episode 4 人間と生意気なシェリー [終]
気がついたら黄色い光が射し込み、すぐ暗くなるまでの刹那に初めての生き物が見え、ああ僕は今まで猫しか見たことなかったか、一瞬の顔はありえないほどのっぺりとして頭と両目の上、鼻の穴以外ほとんど毛もなく、だめだもう真っ暗、
気がついたら再びページが開かれ、本の前には可憐な白猫ルナが座り込んでいた。
「シェリー、もしかして今、見た?」
彼女は怯えと不満をない交ぜにしたような目でこちらを見ている。僕の曖昧な反応でも理解したか、乾いたため息をついた。
「あれがあたしの飼い主。ぱらぱらめくってたからシェリーに見られたなって、でもあたしたいしたことしてないからね?」
あの顔は人間であり飼い主だったのか、そして話が戻った。
――じゃあ何で隠すの? 大丈夫、いくらルナを認められないからって僕はあの人の味方なんてしないよ。
「だって……ああもうっ、下等な虫螻ですらないのに生意気なのよ」
しつこく訊きすぎてルナが本気で怒ってる。
――そんな、僕は本当にまじめに君の……。
「生意気だって言ってんの! 口答えしないで、ショリーのくせに」
えっ、また「シェリー」が違う名前に聞こえた。彼女に返す言葉を失った僕はこの「ショリー」を頭の中でぐるぐるさせ、すぐ「処理」を見つける。虫以下の僕を処理したいのか……、
「その本、ずいぶん残ってるではないか。明後日にも追いついてしまうな」
低音の穏やかな声に驚いた。ルナの向かって左後方に服を着た二本の大きな足が立ち、彼女はしっぽで答えて振り返りもしない。
「まったく、機嫌直してリビングに下りてきなさい。大切な贈り物にゴミを入れたことぐらいでもう叱らないから」
え、ルナがゴミをってそんなことわわっ、瞬間迫る大足、ががんぐらっと世界が豪快に揺れて僕は『交叉點の黄色い矢印』から解き放たれる。辺りは何もかも真っ白……ががんぐらっ、重力が再び激変して無の純白だけが残った。どうやら問題の飼い主が本に手を伸ばし、僕はページからはずれて床に落下したようだ。自力で本には戻れない。
「おや、紙の栞が落ちた」
声が聞こえる。栞って何だろう、「落ちた」といえば僕? 僕ってシェリー、ショリー……、
紙の、栞……、僕は紙でできている栞?
謎は謎のまま謎。やがて飼い主は姿を消したのか、ルナの声が混乱の僕に告げた。
「栞、ごめんね。あの人本に付いてるひもで後から読んできてたの。ネタばれするから先のページは見ないと思ってたのにぱらぱら見ちゃうし、二度も来るし。本当は話したくなかったけど、ぬれぎぬ嫌だからばらしちゃうね。部下をいじめるあの人は上司に媚売って鞄あげて、だから偽物だと思うように別の激安鞄のレシートを入れたのあたし。上司は偽物だとは言ってこないみたいだけど、もう出世しないね」
了
▽読んでいただきありがとうございました。
シェリーの正体に驚かされた人もルナのしたことが許せない人も、
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いつか猫より人間に 海来 宙 @umikisora
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