魔物解体師は龍の雫で覚醒する〜魔法の使えない魔物解体師でしたが、龍を解体したら最強魔法が使えるようになりました。ダンジョンの魔物を全て解体する夢を叶えたいと思いますっ!〜

アヒルの子

第一章 冒険は脚でなく心で

プロローグ 魔物を解体する者

 ――富。

 ――名声。

 ――力。

 ――そして、女。


 かつて、人間の支配を企んだ魔王がその眷属と共に人間を襲っていた。しかし、最強の冒険者――グランフェルドの登場によって、その脅威は幾度となく打ち砕かれた。その後、魔王を打ち倒し彼は名実ともに英雄となった。

 彼はその人生で使えきれないほどの財を持ち、様々な街に大きな像や逸話が作られた。そして百人以上の女性と恋をして、結婚し、子供を作ったという。

 そんな伝説ともう一つ、残されたものがあった。


 ──ダンジョンには俺が取り損ねた遺物がまだまだ残ってる。欲しいなら、剣片手に挑め。その宝はもう誰のものでもねぇ。


 大陸に点々と存在するダンジョンと呼ばれる巨大迷宮。かつて魔王が大陸侵略のために作った魔王軍の仮拠点の跡地。

 そこには獰猛なる様々な魔物が生息しており、その中は不思議な空間が広がっている。また、未知なる食べ物や鉱石や物質、そして魔王軍の残した失われた遺物が残されている。


 それらは高価に売買され、踏破すれば箔も付き、そしてそれに釣られて女が寄ってくる。だがその代わり、命を天秤に乗せる。

 まさしく冒険者とは、冒険に夢を見て、冒険に心を躍らせ、冒険に欲を求める者達。

 過去から未来まで、どの時代においても果てしない脚光を浴びる冒険者はこの世界で最も熱い職業だ。



「いそげ、いそげ~。もう、院長が急にお使いなんて頼むから遅くなっちゃったよ」


 今日は街を上げた祭り――迷笑祭めいしょうさいの日だ。


 迷宮都市カラリアは【天地迷宮てんちめいきゅう】という巨大な迷宮によって栄えた街であり、迷笑祭はカラリアの今後の繁栄を願う一年に一度の祭りだ。


 そんなカラリアに住む一人の無垢な少年は迷笑祭のイベントである迷宮魔物解体ショーを見るために街の東にある広々としてた公園に来ていた。

 少年が生まれてすぐに孤児院に引き取られて早五年、迷笑祭に参加するのはこれで三回目だ。これまでは近くの海でとれた巨大な魚の解体ショーが迷笑祭で行われており、迷宮魔物の解体ショーというのは今までにない試みだった。

 迷宮内は当然危険が多く、魔物をその場で解体せずに持って帰ってくるのは危険極まりないのは火を見るより明らかだ。


 そういうわけで普段見れない迷宮魔物の姿をみようと、多くの民衆が押し寄せていたのだ。


 そして、少年もまたその一人だった。


 公園に集まる民衆の壁は高く、少年は適当に置かれている木箱を積み重ねる。


 目元を覆うようなボサボサの白髪から覗く金色の瞳は年季の入った丸眼鏡を通して、ようやく民衆の視線の先を見ることができた。

 そこには全長三メートル近い巨大な魔物が横たわっていた。


「わ~~、あれが迷宮の魔物。えーっと、どれだ、どれだ。どっこかで見たような……あった――キメラバードだ」


 ――複獣種キメラバード。


 少年はこのために孤児院に寄付として置かれている魔物全書という本を持ってきていた。そこに描かれていた魔物の絵と目で見たものを一致させた少年は楽しそうに魔物の名を口にしていた。

