2.魔法を持たない無刻子

 ――魔法は人が持ち合わせる能力の一つだ。


 そう、孤児院の院長が言っていた。

 視覚を持つ目、血を循環させる心臓など人間はこれらをすべて持って生まれてくる。時折現れる例外を除いて。


 魔法とはそういうものだ。

 そして、シドは魔法を持って生まれてこない例外の子供だった。

 ただ、それだけだっだ。



「それで……例の鼠がこいつなのか?」

「はい。本当に……本当に申し訳ありませんでしたっ。迷惑をかけてしまった冒険者の皆さんには一人一人直接謝罪して、許していただきました。なので今回のことは多めに見てもらえませんか?」


 冒険者ギルドのカラリア支部ギルド長室にて、シドは姉のサラと一緒に頭を下げていた。


 格式のある机に両肘をつき、座り心地の良さそうな椅子に浅く座る現ギルド支部長――イングラン=ノーゼンのうなるような深い声が聞こえてくる。

 しかし、イングランの声色はシドが思ったよりも軽いものだった。


「おぉ、良いんじゃねぇか。当事者同士で解決したなら、俺らギルドから言うことねぇよ。別にエルテムの弟が法を犯したわけでもない。しかも話によれば、被害に遭ったのがほとんど中層にいくような冒険者だったみてぇだしな。……しっかし、どんだけ締められたんだ? 流石に大丈夫か? オメェさん」

「……」


 短い金髪に元冒険者らしい逞しい身体、そして特徴的な古傷だらけの顔が浮かべる困惑の視線にシドは苦い顔をするしかなかった。

 シドの顔面は今、何処ぞの誰かに集団リンチにでもあったかのように青く腫れあがっており、緑玉色の瞳がギリギリ見えるか見えないかというほどだ。


ひ、ひえ。しふんのへい、いえ。じぶんのせいはのへ、しぇんしぇいなので、ぜんぜんへいひれすんへいきです

「あ? なんだって? ……おいおい、あいつら流石に子供に手を挙げるような奴らじゃないだろうに」

「あ、ご心配なく。この子の指導は私がしましたので」


 鬼を見るような顔をしたイングランだったが、サラの無自覚な笑みに流れるように目を逸らしていた。怯んだ獅子の如く、小さくなったイングランにシドは同情を禁じえない。


 大人だろうと、やはりサラの笑みは怖いのだろう。


 因みについ先程、シド達が会ってきた殆どの冒険者には厳重注意だけで許してもらえた。だが中には、サラを見て許して欲しければと下卑た考えをしていた者もいた。だが、その全員が彼女の笑みによって、口を閉ざされていた。 


 今一度、姉の怖さを知った出来事だっとシドは謝罪をしている立場だが、姉の偉大さに恐れをなすのだった。


「かっかっか、心強い職員がいて俺も嬉しいぞ。それに……オメェも大概おかしな奴らしいな? 小僧」

「あい。みへのほおりへす」

「今の顔のこと言ってんじゃねぇぞ? 魔物解体ギルドに聞いたが、中々いろいろやらかしてるみてぇだな。……ええっと、無断でギルド内に保存されていた魔物を解体、一人で受けた昇格試験で予備で用意されていた十体の魔物を合格後に勝手に解体、愛用のナイフの刃こぼれにキレて乱闘騒ぎ。とても最年少でE級魔物解体師になった奴の経歴じゃねぇな」


 読み上げられる過去の出来事にシドはこれまでの魔物解体師になるための長い道のりに思いをはせる。

 ちらりとイングランが手に持つ羊皮紙をのぞき込むと、そこにはずらりと箇条書きで書かれたシドの経歴が書かれているようだった。碌なものがないのは、自覚済みだ。


 冒険者ギルドは武具製作ギルドやポーションギルドなどの迷宮に関わるギルドと提携している。


 その中の一つに魔物解体ギルドがある。通称、魔解ギルドとも呼ばれている。


 魔物解体ギルドの仕事は、主に魔物の死骸の取り扱いと魔物の研究だ。変人の集まりだと呼ばれることもあるが、ダンジョンという未知の解明にとてつもない貢献をしているギルドの一つだ。


「だが、評判は最悪だが評価はその称号に相応しいものだ」

「えへへ」

「なんでエルテムが照れるんだよ。……話は変わるが、小僧に推薦を渡したのはハルクってのは、どういう関係だ? あいつも馬鹿じゃねぇ、冒険者でもない小僧を推薦する理由なんてないはずだ」

「……すぅ」


 ハルクというのはシドの迷宮入りに協力してくれた冒険者の名前だ。E級魔物解体師がダンジョンに入るためには冒険者になるか、上級冒険者と呼ばれるB級以上の冒険者の推薦が必要となる。


 シドはある人には言えない交渉の末、ハルクからその推薦を貰ったのだ。


「そうなんですよね。私も何度も聞いたんですが答えてくれなくて、一応ハルクさんにもお聞きしたんですけど優秀だからの一辺倒でした」

「ほ〜ん、あの色ボケが……か」

「? 色ボケ?」


 困惑を見せるサラを無視して疑惑の視線を向けてくるイングランに、シドはできるだけその視線から逃げるようにつとめた。最終的に斜め上に固定され、木目の数を頭の中で数え出す始末だ。


