7.似たもの同士

 ダンジョンには十階層ごとボスがいると言われている。


 ここ『天地迷宮』の最初のボスは、まだそこにダンジョンという名前がつく前──魔王軍の仮拠点の撤廃を行おうとした騎士団によって討伐が行われた。

 ボスのいる階層は他の階層とは比べ物にならないほど小さく、大広間しか存在しない。そして広間はボスの放つ魔力によって特殊な環境が形作られるとされている。


 当時の記録ではそのボスはこう名付けられていたという。

 ――宝石豚王クリスタルオークキング



「っなんだよ、これっ……!?」


 十階層は討伐済みのボスの影響によって魔力が固まりやすく、魔力結晶が作られやすい性質を持った特殊な階層だ。以前にカインが来た際の景色はまるで夜空に浮かぶ星々を感じさせるほど幻想的な場所だった。


 しかし、カインが見たその景色は煌びやかながらに荒れ果てた、美しさと混沌さが入り混じった世界だった。

 地面は歪に抉られ、壁には無数の穴。粉々になった魔力結晶は空に浮かぶ土埃と混じりあっている。響き渡るその咆哮は空気を揺らし、カインの鼓膜を突き破ろうとする。


「グルルルルァァァアアア‼‼」


 大広間の中心に立つのは一体の巨大な魔物。

 ――『三頭九角獣メレベロス』。


 その名の通り三つの頭にそれぞれについた三本の角。真ん中の頭の中心にある角は他の角とは違い大きく赤黒い奇妙な紋様が走っている。大きな犬のような身体と毛量の多い卵のように膨れた尻尾。

 そして、大きく開いた口から見える、強靭ない牙はひと噛みされれば待っているの死なのが容易に考えられる。


 その獣から放たれる茹だるよな吐息と凍るような殺気にカインは対面すらしていないのに、本能に警鐘を鳴らす。


 だが、その瞬間カインのもとに一人の中年の男が弾かれたビー玉のように転がってきた。

 ツルツルの頭に顔に生やした口髭がいいアクセントをしている。


「……っか!? くそっ。……ってガキお前何してんだっ‼」


 その冒険者だろう男は打ち付けた頭を庇いながら、態勢を立て直すとカインの存在に気付いたのか、驚愕の表情を浮かべて声を荒げた。


 その冒険者の防具はカインが付けているような革製の防具ではなく、ミスリルによって作られた中級冒険者に多い姿をしていた。カインのような上層ではなく、明らかに中層を狩場とする冒険者だということを物語っていた。


 そして、そんな中層を行き来する冒険者がこうも満身創痍な様子にカインも言葉を失いかける。


 だが、それでもカインの口は自然と言葉を紡いでいた。


「……ここに長い黒髪と金髪の女の子がいるはずなんだ。知ってことがあるなら、教えてくれっ‼」

「ちぃ。……そういうことか」

「知ってるのかっ‼ あの二人はっ――」

「――あの魔物から一瞬たりとも目を離すな。剣を構えろ。死ぬぞ、ガキ」


 先ほどまで煩いほどの戦闘音が鳴りやんでいる。

 それはつまり、この男以外にあの魔物の相手をしていないということだ。


 よくよく見れば『三頭九角獣メレベロス』の視線はこちらに向けられており、様子を見ているようだった。

 突然現れたカインを値踏みするような目にカインは大剣を構える。

 

「いいか。よく聞け。お前の言う女の子達は無事だ」

「本当ですかっ‼」

「あぁ、だが安全じゃない。――来るぞっ、避けろっ」


 そう言った瞬間、もうすでに男は全力で横に避けていた。視界の端でそれに反応するようにカインも何も考えずに男と同じ方向にダイブした。

 カインの身体空中に浮いている間に突如として発生した突風によって、身体を攫われて壁のあるところまで飛ばされてしまう。


 カインは急速に早まる心臓の鼓動に顔の引き攣りを感じる。


「……っ」

「立てっ、惚けるな」


 そんな男の声と共にカインは腕を掴まれて、情けなく転がっていた身体を無理やり起き上がらされる。


 視界の先にいるのは先程までカイン達がいた場所から、こちらを睨みつける『三頭九角獣メレベロス』の姿。血眼という言葉が似あう獲物を、いや餌を見る眼球がギロリとこちらを睨む。

 そこには先ほどの警戒の色はない。


「女の子達の話だが。今は十階層と十一階層の間の階段で、俺のパーティメンバーに治療を受けている」

「……っ」

「命には別状はないはずだ。だが、さっきも言ったが安全じゃない。一度あの魔物がここから動こうものなら、俺の仲間とお前の仲間の命はない」


 男は手に持ったミスリルの片手剣を肩に乗せる。


「ガキ……名前と冒険者ランクは?」

「カイン。Eランクだ」

「俺はBランクパーティ『鉄の絆』の一人、トーマスだ。――ようこそ、生死の反復横跳び場へ。来てしまったのならしょうがない。丁度一人じゃ寂しかったんだよ。一緒にあの化け物相手に時間を稼ぐぞ、カイン」


 トーマスと名乗った冒険者の顔は挑発的で、どこかこの状況を楽しんですらいるようなものでカインは思わず口角が上がるのを感じた。


 ――狂っている。

 だが、カインもまた同じ無地穴。冒険者は冒険を楽しんでこそだ。

 カインの左眼に現れた炎の紋様――魔核は赤く灯り、蒼炎を燃え上がらせる。一度噴き出した蒼炎は瞬く間にカインの身体に纏われ、得物である大剣にも炎が宿る。


「時間稼ぎ? いやだね。俺が――あの犬っころをぶっ倒すっ‼」

「はっ……。息のいいのは嫌いじゃないが、死んでもしらねぇぞ。いいか、一つ頭に入れろ。理由は面倒だから省くが、あれはただの『三頭九角獣メレベロス』じゃねぇ、中層のボスクラスだ。常に魔法を発動して魔力を全身に巡らせろ。でないと、気付いた時には頭と体がおさらばだからな」


 初邂逅からの初の共同戦線。

 互いの仲間を守るために二人は『三頭九角獣メレベロス』に刃を向けた。





あとがき


お読みいただきありがとうございました。

感想、応援、評価よろしくお願いします。


私ごとですが100pvいけました。

ありがとうございます^_^。


変更点。

・三頭九角獣のルビはメレベロスになりました。

・メレベロスの推定討伐ランクがAランクでしたがBランクにしました。

・普通の強さはBランクパーティであれば、倒せる程度

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