 昔、一人遊びで図鑑に描かれた魔物を土に描いていたものが現実にそこにある。胸に厚いものがこみ上げ、その姿を忘れないように少年は目に焼け付ける。


 特徴的な馬と酷似した顔と体躯。しかし、その背には赤い両翼があり、尻尾には三体の蛇が繋がっており、頭には太く鋭い真っ黒な一角が生えていた。

 普段人間が家畜で育てている動物とは似ている部分はあれど、そのどれもが違う。


 ──これが魔物。それにっ。


 少年は記憶にある魔物全書の一文を思い出し、更に興奮を抑えられずにキメラバードに集中していた視線を周りに動かした。


 キメラバードは【天地迷宮】の中層に当たる階層に生息する魔物だ。そんな強力な魔物を狩り地上に運んできたということはこのイベントには少なからず高級の冒険者達がかかわっているということを意味する。


 そしてそんな推理を裏付けるようにキメラバードの置かれた同じ台座に一人の男が座っていた。


 その男は黒髪赤眼でその力強い体躯に似合う浅黒い肌をしていた。

 上等な皮とアダマンタイトで作られた冒険者の防具を身につけた黒髪の男はキメラバードを鋭く観察するように見下ろしていた。


 その瞳に写す冷めた視線に少年は無意識に肝を冷やす。


 それは少年の前にいる大人達もそうなのか、先程まで騒がしかった喧騒も次第に静寂に包まれていった。完全に黒髪の男の威圧によって、その場が支配されたと言っても過言ではない。


 そんな波の立たない凪の中で、黒髪の男が立つ舞台に上がってきた金髪の男が大きく手を広げて声を放った。


「皆さんこんにちは。僕は冒険者のアート=テレリア。『紅の牙』のパーティーリーダーをしている者ですっ」

「――っ」


 大きな歓声が地面を揺らした。

 少年はあまりの衝撃に倒れそうになったが、背中を預けれる壁がないことに気がついてギリギリを耐えぬいた。


 冒険者パーティー『紅の牙』は冒険者ギルドで最上位ランクであるSランク冒険者四人組のパーティーだ。


 カラリアにはSランク冒険者パーティーは数個在籍しているが、『紅の牙』は誰もが認める街一番の冒険者パーティーと言われている。彼らが行った有名な偉業は【天地迷宮】の前人未踏であった階層を突破し、今現在もその到達階層を更新し続けている、ということ。

 現在の『紅の牙』の最高到達階層である六十階層であり、彼らによって新種の魔物や新たな鉱石の発見がされている。


 また、その圧倒的な強さとおごりを見せない人当たりの良さが憧れの的ともなっている。


 そんな目の上の人物が目の前にいたら、流石に腰を抜かしそうにもなる。S級冒険者というのは平凡な冒険者だろうが、一般の民衆だろうが、そうそう出会える者ではない。

 なにより街のイベントを楽しむらともかく、イベントを開く事なんて今までになかった。


「皆さんはどうして我々がこのようなイベントをするのか気になっているでしょうが、まぁあまり気にせず楽しんでいってください」


 ニコッと人懐っこい笑みを見せた金髪の男に観客は黄色い悲鳴を上げる。


 所謂甘いマスク持ちであるアートは冒険者パーティー『紅の牙』の顔役ということもあって最も知名度があり、人気だ。特に女性から。


「ははっ、祭りはこうでなきゃ。じゃあ、早速イベントをはじめて行こうかっ。まずは紹介しよう。今回のイベントの主役はこの男――我ら『紅の牙』の魔物解体師オーゼン=グランゾルトだ‼︎」


 持ち上げるように紹介したアートだったが、まばらに聞こえてくる拍手の音に苦笑いを漏らしているようだった。しかし、そんな様子にオーゼンと呼ばれた男は気にすることなく腕を組んだままだ。


 オーゼンという冒険者の名民衆も少なからず知っている。だが、【紅の牙】の一員でS級冒険者という肩書以外にはよく知らない。その理由はアートと他二人の女性が人気で、オーゼンが余り人前に姿を現さないからだろう。

 

