スライムと遊ぼう(3)
私たちが今回のクエスト、スライムの粘液集めのためにやってきたネルカ山は、片道で1時間ほどだけど、森の奥まったところにあって気軽にぶらっと行けるところじゃなかった。
ただ、道中の森の中は王宮魔道師の人たちの魔物避けの魔法が効いてるお陰で、モンスターに遭遇する事無く進むことが出来た。
流石初心者向けクエストだ。
目的はあくまでもスライムの巣、ってわけね。
「すごいね~魔物避けの魔法って。これならアチコチにかけちゃえばいいのに」
私がしみじみと言うと、隣のメリルが苦笑いしながら言った。
「さすが期待を裏切らないなお前は。言うと思ったよ」
「えっ!? なによそれ。だってそうじゃないの」
「まあ、そこまで上手い話はないよ、アテネちゃん。魔物避けは最下級のモンスターにしか効かない。このネルカの森はギルドの冒険者マップでも、ランク10。つまり最下級の巨大ハチや、噛み付き蟻。縦じま蛇と言った魔物しか出ないところだからね」
「もちろんグールド王の号令の下、かの大魔道師ロッホ・インダールのチームによって、日々研究はなされているようだが、まだまだだな。グールド王とインダール様の目指す所は『モンスターと人間が共存しつつ、人々がいつでも安心して旅の出来る世界』だからな」
そうなんだ。
世の中には凄い人がいるもんだな……
リーブラ様といい、そういう人たちの見る景色ってどういう風なんだろ。
「何をニヤニヤしてるんだ、アテネ。笑う流れじゃなかっただろ」
「ん? だってさ。リーブラ様とか、そのロッホなんとかって言う人がさ、まだ私たちみたいな駆け出しだった頃ってどんなだったのかな? って。きっとメリルやオリビエみたいな人だったのかな……って」
「ば……馬鹿か、お前は! 私など、インダール様の足元にも及ばん! あ、あ、案外……その……お前みた……」
「案外アテネちゃんみたいな子だったのかもな」
「えっ!? いやいやいや、私なんて! なに言ってんの」
私は顔が真っ赤になるのを感じた。
ああ、顔が熱い…身体が火照っちゃうよ。
あれあれ、今って夏だったっけ?
「今回のクエストだが。基本的にスライムは最弱、と言って差し支えないだろう。だが、それでもモンスターだ。不用意に素肌で触れると火傷に近い傷を受ける。肉まで溶かすほどの力は無いが、危険は危険だ。衣服を溶かすという下品な側面ばかり見られがちだが、それは触れるものを溶かすという事だからな。君たちは女性だから、特に顔には気をつけるんだ」
「わ、分かった」
そう言ってるうちに、オリビエが足を止めた。
「お疲れ様、二人とも。あの洞窟が目的地だ」
オリビエの指差す先には、岩壁に開いている小さな穴があった。
それは何気なく歩いてると見過ごすような茂みに埋もれた小さなものだったけど、私は心臓が酷く大きな音を立てているのが分かった。
あそこが……私たちの冒険の場所。初めての冒険。
ベテランの冒険者さんからすればお使い程度なのかもしれない。
誰も感動したり、興奮するような一大叙事詩にはならないのかもしれない。
そういう物語の片隅にも出てこない。
どの街のギルドの冊子にも載っているであろう、ちっぽけでささやかなクエスト。
でも。
それでも私は目の前の景色をきっと一生忘れないだろう。
誰がなんて言ってもアテネ・ローグ、メリル・ランガーバーグ、オリビエ・デュラムの初の冒険なんだ。
興奮してお腹が空いてきた私は、入り口の穴の手前に前の冒険者さんが落としていったであろう、携帯食料の箱を見つけた。
あ、カロリーマートだ。
しかも、大好きなフルーツ味。
これ美味しいんだよね。
買おうと思ったけど、フルーツ味は最近人気で売り切れちゃってたんだ……
私は、二人が別のところを見ている隙に箱を拾うと、賞味期限を確認する。
ふむ、4日過ぎてるけど「賞味」だしね。
このくらいならオッケー。
うなづいて中を開けるとバーを口に入れた。
う~ん、このチープな甘味が最高!
もう一口……うん! このホロホロサクサク感が……って痛い!!
