6.冒険者の背中は遠くて
「すっごいな……」
シドはカインの一騎当千ぶりに感嘆の声を上げる。
カインは彼自身が言う様に、このあたりの階層の敵に対して特に手こずることはなかった。逆に魔物と対峙することを楽しんでいる様子で、彼はどんなに激しい戦闘であってもその笑みを引っ込めることはなかった。
その姿は正に怖いものを知らない戦い方は正に新人冒険者のそれだ。
だが、そんなカインの進撃は第九層の中盤で失速し始めた。
「うおおおおおおおおっ、咆えろ紅蓮っ‼」
シドはそんなカインの声と共に吹き荒れた高温の熱風に当てられる。
恐らくカインの魔法なのだろう。彼の左眼周辺に現れた魔力回路の跡が赤く光り、全身と大剣に蒼い炎を帯びる。
振り回した大剣が大気を震わし、敵対する魔物を威圧する。
美しくも、荒々しい蒼炎の魔法。
「グオオオオオオオッ‼‼」
しかし、魔物はカインの炎に怯えることなく、押し返すように咆哮を放つ。
黒毛の熊のような魔物――グリズリーベア。鋭く長く伸びた指爪が特徴的で、その爪にはすでに何かの血が滴っている。凶悪的な顔と獰猛に広げた口から見える牙。明らかに第九層のような上層の中盤にいていいような魔物ではない。
グリズリーベアの生息階層は十五階層付近。広く見積もっても九階層でまず見ることはないはずだ。
何度かカインの大剣とグリズリーベアの鋭爪が打ち合い、大剣がその右目を切り裂いた。だが、グリズリーベアは慄くことなく、カインの猛攻を弾き飛ばす。
「くそっ、なんだよこいつ。今までに見たことないぞっ」
「あれはグリズリーベアだ」
「はあっ!? 十階層よりも上の魔物じゃねぇかっ‼ こちとら、まだ十階層までしか行ける許可がねぇってのにっ」
隙を見て一歩下がってきたカインにシドは持ってきていたポーションを投げ渡す。
まだ、愚痴を荒げるほど元気があるようで安心する。ここまでに連戦も連戦だった。
しかも、本来の生息階層よりも下の魔物が混じっており、その現象の名は––––。
「––––魔物上進……」
「へぇ、これが例の。面白くなってきたじゃねぇかっ」
シドの呟きに興奮を抑えきれない笑みを見せるカインは再び大剣を手に、グリズリーベアに突進を仕掛ける。
シドが与えたポーションは低級ポーション。体力と外傷が微量ながらに回復する代物。カインには効果てきめんだったのか、彼の剣戟に再びキレが戻っているのを素人ながらにシドは感じる。
――魔物上進。
ダンジョン内におけるイレギュラーの一種。
簡単に言えば本来の生息階層よりも何らかの影響で上の層にまで魔物が登ってきてしまう現象だ。とはいえ、話によればそこまで珍しくないものでもある。
魔物上進が自然発生する明確な理由は一つ。
魔物か冒険者が下層から上層に逃げる際に、下層の魔物の威圧に負けた上の階の魔物が冒険者と共に上に逃げるというもの。
今までに、この現象の被害を受けた新人冒険者は多い。
そのせいで、冒険者はギルドによってその冒険者がいける階層間を指定されていたりもするのだ。先走った冒険者が、自身の力を過信してしまわぬように。
実際、カインの口ぶりから担当受付嬢によって行ける階層を決められているのだろう。
「どりゃぁぁぁぁぁああっ‼ 『炎斬』っ‼」
炎が大剣に凝縮されて振るわれた瞬間に、その斬撃が炎の刃となって放たれた。
今までになかった攻撃に真正面から受けることとなったグリズリーベアは、大きな胸に深い火傷と傷跡を作る。そして、それがグリズリーベアのとどめとなった。
「はぁはぁはぁ……ははっ、なんか思いついたからやってみたけど、案外うまくいくもんだなっ」
「思いついたって……」
「ふぅ……うっし、シド。先に行くぞっ」
その場で考えた物を一瞬で形にできる圧倒的な戦闘センス。強敵との対峙に怯えることなく、逆に嬉々と突っ込んでいくねじの外れ具合。そして、その並外れた戦闘能力を後押しするシンプルな魔法。