 少年も『紅の牙』は知っていたが、彼のオーゼンという男の名は初めて聞いた。

 そしてそれと同時に頭に疑問符を浮かべた。


「魔物……解体師?」


 全く知らない言葉に少年は首を傾げた。


「次に。今回の獲物であるキメラバードだ。何故キメラバードなのか……それは一重にキメラバードは取れる肉部分が多く、単純に美味いからです。皆さんも知っていると思いますが、キメラバードの肉は所謂高級肉です。今日はこの肉を皆さんに振舞おうと思います。なぁ、オーゼン?」


 アートが気軽そうに肩に手を置くが、面倒くさそうにオーゼンによって払われてしまっている。

 その様子だけ見れば不仲にも見えるが、オーゼンは頭を掻いて、その鋭い目線をアートに向けて何やら小声で話し出しているようだった。


「……ふん。偶々手軽そうだったのがキメラバードだっただけだろうが。だいたい――」

「はい、そこまで。喋らせた俺が悪かった。……おい、人が頑張ってやってんだから水刺すこと言うなって」

「知るかよ。つうか、さっさとやるぞ。時間の無駄だ。早く帰って俺は寝たい」

「誰のせいで、こんなことになってると思ってんだ。オーゼンがギルドの用意したクリスタルフィッシュを勝手に解体したからだろ?」

「ぐっ、あれはただのクリスタルフィッシュじゃなかっただろう。あれは……いやもうこの話は良い。とにかくこいつを俺が解体すればいいんだろう」


 仲がいいのか悪いのか。顔を近づけて話し合う姿は思いの外、少年の周りにいた婦人達には人気のようだった。


 コソコソ話が終わり、オーゼンが魔物の目の前に立った。


「……」


 オーゼンより二回りも大きいキメラバードがいるにも関わず、少年の目には鼠を捕食する獅子のように見える。

 それほどにやる気になったオーゼンという男に迫力ある。


「オーゼンも準備ができたみたいなので魔物解体を始めたいと思います。……では、我らの【全解ぜっかい】オーゼンのナイフ裁きをとくとご覧あれ」


 オーゼンは後腰に差したナイフを取り出し、慣れた手つきで回転させ握り込んだ。少年が見るからに何の変哲もないよくある刃渡十センチ程のナイフ。

 あんなナイフで固い鱗で覆われたキメラバードの肌に傷がつくのだろうか。そんな少年の疑問も、オーゼンの光の一閃によって打ち消されることなる。


「――っ」


 その光景は劇的な何かがあるわけではなかった。荒々しい戦闘の動きがあるわけでもなく、派手な魔法が使われたわけではない。


 その様子に興味深く見る人もいれば、何とも言えない微妙な顔をする人や完全に顔を逸らす人もいた。

 だが、少年はその姿とそのナイフ捌きを美しいと感じた。もっと見たいと、身体が無意識のうちに前屈みとなった。


 魔物の身体に刻まれた硬い魔力回路を傷つけることで起こる魔力の奔流にオーゼンはびくともしない。彼が振るう刃が通るたびにキメラバードの全貌が明らかになっていく。


 肌を割き、肉を切り、骨を断つ。


 昨年までの迷宮祭で行われていた海魚の解体とは明らかに違うと少年は思う。全ての工程が全ての所作がオーゼンという男の足下に及ばない。


 ――これが魔物解体師。


「……すっげぇ、かっこいい」



 この日の【紅の牙】による魔物解体ショーは多くの賑わいを見せた。これによって、また多くの少年少女が冒険者に憧憬を抱いたはずだ。まじかに見るS級冒険者の圧倒的な存在感に感化された人間は少なくないだろう。


 少年――シドもその一人だった。最初の夢はただの冒険者だった。しかし、シドはその背中に憧れた。


「僕……魔物解体師になりたい」


 衝動的なものだった。

 それでもシドが多くの人に囲まれて面倒くさそうにしているオーゼンの背に向けて走り出していた。


「――どうしたら、貴方みたいな魔物解体師になれますか!?」


 これは一人の魔力を持たなかった少年が最高の魔物解体師を目指す物語。



あとがき

 お読みくださりありがとうございます。

 投稿ペースは三日に一回くらいになります。無理ないように、投稿していきますのでよろしくお願いします。

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