episode 3 ルナに残された権利

 ルナが読書中のように近づいてきた。

「あたしは確認したかったの、あなたが人間の闇に耐えられるかどうか。ある程度は耐えられるみたいだから、本当のことを言うね」

 ――本当の、こと?

 何だろう、全く想像できず心が身構える僕。

「さっき話した人たち思い出して。猫を捨てた人がいじめられ、女の子をいじめた人が虐待、娘を虐待した人がパワハラされて、部下にパワハラした人がその、あたしの今の飼い主、悪いことしてるのにひどい目に遭ってないよね。あと、あたしに始まりあたしに戻ってきたループ、あたしには誰かにひどいことする権利が残ってると思わない?」

 ルナは同意を求めて僕に問いかけた。彼女は言う、悪人はひどい目に遭わせるべきで、しかも自分にはそうする権利があると。ここにもう一つ、僕と彼女の問題があった。

 ――そんなこと、どうして僕に言うんだ?

 僕は誰かを傷つける話なんて聞きたくなかった。

 ルナは一時幻滅したような表情になるも、くり返すまばたきで振り落とした。

「あたしの考えを……、認めてほしくて」

 そう言ってうなだれる彼女、僕みたいな〝謎の〟存在に理解してもらうことに価値はあるのだろうか。結局自分は何なんだで僕は悩み、しかし賛成だけが存在価値ではないと気づいた。

 ――ねえ、ルナは何か、飼い主にやるつもりってことだよね?

 僕はルナに恐る恐る確認する。彼女は静かに顔を上げてうなずき、左頬の長いひげが灯りを白く反射させた。

 ――話を聞いて止めるとは思わなかった?

 僕は止めるつもりだ。彼女ははああっと強く息を吐き、夜の大きな瞳で僕を見つめる。

「あたしの考えは今さら変わらない。でもショリーが認めてくれれば、それだけあたしは幸せな気持ちになれるから」

 ルナは再び猫なりに笑ってみせた。あれ? 今何か「シェリー」が違う名前にも聞こえたような……そんな脱線はいいから、彼女にはもう決断はすんだことで、僕がどうしようと考えは変わらないらしい。何でだ、現在の飼い主がいじめたのは見知らぬ彼の部下ではないか。待った、もし考えを〝変えられない〟が絶対だとしたら?

 ――まさか、もうやっちゃったの?

 変えられないといえば過去。僕ははっとして問い、彼女ものどの奥で逡巡した末にこう口にした。

「そう、もう……、懲らしめちゃった」

 ああ。ルナの向こうで彼女の好きな鳩時計が六時を告げ、人工的な鳴き声が騒々しくくり返される。僕は本を閉じてもらわないと音を防げず、ページを移る際は白銀の世界で音は聞こえ続けるのだが、それより彼女は拾ってくれた人に恩を仇で返したことになる、どうして。

 僕はとっさにルナに訊ねていた。

 ――ねえルナ、君の飼い主、僕のまだ知らないその人に何をしたか見当もつかないけど、傷つけたい理由が他にあったんじゃないのか?

 思いつきかつ揺らぐ心の平安を求めるがゆえの問い、理由が他にあったところで僕は彼女を認めないだろう。僕は大好きな白い猫に曲がった道を歩んでほしくなかった。

 ルナは獲物を待つかのようにしばらくじっと伏せており、

「あなたは闇に耐えられるはずなのに……」

 かすれ声でそうつぶやいて瞳と背中を震わせる。しっぽの先が神経質に揺れ動き、彼女は「理由は、だから、部下にパワハラしてた。聞こえなかったの?」とすでに聞かされた理由を告げた。譲らないらしい。

 ――じゃあ、飼い主にルナは何をしたんだ?

 僕が後回しにした質問に切り替えるとルナはすっと下を向き、悔しさもしくは怒りでぎぐぐと歯を食いしばって……、

「そんなの、知って何になるの? きゃっ」

 彼女が突如驚いて遠のき、あっと思ったら真っ暗……本が閉じてしまった。こうなると次に開かれるまで僕は封じ込められたまま、


 * * * * *


▽この「僕は封じ込められたまま、」でepisode 3は終わりです。

書き間違いではないのでご心配なく。

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