 シドは言えないのだ。口が裂けても。


 逃げに徹するシドに小さく呆れたようなため息を吐いたイングランは一枚の丸めた小さな羊皮紙を開いて見せてきた。

 

「まぁ、いい。そう言うことなら、だ。実は今、魔物解体師を募集してる新人冒険者パーティーがいてな。カインっつう、小僧と同い年の奴がリーダーやってる。新人同士、気が合うと思うんだが……どうだ?」

「……っ」


 シドは冒険者ギルド長直々の斡旋に閉じかけている眼をわずかに開く。


 冒険者が魔物解体師を仲間にしたい理由は大きく二つある。

 解体能力と知識だ。


 迷宮内には金になる部位を持つ魔物はいるが解体方法に難があったりするのだ。魔物解体師はそんな魔物の部位を解体する技術と知識を持っている。また魔物解体師にしか解体などをしていけない危険な魔物などもおり、なんだかんだ需要はある。


 しかし、それはある条件が必ず付きまとうことをシドは知っている。


「……どうした?」

「お断りします。僕は残念ながら魔法を持たない『無刻子むこくじ』ですから」


 冒険者には簡単になれる。

 しかし、魔法の使えない冒険者は見習い冒険者を卒業することはできない。


 隣で顔を俯かせるサラは気付かれないように右手の甲を強く左手で握りしめていた。そんな隠しきれていない姉の行動にシドは見て見ぬをする。シド自身はもう諦めたと言っているに彼女は何年たっても変わらないから。


「……っ」


 ――無刻子。


 それは魔力回路と呼ばれる、人が生まれながらに持つ魔力器官がありながら、魔法を使うことのできない人間の総称だ。

 逆に魔法が使える人間を『刻子』と言い、サラのように魔力回路に固有の魔法が刻まれており、魔力を通して発動することが出来る。

 シドを殴り飛ばした人形操作はサラの固有魔法ということだ。


 多くの人間はこの刻子であり、特にこの迷宮都市であるカラリアでは刻子の割合が圧倒的に多い。

 また、これには例外が存在しない。例えば魔法が刻まれた魔力回路の移植というのを研究した研究者がいたが、失敗しており死んだ人間もいる。


 だからこそ、固有の魔法と呼ばれている。


「恐らくですが、その冒険者の方たちは魔物解体師との兼業冒険者を望んでいるんじゃないですか? 僕、これでも結構魔解ギルドに行きますけど、募集の件を聞いたことがありません。つまり、それは冒険者ギルド内の募集で最低条件が冒険者であること……ですよね」


 シドはかつて憧れた魔物解体師――オーゼン=グランゾルトのことを思い出す。


 彼は冒険者と魔物解体師の二足の草鞋を履く人だった。しかも、二つの職業を極めた生きる偉人だ。


 昔、魔物解体師というのは研究職と言われていたが、彼が世間に名を遺すようになってから魔物解体師という存在が二つに分かれた。

 昔ながらの研究者のように自分は迷宮にはいかずに冒険者を直接的に協力する力を持たないタイプと、自分も冒険者となって自分で魔物を狩る力を持つタイプ。


 どちらが優れているということではないが、学者の魔物解体師よりも冒険者の魔物解体師の方が需要があるのは必然といる。

 共に迷宮攻略の仲間として同行することができ、その蓄積された魔物知識と解体技術は確実にパーティーの利となる。


 新人冒険者なら、金も稼ぎたいだろうから低級の戦力にもなる魔物解体師を求めていてもおかしくない。


「かぁぁぁっ、すまん。エルテムの弟だし、あいつからの推薦もあるっていうから、てっきりそっちもいけるほうだと勘違いしたっ」

「いえ、気にしてません」

「そうか。……面白い組み合わせになると思ったんだがな。もし気が向いたら、教えてくれ。話す機会は作れるだろうからよ。運のいいことにあいつらの担当はエルテムだからな」

「……シド、また一人で迷宮に入るくらいなら――」

「入らないよ、姉さん。僕は冒険を志す人達の足手纏いにはなりたくない。……今回のことは本当にすみませんでした。こんな大事になるとは思ってませんでした。もう、一人でダンジョンには入りません」


 一度冒険をすることを諦めたシドがこれからの冒険者の邪魔をする気はない。


 最初にイングランが言っていたように、シドは意図的に中層から下層を狩場としている冒険者の跡をつけていた。

 彼等は基本的に道中に倒した雑魚に興味を示さないし、高い実力者に殺された魔物は物がいい。


 シドは数回その魔物を持ち帰り、解体していた。


 サラに嫌と言うほど説教された後なら分かる。シド自身のした危険性の含んだ行為で、どれだけの冒険者やギルド関係者に不安を与えたか。

 E級魔物解体師となったことがうれしくて、周りが見えていなかったのだ。


「ごめん、姉さん」


 シドは顔に突っかかる感覚を不思議に思いながら、ぎこちなく笑みを見せるのだった。



あとがき


読んでくださりありがとうございます。

感想、評価よろしくおねがいします。


ここからは、少し書いてて、うまく書けたかわからなかったので補足です。


魔力回路は全ての生物にあるとされています。

しかし、魔法はその魔力回路に生まれながらに刻まれているものです。

刻子と無刻子の違いは魔力回路に魔法が刻まれているか、いないか、です。

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