3.魔物解体ギルド

 見習いを含む魔物解体ギルドメンバーとなったものだけが立ち入ることのできるギルド内にある資料室。


 迷宮都市カラリアに魔解ギルドがしてから誕生から百年近く、【天地迷宮】で発見された魔物はおよそ二百五十種。そこには今までの多くの魔物解体師による魔物研究と解体技術、そして彼らの経験が保存されている。



「やっぱ、僕の居場所はここだけなのかな……」


 年季を感じさせる古くかびたような匂いが部屋中を滞在している。その癖、埃は全く見えず綺麗に掃除されていることがわかる。

 色んな人が汗水流して書き殴り、色んな人が読み漁り、色んな人がその知識を継承する。そんな先代達が残した匂いがシドにとって心地よい。


 一歩一歩、幾つかある棚の間を練り歩く。


 シドは整列された本の背表紙に記された著者と題名を見るだけで、中身の内容を思い出すことができる。

 憧憬に心を燃やされたあの日から約七年。

 本の虫となって読み込んで、読み込んで、読み込んだ。シドが憧れた彼のように、素早く、美しく、そしてかっこよく魔物を解体できるんだと夢を見ていたから。


「まぁ、研究者っていうのも解体師の一つだ。確かにあの時憧れた背中じゃないけど、師匠は研究者として尊敬してる。姉さんも安心してくれる。いいこと……じゃ……っ」


 己に言い聞かせるように独り言を呟くシドはふと、歩いていた足を止めた。


 その視線の先にあるのは何の変哲もない一冊の本。


 ──『魔物解体書 オーゼン』

 何とも簡素で適当な背表紙の文字。オーゼンの書いた本はそれ以外になく、その本は他の本に比べて傷んでいない。

 その理由は開けばわかる。当時のシドも絶句したのを覚えている。


「……はっ、誰が読めんだよ。っこんな文字」


 迷宮都市カラリアの共通言語はユグラ文字だ。

 だが、この本に書かれている文字は解読不明の言語だった。この本が作られたのが今からちょうど七年ほど前で、最初の数年は解読を行おうとするギルド員がいたが、今では完全に遺物とかしている。

 しかも、張本人は旅に出ると言って行方不明。


 かつてはシドも解読しようと頑張ったが、完敗に喫している。結局、シドが出来たのは本に描かれた絵を見ることだけ。


「龍……か」


『――どうしたら、貴方みたいな魔物解体師になれますかっ!?』

『――龍を解け。まずはそこからだ』


 恐らく龍だろう魔物の姿が描かれた、見開き一ページ。


 それはかつて、英雄グランフェルドの伝説にも描かれている龍の特徴と同じ。大きく開かれた翼と獰猛な爬虫類のような顔、そして鋭利な鉤爪を持った巨体の化け物。

 そんな龍が解剖された図とまるで樹木のような図、そして解読不明の文字の羅列。

 最後の一文にユグラ文字でこう書かれていた。


 ――『龍を解く者、生樹宿りて命を生む』。


 意味は本人以外知ることができない。

 なぜなら、今を生きている人間の中でダンジョンで龍を見た人間はオーゼン一人なのだから。


「――おっ、いたいた。君、仕事が来てるんだ。ちょっと話きいてやってくれないかい?」

「……はい。わかりました」


 無意識に下唇を噛んでいると、資料室の扉が開いた。そこには目にクマを作って今にも死にそうなギルド員がおり、シドに声をかけてきた。


 魔解ギルドに突発的に来る仕事はひとえに冒険者が小型の魔物の死骸をわざわざ持って帰ってきた時に、それを解体してあげることだ。理由は千差万別で肉が欲しいや体内にある毒が欲しいなどなど。