シドは素直にその姿に羨望の視線を向ける。
グリーズベアの威圧に負け、止まらなかった手を固く握る。自分と同年代の冒険者のその姿は眩しくて目が離せなくて……悔しくてたまらない。
「どうした?」
「ううん。……確か、君の仲間は十階層にいるんだよね?」
「あぁ。あいつら大丈夫だよな……っ誰だ、あれ?」
九階層から十階層に下がるための階段に一人の男が力なく壁に寄り掛かっていた。頭からは血を流し、青くなった顔は苦痛を見せる。損傷した防具の上から折れた腕を抱えて、か細い息を繰り返している様子は生死の境を行き来しているようだった。
それに気づいたシドとカインの行動は速かった。
シドはバックからポーションと新品の布を取り出して男に駆け寄り、カインは警戒を高めて二人を守るように大剣を構えた。
「ちょっと、冷たいですよ」
「……っぐぁ」
低級ポーションでは程度は知れているが、ましになればとシドは布にポーションを染み込ませて傷口に当てる。開いた手と口で再びポーションの瓶を開けて、男の口に滴らせる。
低級とはいえ、そこそこ金はかかるものだ。しかし、人の命に変えはきかない。
そんな治療行為を行っている中、突然シドたちがいる階段の下から激しい轟音が鳴る。自然なものではなく、明らかな戦闘の影響によるもの。
「なんだってんだっ‼」
「……っぐ。き、君たち……は」
大きな揺れとカインの怒声で意識が戻った男が掠れた声を上げる。
「動いちゃだめだよっ、おじさん」
「おい、あんたっ。どうなってんだ? 下で何が起きてるっ!?」
「カイン君、無理をさせちゃ……」
「馬鹿いってんじゃねぇ、シド。情報は落としてもらうぞ。下には俺の仲間がいるんだからなっ」
シドはカインの血気盛る表情にハッとする。
カインはここに来るまでも、何度も仲間のことを心配していた。その青い瞳には荒げる口調からは感じれないほど不安の色を滲ませていた。
そんな表情をされれば、シドは止めるすべを持たない。
「……ぁ、魔物上進っ。十階層に『
「『
「……中層の魔物だよ。たしか推定討伐ランクはBランクの」
「――っBランク!? くっそ‼」
自分よりも遥かに高いランクに驚愕するカインだったが、その行動はすぐに階段への一歩という形であらわされた。
そんなカインのの脚を掴んだ手があった。力など入らないだろうに、男は震える腕を伸ばしていた。
「だめっ、だ」
「邪魔すんなっ‼ 俺はいくぞっ‼」
「しぬ、ぞっ」
それは恐らくカインよりもランクが高く経験も豊富であろう男の最大限の警告。
だが、カインは止まらなかった。
男の手を振り払う様に歩きだしたカインだったが、突然シドの方に振り返る。
「シド……お前はどうする?」
「どうって、この人の安全を確保しなきゃ」
「そうか。じゃあ、悪いが頼んでいいか? 俺は――下に行く。……悪いな、こんなとこまでついて来させちまって。魔物上進が分かった時点で、お前だけでも帰らせとけばよかったな。……いや、またあとでな」
そう言ったカインの好戦的な笑みは覚悟を見せていた。階段を下りる足取りに迷いは見えず、あっという間にシドの視界からその背中は見えなくなった。
冒険者とは冒険する者達だ。
そこには勿論、命が伴う。その命の使い方は冒険者自身の判断にゆだねられる。その行動に最善も悪手もない。
――冒険者カインは仲間を救うためにその命をベットしたのだ。
あとがき
読んでくださり、ありがとうございます。
応援、感想コメント、評価よろしくお願いします。
因みに魔物上進って結構適当に名前を付けたは良いけど、どういうルビがいいと思いますか? よくあるスタンピードはダンジョンから魔物が地上に出るみたいなニュアンスで少し違うような気がして。ご意見お待ちしております。
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