第11話 止めろ鉄拳!校内暴力許すまじ!

 


「ちょっとアンタ! 謝んなさいよ!」


 魔法学園の廊下に、入学試験当日とは思えぬほどの場違いな怒声が響いた。

 不意の大声に廊下を行き交っていた受験生たちが足を止め、様子をうかがいだす。

 いつの間にちょっとした人だかりが出来ていた。


 声の主の赤毛の少女は、床に転んで膝をついている友人をかばいながら、身なりのいい少年を睨みつけている。

 恐らく少年は貴族だろう。


「フン、ぶつかってきたのはそっちだろ」


 貴族とおぼしき少年は、ポケットに手を入れたまま少女を見下ろしている。


「嘘よ! アンタが足を引っかけたんでしょ!」

「ドロシーちゃん、私もう大丈夫だから、あんまり大きな声出さないで……」


 庇われている方の少女が、弱々しに赤毛の少女を止めた。

 緑がかった茶色の髪に品の良い黒縁の眼鏡をかけた、真面目で気の弱そうな少女だ。

 一方のドロシーと呼ばれた少女は毛先がカールした赤毛と輝く緑色の瞳の持ち主で、見るからに活発な気質と分かる。


「アンタ、貴族だか何だか知らないけど、女の子に足引っかけて転ばせるなんて最低よ」

「お前こそ何だ、関係ないなら引っこんでいろ。平民風情がボクに立てつくんじゃない。ボクは辺境伯マヌエルが嫡子ユージーンだぞ」


 アッシュブロンドのサラサラとした前髪をかき上げながら、ユージーンと名乗る少年は誇らしげに胸を張った。

 伯爵家の嫡子という事は相当な貴公子である。


 しかし赤毛のドロシーは貴族の子息相手にも怯まず、ユージーンの真正面に立ち彼に皮肉を浴びせる。


「なるほど。辺境育ちだから都会の学校じゃ女の子との距離感が掴めないわけね。なっさけない、貴族のボンボンなら女の子の扱いくらいわきまえなさいよ」

「な、なんだと……!」


 貴族少年ユージーンの目がきっと吊り上がった。


「フン! お前みたいな者には辺境伯の重要さが分らんのだ! どうせショボっちい村の出身なんだろ、このド平民がっ!」


 売り言葉に買い言葉の言い争いの中で、ユージーンの言葉が期せずしてドロシーの地雷を踏みぬいてしまった。


「――! 私の故郷ふるさとを悪くいうなッ!」


 激昂げっこうしたドロシーは、あろうことか入学試験当日の学園内の廊下で、なんとユージーンに殴りかかる。

 女子のものとは思えないほど、体重と速度の乗った、見事な渾身の右ストレートが放たれた。


 思わぬ展開にその場にいる誰もが息を呑んだ。

 次の瞬間――


 ぴとっ


 ――この場にいる誰もが再度息を呑んだ。

 ドロシーの右拳が、空中で止められていた。


 止めたのは、受験生ロッキー・ロックこと勇者ラグナの右手の人差し指と中指である。

 ラグナの指がドロシーの拳に触れた瞬間、衝撃は空気に溶けたように消えた。

 彼はまるで風を払うかのように自然な動作で拳を受け止めると、ドロシーをじっと見た。


「おいお前ら、いい加減にしろ。ここは学びだぞ」


 有無を言わさぬ迫力で、ラグナはドロシーとユージーンの双方に言い放つ。

 ドロシーは唖然あぜんとしつつ、我が目を疑った。


 貴族の少年を殴ろうとした時、自分の視界には他に誰もいなかった筈だ。

 とすると、この黒髪の受験生は視界の外から気付かぬうちに割り込んできた事になる。

 まさか、人込みをすり抜けて、一瞬で風のように現れたのだろうか。


 そしてさらに驚くべきは、拳を止めた時のぴとっという音。

 ビシィッ! でもバシィッ! でもなく、ぴとっ、である。

 完全に衝撃を消さなければ出ない音だった。


 ラグナにしてみれば、たかが少女のパンチの勢いくらい指2本で簡単に消せる。

 しかし、パンチを止められたドロシーにしてみればまるで魔法だった。


「廊下で人に殴りかかるなよ。娘っ子」

「あ……あの」


 ドロシーはあまりの驚きに言葉が出てこない。

 自身を見つめるラグナの射貫いぬくような視線に、頬が赤らむ。それは、ドロシーが未だ経験したことのない感情だった。


「お、お前タイミングがいいな、よくやった。なんならボクの家来にしてやってもいいぞ」


 ユージーンは目の前の事態に戸惑いつつも、貴族の威厳を失わぬよう、尊大な調子でラグナに声をかけた。


「お前も女に殴られるようなことするんじゃねえ」


 そう言ってラグナはユージーンの頭をスパンとはたき、そのまま試験会場の教室に入っていった。

 ラグナは軽く殴ったつもりだったが、ユージーンにしてみれば首がもげるかと思う程の衝撃だった。


「痛っ……アイツ貴族のボクの頭を……!」

「あ、あの……大丈夫ですか?」


 あまりの痛みにうずくまるユージーンに、眼鏡の少女が声をかけた。

 先ほど揉めた当人に心配されるというあまりのバツの悪さにユージーンは無言で足早に教室へ入っていく。


「ケイティ、私たちも行こう」


 ドロシーが眼鏡少女ケイティに教室に入るよう促した。

 いつの間にか、騒ぎを窺っていた人だかりも各々おのおの散っていったようだ。


 このようにして、魔法学園グリーンモア入学試験午前の部、筆記試験は幕を開けた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 後から分かる事であるが、先ほどの3人と、ロッキー・ロックの筆記試験の結果を先に記しておく。


 ケイティ:400点満点中、385点獲得。(300名中1位)

 ドロシー:400点満点中、274点獲得。

 ユージーン:400点満点中、327点獲得。


 ロッキー・ロック:400点満点中、40点獲得。(300名中最下位)


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ここで一つ、ラグナの為に弁明せねばならない。

 王立魔法学園グリーンモアは、ガンバーランドが誇る魔法の高等教育の場である。

 つまり、ラグナ以外の受験生は皆、魔法についての初等から中等の教育は既に学修

済みであり、多くの者たちは受験用の専用教育も受けている。

 数日前に王国を追放された魔法に関しては全くの素人しろうとの若者が、この三日間で焼刃やきばの座学を頭に叩き込んだ結果の点数と考えると、あながち酷い点数とも言いきれない。


 ともあれ、運命は午後からの実技試験にゆだねられた。

 先ずは、火の矢ファイアボルト魔法の的当てである。


 この三日寝る間を惜しんで魔法の練習に明け暮れたラグナであったが、まだ火の矢ファイアボルト魔法を習得していない。

 出来るようになったのは、手のひらから小さい炎を出すことだけである。


 魔法学園入学試験の合格ラインはおよそ600点前後。

 受験生ロッキー・ロックは午後の3科目でほぼ満点に近い成績を取り続けなければならない。

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脳筋!追放勇者の魔法教室 司馬 ばん @shiba-ban

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