頭をペチンと叩かれたので振り向くと、メリルが顔を引きつらせて私を見ていた。
オリビエも笑いをこらえている。
「……おい。お前は……犬か!」
「い、犬じゃないよ! 見れば分かるでしょ!」
「見て思ったから言ってるんだろうが! 他のパーティに見られてたら、恥どころじゃないぞ。道に落ちてる食料を拾い食いするパーティのリーダーなんて、想定外もいいとこだ!」
「アテネちゃん……言ってくれれば、俺のエネルギーバーあげたのに」
「私、カロリーマートが一押しなの。エネルギーバーも悪くないけど、やっぱりカロリーマートのフルーツ味に勝るものは無いんだよ。あ、ギルドのリッテさんに携帯食料のトレンド聞いたらやっぱカロリー……痛い! なによ、メリル! 何度も頭、叩かないでよ」
「そんなのでドヤ顔するな、スカタン!」
●○●○●○●○●○●○●○●○
洞窟の中は入り口に比べてかなり広く、入るときはオリビエはかがんでたくらいだけど、今はランタンを点けてようやく天井が見えるくらいだ。
そしてやけに風が強い。
「オリビエの言うとおり、松明じゃなくてランタンにして良かったね。すっごく値が張ったけど、光が消える心配が無いのってホッとする」
「人の心は熱と光と水があれば、どうにか保つ事が出来る。逆に言うとこの3つは冒険をするなら絶対に死守しないといけないものだ。だからそれらにはお金を惜しんじゃいけない。ランタンなら風防もついてるし、熱と光を確保できるからな」
ほんと、その通りだよね。
ああ、オリビエが居てくれて良かった。
私たちだけじゃそもそもこんな所に来れなかったよ。
そう思いながらメリルを見ると、オリビエを目を細めてじっと見ている。
まだ疑ってるんだ……
そう思いながら、私はオリビエの腰についている二本の剣を見た。
一本はへたっぴの私が見ても分かるくらいに立派な剣だ。
オリビエに良く似合ってる。
でも、もう一本は何の変哲も無い、練習用の模造剣。
私が村の剣術教室で使っていた、刃のない竹光……竹製の作り物の剣だった。
なんでそんなものを……
そっちのが気になるよ。
そう思ったとき。
先頭を歩いていたオリビエが突然足を止めた。
それにあわせて私たちも慌てて止まる。
オリビエは私たちを振り返ると人差し指を唇に当てた。
まさか……
私は足が細かく震えてくるのが分かった。
ついに……
思わず隣のメリルを見ると、メリルは平然とした感じで笑顔を浮かべた。
凄い……流石……
そしてメリルは小声で言う。
「こ、こ、こわ……がるな。冷せ……冷静にな、なれ」
「……大丈夫? メリル、ちょっと落ち着きなよ」
「来るぞ」
オリビエの声に、私は慌てて剣を抜いた。
街の武器屋さんで買ったばかりの剣。
その重みが安心感を与えてくれる気がした。
前方の暗闇からズルズル……ベチャ、って言う何かを引きづる様な音が聞こえる。
「オ……オリビエ……」
「俺が相手する。二人は俺が倒したスライムの粘液を、もらってきた小瓶に詰めるんだ。それぞれ5本づつ持ってるそれに詰めきったら終わりにしよう。もちろん、状況しだいではもっと早く切り上げる。大丈夫。不用意に素肌で触れなければ問題ない」
そう言って、オリビエは竹の剣を抜いた。
あれ? 普通の剣を……使わないの?
そんな疑問がチラッと頭をよぎったけど、すぐ近くまで来た物音にその疑問はかき消された。
次の瞬間、目の前にオリビエの竹の剣が振り下ろされた。
え!?
訳が分からずポカンとしていたら、目の前に私の上半身くらいの水饅頭みたいな水色のぶよぶよしたものが落ちていた。
これが……スライム。
「まず一匹だな。二人とも、粘液を頼む。必ず支給された手袋をするんだぞ」
「う、うん!」
私たちはギルドから貸してもらった特性の手袋をつけて、スライムに近づく。
これはスライムに触れても溶けない特別な素材で編まれた手袋らしい。
恐る恐る、粘液を小瓶ですくう。
わわ、ちょっと手袋に粘液がついちゃった。
そして、おっかなびっくり1本に詰め終わり次の小瓶に……と思っていたら、スライムがカチコチになって、すくえなくなっちゃった。
なるほど、これをお刺身にするわけね。
ああ……ここで食べれないかな。
「おい、ナイフはともかくなぜフォーク持ってるんだ、スカタン。念のため言っとくが食べれる刺身にするためにはちゃんと加工がいる。そのまま食べたら口の中、火傷だからな……まさか食おうとしてたんじゃ……ないよな? 冒険中に」
メリルの視線から目を逸らしながら、私は慌てて言う。
「そんなわけ無いじゃん! そこまで食いしんぼだと思ったの?」
「思ったから言ってる。」
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