8.イレギュラーの始まり

 一度鳴り止んだ下の階の戦闘音が再び激しくなり始めた時、シドは傷を負った冒険者と共に安全な場所で身を隠していた。


 階段に近くに岩石と岩石の隙間の丁度四方から死角となる場所を見つけた時は、さすがのシドも思わず安堵の息が漏れた。

 カインに頼まれたとはいえ、残念ながらシドには戦闘能力のせの字もない。もしも、魔物に見つかろうものなら、この死にかけの冒険者をポーション漬けにして戦ってもらうしかなかった。


「……これでよしっ。一応今ある物での応急処置は終わらせました。具合はどうですか? ランデルさん」

「ありがとう、なんとか大丈夫だよ。……まさか、君に助けてもらうとは思いもしなかったよ。シド」


 負傷した冒険者――ランデルの苦笑いにシドも似たような顔で返すしかなかった。


 シドは最初こそ気づかなかったが、治療中にその顔に覚えがあることを思い出した。

 今日の昼過ぎにあったシドの謝罪周りで謝った一人が、このシドよりも二回りは大きい身体に茶髪茶目をしたランデルという男だった。


 真面目で優しい面持ちで注意を促してきたランデルと、まさかのダンジョンで再開してしまうとはシドとしても気まずいなんてものじゃなかった。


「あの子……カインといっかな。下に行ってしまったんだね」

「はい、仲間がいるらしいので」

「そうだね、確かに十階層にそれらしい子たちはいたよ。本当だったら、僕達がもっと下の階層で止められていれば、あんなことにならなかったはずだったのに。油断したっ」


 悔しさを滲ませた表情で折れた腕を見るランデルは力不足を嘆く。


 シドの記憶が正しければ、ランデルの冒険者ランクはBクラス。そしてBランクパーティ『鉄の絆』のメンバーの一人。僕等……ということは、パーティ活動中だったということ。

 下層にはいけないながらも中層を狩場とする彼等が、いち魔物に苦戦し、ここまでの傷を負うなんてことあるのだろうか。

 シドはそんな疑問を解消すべく、話を切り出した。

 

「あの……何があったか、詳しく教えてくれませんか?」

「……そうだな。確か君はE級の魔物解体師だったか。ならちょうどいい、君にも意見が聞きたい。あの魔物の変化の理由を」


 シドの言葉に頷いたランデルはその口火を切った。




 ――それは、僕等のミスから始まった。


 ランデルはトーマス、ミゼラと共に『鉄の絆』というBランク冒険者パーティでダンジョンに潜っていた。


 そんなランデル等が『三頭九角獣メレベロス』を見つけたのは、上層の最下層である二十階層だった。


 二十階層と、中層の初階層である二十一階層の間には、層と層を繋ぐ階段は存在しない。では何で冒険者は上層から中層に降りているのか。


 それは偏に二十階層にいたボスが作り出した自然環境を利用することだ。二十階層にいたボスは水を操り、その身を水に変える魔法を使う魔物だった。そして、そのボスが討伐された影響によって二十階層には、二十一階層に落ちる瀑布が作られた。


 そして、『三頭九角獣メレベロス』がいたのは正にこの瀑布だった。


 なんて変哲もない『三頭九角獣メレベロス』の姿に最初はランデル達も驚きの声を上げたものの、魔物上進というイレギュラーは長年冒険者をしていれば遭遇する機会も何度もあったことで、冷静になるのは早かった。


「魔物上進だな。だが、こいつは何を追ってきたんだ? ここに来るまでに中層の魔物の気配なんて感じなかったぞ。見逃したか?」

「魔力の隠ぺいを得意とする魔物は多いからね。……これはこの魔物を倒して、一度ギルドに報告したほうがいいだろうね」

「そう、しょうがないわね」


 ランデルの冷静な行動指針に対して、不満げではあるが賛成の意を示したのはミゼルだった。

 美しい黄緑色のショートヘアのミゼラはローブを着て、手には身長より少し短い杖を持つ姿はとても凛としていて美しい。内面は今頃暴れるほど不満だろうに、その無表情からは計り知れない。


「いやでもよ、ランデル。三頭九角獣メレベロスに追われるような魔物なら、ほっといても他の冒険者が狩ってくれるかもしれないだろ。こいつだけ狩って後は任せれば良くねぇか?」


