5.サラの思いと異変

 サラ=エルテムは冒険者ギルドのカラリア支部のバックヤードで大きな溜息を吐いて、机に突っ伏せた。

 絹のような白髪をポニーテールに元気がなく、その落ち込んだ様子はどこか擁護欲を掻き立てる。


「はあぁぁぁぁ」

「サーラちゃんっ。珍しいね、そんな深いため息吐くなんて」

「うっ。ごめん、シルア」


 羊のようなモフモフとしたピンクの髪をした可愛らしい少女――シルアの発言にサラは慌てて、顔を上げた。

 サラが職場でこのようなだらしない仕草をするのは稀も稀だ。そんなシルアの珍しそうな視線に恥ずかしそうに、笑うしかなかった。


 サラは絶え間なく現れる冒険者の受付作業をしながらも、頭の中にはシドのあの引き攣った笑みが反芻していた。


 冒険者になれない……正確に言えば上級冒険者になることが出来ない。


 それを知った幼きシドの表情と先ほどのシドの諦観の表情を思い出すだけでサラの胸は言いしれようのない痛みに襲われる。


 勿論、全ての冒険者が上級になれるわけではない。それでもほとんどの冒険者はその存在に夢を見ることが出来る。しかし、無刻子のシドはそれを許されなかった。魔法を使えない冒険者は、見習いから上に上がることが出来ないから。


 魔法がなければ、強力な魔物と戦うなど夢のまた夢。それは弱肉強食なダンジョンでは自然の摂理。


「ふ~ん、お疲れだね。そんなサラちゃんにいいことを教えてあげよう」

「また、合コンの誘い? 嫌よ、また変なのに絡まれるのはたくさん」

「弟ちゃんがダンジョンに向かってたよ」

「……っどういうことっ!?」

「ぱふっ」


 ガタンと椅子を引いて立ち上がったサラは迷わず目の前にある柔らかい頬に伸ばした。ひょっとこな顔となったシルアの呻く声も虚しく、サラは言葉を促すようにその頬をこねこねと揺らす。


「ほ、ほらっ。最近サラちゃんの担当になったカインっていう子っ!」

「その子がシドとなんの関係が?」

「だから、そのカイン君と一緒に弟君がダンジョンに行ったんだよっ。なんか未知の魔物を見つけたって騒いでたって、受付の子が言ってたのっ」

「未知?」


 サラはこれでも冒険者ギルドの受付嬢になって、すで五年。そこそこの冒険者の行動パターンは把握している。新人冒険者のありがちなことも理解している。

 なので、目の前で大事そうに頬をいたわるルシアの言葉の意味もサラは当然理解できる。しかも、カインと言えば支部長がシドに誘いをかけていたパーティーのリーダーだ。偶然にしても、よくできている。


「なんであの子は担当受付嬢の私に何も言わないの? シドと言い、男の子はどうなってるのよっ」

「急いでたのかも? パーティメンバーをダンジョンに置いてきてたみたいだし。ほらっ、あの可愛い幼馴染ちゃんたち」

「それでも一言は入れるべきでしょっ‼ 言ってくれれば、別の人を斡旋できたかもしれないのに……」

「……なんで? 弟君は魔物解体師なんだから、人選は間違ってないと思うけど。カイン君のパーティーは新人冒険者では優秀だし、上層くらいなら危険もそこまでないと思う」


 ルシアの一言に続く言葉をサラは思いつかなかった。


 サラは無意識のうちに、シドがダンジョンに行くことを否定した。それは、一人でダンジョンに向かった前科や無刻子ということもあったかもしれない。

 だが、それはもっと昔からあった感情。サラが最も自己嫌悪になる要因。

 そんな言葉に詰まったサラにルシアの含みのある笑顔が突き刺さる。


「サラちゃんは本当に弟君が大好きなんだね」

「……っそ、それがどうしたの」

「ううん、いいと思う。でも弟君も一人の夢見る男の子だからね。いつかはサラちゃんの手の届かないところに行っちゃうかもってこと。私のお兄ちゃんなんて……手紙ばっかで、もう何年も家に帰ってこない人だから」


 自身の薄暗い考えを見透かされたように感じたサラだったが、ルシアの寂しそうな瞳から目を逸らすことが出来なかった。


 ルシアはこういっているのだ。

 ――いつまでも箱の中に閉じ込めていられない、と。


 サラはこれまでに何度もシドが起こした行動を咎めてきた。人に迷惑をかけたこと、サラ自身を心配させたこと、シド自身が自身が傷つくようなこと、それらは全てシドのためだとサラは自分に言い聞かせていた。


 そして、あの日もそうだった。


『姉さん。僕は冒険者になれないのかな?』


 サラが冒険者ギルドの受付嬢となってすぐのこと。シドが無刻子と宣告された数日後、そんな話をしてきたことがある。


 不安と覚悟が入り混じった表情に、サラは無意識に口を開いていた。


 ――大丈夫。冒険者じゃなくても、魔物解体師にはなれるよ。


 傍にいてほしかった。どこにもいかないでほしかった。両親の時のように、自分を置いていってほしくなかった。

 だから、サラは自分という鎖でシドを縛りつけたのかもしれない。



「……なんか、外が騒がしくない?」

「え? ……ほんとだ」


 そんな折、バックルームにいた他の受付嬢達が突然違和感を感じたのか、手を止めて話し出す。


 サラのいる場所はギルド受付の裏。


 冒険者が多く行き来する受付の喧騒はいつものことだ。しかし、その日の騒ぎはいつもとは違った。いつもよりも重々しく、殺気立った冒険者特有の騒々しさ。


 嫌な予感がサラの全身を駆け回る。そして、それを証明するようにバックルームの扉から慌てて入り込んだ同僚は口を開いた。


「――魔物上進だっ‼ 下層の魔物、『三頭九角獣メレベロス』が十五層に現れたっ‼」


 ──シドっ‼︎



あとがき


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