーディナルとの同棲を認めて下さい」
「調子に乗んな、お断りや」
フッと双眸を眇めて実力を認めたアイボリーが、しおんの言葉ですぐに冷たい態度に戻る。木で鼻を括ったような態度に気圧されつつ、しおんは気合いを入れ直してジャンケンの掛け声を担当した。しおんの掛け声で繰り出された手はパーとグー。しおんの勝ちだ。そして同時に、三百残っているゲージもゼロにできた為、ゲームの勝者もしおんだった。
「のああああっ!」
小型爆弾を刺激されたカボチャが真っ二つに割れて、アイボリーへと照準を合わせて個包装されたビスケットを放つ。大量に降ってきたビスケットに、うつ伏せで押し倒されたアイボリーの背中でお菓子の山が築かれる。多種多様なビスケットの群れに襲われたアイボリーの魔力がカラになった。
椅子に座っていたカーディナルが小走りで駆け寄り、個包装されたビスケットを吟味し始める。カボチャから撃たれたお菓子は食べても何も問題ないと、一週間の特訓期間でカーディナルに教えてもらった。しおんも何個か貰おうと近付くと、うつ伏せのままグッタリとしたアイボリーが見上げてくる。
「いったぁ。やるやん、しおんくん」
「これでカーディナルとの同棲を認めてくれる?」
「ええで、俺は認めたるわ。あとの二人は知らんけどな」
冷たい態度しか見せていなかったアイボリーが顔を綻ばせ、恐る恐る確認するしおんに首肯した。しおんはようやく認められたことに胸を撫で下ろし、ぱあっと顔を輝かせて歓びを全身から溢れさせる。「いえーい」とビスケットを食べているカーディナルに向けられた手とハイタッチをし、狂喜乱舞したい気分の勢いでそのまま抱きついた。
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