 良くも悪くもトーマスは軽い。物事の考え方も、行動の意思も。それがいい方向に働くこともあるのも分かってはいるが、今回のことにはパーティの指揮を任されているランデルは断固として首を振った。


 魔物上進というイレギュラーを甘く見てはいけない。このイレギュラーによって、何人の新人冒険者が命を落としたのかは定かではない。


 冒険者ギルドに所属する冒険者として、ダンジョンのイレギュラーは報告するのが義務だ。ランデル達の先輩冒険者が後輩冒険者を守るためにしてきてくれたことを、自分達も後輩にしていかなければならない。


「トーマス、冒険者としての義務は果たそう。まずは『三頭九角獣メレべロス』」を倒そう」

「ほいほい、分かったよ」

「……ねぇ、あの魔物なにか探してない?」


 トーマスがやれやれと言った様子で片手剣を取り出した時、滝口から離れた浅瀬に立っていた『三頭九角獣メレべロス』は何かを探すように鼻を立てていた。


 『三頭九角獣メレべロス』の特徴の一つには、三つの頭にある三つの鼻によって他の魔物よりも嗅覚が異常に鋭いことが挙げられる。


 恐らくその鼻で、獲物と定めた魔物の匂いを探っているのだろう。

 周囲を見渡すように頭を四方に動かす『三頭九角獣メレべロス』だったが、突然その視線がランデル達に突き刺さった。


「おっ、気づいたか? お前ら、行くぞっ‼︎」

「あぁ‼︎ ミゼル、先制攻撃を」

「『風玉墜落メテオスパイラル』」


 上空の風が吹き荒れる。

 歪に吹いていた風が固まり、一つの大きな螺旋玉となって『三頭九角獣メレべロス』の脳天に容赦なく突き刺さる。


 立ちくらみのように横に倒れた『三頭九角獣メレべロス』に追い打ちをかけるのはトーマスの片手剣。彫刻のような紋様に赤い光を宿した片手剣はその固い体毛を切り裂いた。


 トーマスの持つ剣は所謂––––魔法剣。

 ダンジョン内に眠る『遺物ロストアイテム』の一つ。剣自体が魔力回路を持ち、持ち主の魔力を与えることで剣が持つ魔法を使うことができる。

 だが、今トーマスが持つ魔法剣は質が悪かった。


「ちっ、切れ味は微妙だな。これは売り――」

「ガアアアアァァァァ‼‼」


 小さくつぶやかれたトーマスの言葉は、『三頭九角獣メレべロス』の反撃の鉤爪によって打ち消される。体毛は切れていても、その皮を切り割くことはできずに反撃の隙を与えてしまっていた。


 しかし、そんな『三頭九角獣メレべロス』とトーマスの間に入ったランデルは片手で構えた盾で鉤爪を跳ね返す。開いた腹にトーマスの剣が再び刃を立てた。


「ガウッ‼」

「いいカバーするねえ、ランデルっ」

「何度も相手しているからと油断するな。悪いところが出てるぞっ、トーマス」


 そんな軽口が飛び交う戦闘。


 いつもの『鉄の絆』の様子であった。冒険者として十年近くダンジョンに潜り続けた者としての余裕でもあり、冷静さともいえた。


 だが、ランデル達は失念していた。

 冒険者としてベテランでもイレギュラーへの対応は未熟だということに。


「グアァァァアアア‼」

「――っトーマス‼ ランデルっ‼」

「ちょ、おいっ待てっ‼」

「……そっちは上層だぞっ‼ トーマスっ」


 それは突然起こった。

 トーマスの刃が『三頭九角獣メレべロス』の右頭の両目を切り裂いた時、突如として十九階層に上がる階段の方に『三頭九角獣メレべロス』は走り出した。パーティ内で一番足の速いトーマスにも追いつけない速さで。



あとがき


お読みいただきありがとうございました。

感想、応援、評価、フォローよろしくお願いします。


変更点。

・三頭九角獣のルビはメレベロスになりました。

・メレベロスの推定討伐ランクがAランクでしたがBランクにしました。

・普通の強さはBランクパーティであれば、倒せる程度

・タイトルをカクヨム用に付け足してみました。タイトルというなのあらすじを端的に書きました。

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