第10話 はしれ鉛筆!開幕の入学試験!


 空はどこまでも青く、輝きに満ちた朝だった。


 遂に、魔法学園グリーンモアの試験当日を迎えた。

 入学を志す多数の受験生とその付き添いが受付を目指し足早に正門を通り抜けていく。多くの学生が緊張で表情かお強張こわばらせていた。

 雑踏の中、勇者ラグナ・ロック改め受験生ロッキー、従者セバスチャン、猫少女ギャルキャミイの三人が、学園正門の巨大なアーチに掲げられた試験案内の前にて歩を止める。


 今日の試験を突破するか否かが、今後のラグナの、ひいてはガンバーランド王国の運命をも左右することになる、のだが……


「旦那着いたっすよ。旦那……?」


 従者セバスチャンが心配そうに声をかけた。

 当のラグナ本人は焦点の合わぬ目で虚空を見つめながら何やらブツブツと呟いている。


γガンマ型照明魔法器における光度は注入された魔力マナ量の2乗に比例するのに対し、βベータ型は光度よりも持続時間に重点を……」


 ラグナはこの三日キャミイから受けた地獄の座学教習の後遺症なのか、意識があやふやな状態で脳に叩き込まれた文言を機械的に繰り返していた。


「ちょっと、ロッキー君、ロッキー君ってば!」


 キャミイがラグナの袖を掴んでぐっと引っ張り腕を振り回すと、夢から醒めたようにラグナが目を見開いた。


「うおっ、あぶねえもうちょいで向こうの世界に行くとこだったぜ。わりいわりい」

「ちょっと大丈夫~? 殆ど寝てないって聞いたよ」


 セバスチャンによれば、キャミイに筆記テストの勉強を教わった後も、ラグナは座学の復習に加え、寝る間を惜しんで火の矢ファイアボルト防護シールド魔法の練習も欠かさなかったそうだ。

 結果、ここ三日間ほぼ寝ていないらしい。

 しかし、キャミイに向き直り、陽光に照らされるラグナの顔は生気に満ち溢れている。


「小娘、俺を誰だと思っている。俺だぞ」


 公衆の面前で『俺様は勇者ラグナ・ロックだぞ』と言わなかっただけこの男の成長が見られる。

 実際、無尽蔵と言えるスタミナの持ち主ラグナにとって、たかが三日の徹夜なぞ何のことはない。


 かつて、稲妻の如き速さで千里を駆ける黄金のあばれ鹿を、一週間もの間不眠不休で追い詰め、遂に捕獲に成功した実績を持つ男である。

 勇者の称号は伊達ではない。


 ――受験生の皆さん、本日の試験が間もなく開始されます。受付をお済ませの上、各自指定された試験場にお進みください。


 ミヨ~ンと奇妙な効果音を鳴らしながら、校内各所に設置されている魔法スピーカーからアナウンスが聞こえてくる。


「旦那、そろそろ行きましょう。受付はあっちみたいです」

「おう」


 しばらくの順番待ちの後、受付に願書と先日用意した偽造の身分証を提出する。

 受付の男はてきぱきとした動作で書類に不備がないかチェックしていく。


 無事に受付を通過できるか、平静を装いながらもセバスチャンはラグナの隣で息をのむ。

 受付係の眼鏡がキラリと陽光を反射し、視線をラグナに向けた。

 

「君、名前は?」

「ロッキーだ。書いてるだろ」

「ふむ、ロッキー君。苗字の欄が空白だよ」


 何とこの男、偽名に使う苗字を考えてなかったのだ。

 セバスチャンの背筋に冷たい物が伝う。

 楽天家のキャミイですら緊張気味に尻尾を揺らす。


「苗字はロックだ」


 ロッキー・ロック。

 ロッキーは苗字のロックのもじりなのに、苗字はそのままロック。

 苗字プラス苗字。やきそばをおかずに白飯を喰らうような所業しょぎょうである。


「ロッキー・ロック君ね。ではこの受験票を持って校舎内へ進んでください。係の者が筆記試験の会場に案内します」


 慣れた手つきで渡された受験票を当然のように受け取り、ラグナは校舎へと歩みを進める。

 隣で見ていたセバスチャンは戦慄していた。

 やはりこの男、計り知れぬ。


 校舎の入り口まで来たところで、セバスチャンとキャミイは立ち止まる。


「旦那、オイラ達は校舎内には入れないんで中庭で待ってます。旦那なら落ち着いてやれば絶対大丈夫っす」

「ロッキー君ガンバだよ~。あーしがそばにいなくてもさみしがっちゃダメよ~」


 ラグナは二人に向き直り、不敵な笑みを浮かべる。


「おう、任せとけ。昨日寝ずに切り札を作っておいたからな」


 そう言ってふところからスッと鉛筆を取り出す。

 六角形の鉛筆のそれぞれの面に1~6までの数字が彫ってあった。


「もし分かんねえ問題が出ても、こいつ(鉛筆サイコロ)を使えば俺の天運が正解を引き寄せる」


 平たく言えばただの運任せ、バカ受験生の常套じょうとう手段である。

 呆気にとられる二人を置いてラグナは自信満々の面持ちで校舎内へ姿を消す。

 ラグナの自信に呑まれ、キャミイは言えなかった。筆記テストに選択問題は出ない事を。


「旦那……」

「午後からの実技でいい点取れれば望みあるから、大丈夫よセバスちゃん」


 半ば自分に言い聞かせるようにキャミイがセバスチャンを励ます。


 魔法学園グリーンモアの入学試験は午前中の筆記試験、午後の実技試験に分けられる。

 午前の筆記は各100点満点のテストが4科目、午後の実技は各200点満点のテストが3科目の合計1000点満点である。

 午後の実技は火の矢の的当て、魔力測定、サバイバルの3種。


 合格者定員は100名ちょうどに対し、毎年300名ほど受験する。

 つまり受験倍率は3倍、中々の狭き門である。


 的当て用の火の矢ファイアボルト魔法とサバイバル用の防護シールド魔法は練習済みだが、魔力測定は本人の資質のみが影響するため練習のしようがない。

 魔力測定の結果は全く未知数の為、筆記試験で1点でも多く稼ぎたい所だが、果たしてラグナのにわか知識でどれだけやれるだろうか。


「どうか、旦那の努力が無駄になりませんように……!」


 二人は不安に苛まれつつも、天を仰ぎながらラグナの幸運を願う。



 一方その頃、ラグナは学生たちのトラブルに巻き込まれていた。

 それこそが、後に勇者ラグナの莫逆ばくぎゃくの友となる三人組との出会いであった。


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