 魔解ギルドの日常風景だ。


 だが、今日は少し違うようだった。

 魔解ギルドの受付で一人の少年が大きな声をあげていた。

 燃えるような真っ赤で活発さを感じさせる短髪と青玉のような瞳。少年はシドと変わらない身長だが、よく鍛えられた体格を大きく身振りを動かしている。


「頼むよっ‼︎ 見たことない魔物なんだっ‼︎ 魔物図鑑にだって載ってない、新種なんだってっ‼︎ 誰でもいいから魔物に詳しい奴を回してくれよっ‼︎」

「分かったから、少し大人しく……あっ、シド」


 黒髪ロングで目元のホクロが妖艶的な色気を滲ませた大人の受付嬢は喧しそうに顔をしかめていたが、面倒ごとの擦り付け先を見つけたようにシドの名を呼んだ。


「リンコさん、どうしました?」

「この冒険者さんが新種の魔物を見つけたから、確認のために迷宮に同行して欲しいって」

「あ~、よくあるやつですね」

「そっ、よくあるやつ」


 時折、このような調査依頼がくる。

 だが、そのほとんどが新人冒険者で知識が乏しい者が多く、新種というのもちょっと姿が違う同じ魔物だったりする。魔物は魔物同士で縄張りを争い傷を負うこともあれば、ダンジョン内でも環境が違いで変わった成長を遂げた同種の魔物がいたりもする。


 つまり、新人冒険者のあるあるだ。


「な、なんだよっ。信じてくれよっ、本当に見たことないんだって‼」

「はいはい、もう何度も聞いたからそれ。えーっと、名前はカイン、E級冒険者……か。その魔物の見た目と発見した階層は?」

「……三階層。因みにもう討伐してる。見た目は最初は変なスライムかと思ったけど、見た目はヘビーワームっぽくて。ただ……なんかめっちゃ固く重くなって、持ち帰ろうにも持ち帰れそうにないんだ」

「……へぇ」


 端的なリンコの質問にカインという新人冒険者はしどろもどろに答えていく。そしてシドは小さく目を細める。


 スライムとはよくある魔物で粘着性があり水のような魔物だが、生物を形作る器官が全て筒抜けで魔物としてはとても弱い部類だ。また、ヘビーワームはミミズのような見た目で大きさは人ひとり分ほどのが一般的だ。


 カインという冒険者が言う魔物は恐らくスライムだろうとシドはあたりをつける。

 上層階にいるスライムには少ないが稀に、擬態の魔法を宿した魔力回路を持つスライムが発見されている。そのスライムは自分で喰らった魔物の姿に擬態することができるが、その姿はスライムの特性である中身が丸見えなのが特徴なのだ。

 だが––––。


「固く重たい……か。病気かも」

「病気? 魔物って病気になんのかっ!?」

「そりゃそうだよ。魔物も生物の一種。魔物によくみられる石化病っていう感染した箇所が固くなって岩みたいになる病気があって、それが全身に回ってたのかも」

「知らなかった……ううん、やっぱり一人は欲しいよなぁ」


 何か悩むように首をひねったカインを無視して、シドは受付嬢のリンコと今後の対応について話し合う。


 聞いた感じだと、シドが言ったように珍しくはあるが新種でも何でもないスライムの可能性が高い。わざわざ魔物解体師を呼ぶ必要は感じないし、同行してくれる魔物解体師を見つけるの難しそうだ。


 所詮は新人冒険者のたわごと、それに付き合うほど魔物解体師はお人よしではない。


 そういうことで、二人がどうやって諦めてもらうかを話し合っていると突然シドの肩が掴まれて引っ張られる。


「――お前、魔物解体師なんだよな。ついてきてくれよっ」

「……僕は無刻子だからむ――」

「大丈夫っだって。俺がいれば三階層程度の魔物は蹴散らせるし、現場に行けば俺のパーティーメンバーも二人いるから。なっ‼」


 ガチっと両肩を掴まれて逃がす気はないという眼力で見つめられたシドは逃げるようにリンコを見るが、彼女は悪い顔をしていた。


「いいんじゃない? ていうか、貴方一人で迷宮に潜ってたっていう報告受けてるわよ。一人よりも数倍は安全じゃない。いい経験になるわ」

「いや、そうですけど」

「だったらいいじゃねぇか。頼むよっ‼」


 そうしてカインに押し切られる形で、シドはダンジョンに潜ることとなった。



あとがき


読んでくださりありがとうございます。

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