その名はオリビエ(2)
え? ええっ!?
キョロキョロ顔を動かしながらあわてふためく私を尻目に、メリルは二人の男性の顔を冷ややかに見つめたまま微動だにしない。
「あれあれ? お連れのメガネのお嬢さんには嫌われちゃったみたいだね」
鉄鎧のお方は苦笑いをしながらメリルを見ている。
「なにが人物鑑定だ。確かにその魔法があるのは知っている。だが、それはギルドが冒険者に対し適正なクエストを斡旋し少しでも安全性を高めるため、宮廷魔法使いと独自に開発した表に出回らない秘術。Bランクがどのくらい凄いか知らんが、お前らのようにこんな寂れたギルドに現れるような奴が使えるはずが無い。ま、それ以前に、こんな都合よすぎる話に引っかかる奴など世界に1人くらいしか存在せんがな」
その言葉にお二人は一瞬顔を引きつらせた。
そ、そうなんだ……
そっか、メリルは色んな魔法の本を読んでいるもんね。
魔法の事で彼女に嘘は通じないよ!
……所で、その「引っかかる世界に1人の人」って誰だろう?
後で聞いてみよ。
メリルはめがねをクイっと上げると2人を睨みつけて言った。
「こいつは阿呆だ。底抜けにな。だが、良い冒険者になりたいという夢は真剣だ。お前らごときが汚すな、阿呆!」
「メリルぅ……」
う、嬉しいよ……なんかグッと来ちゃったよ……
やっぱり持つべき者は親友だね。
お二人の冒険者様は、メリルの言葉にちょっとだけ顔をこわばらせたけど、すぐにお互いの顔を見合わせてニッコリと笑顔になった。
「オッケー、分かったよ。そんなつもりは無かったし、君たちのような可能性に溢れた冒険者のサポートが出来たら……と思ったけど、お気に召してもらえないなら残念だ。ご縁が無かったという事で。そっちのお嬢さんもメガネの子と同意見ってことでいいのかな?」
うう……
でも、私にとってはメリルの言葉は誰よりも信じられるんだ。
私はお二人に向かって深々と頭を下げた。
「せっかくのお誘いなのにすいません。私たちなんかよりもっと良い方を見つけてください」
「はは、ご丁寧にどうも。じゃあ、またどっかで会えたらよろしくな。可愛いお嬢さん」
鉄鎧の男性はそういうと、私に近づき優しく抱きしめた。
え……ええっ!?
頭が大混乱の私の耳に「はああ!? な、何を……!」と言うメリルの上ずった声が聞こえた。
「あ、ゴメン。ビックリさせちゃったかな。このハグは僕の国の別れの挨拶なんだ。決して下心とかじゃないから安心して。それじゃあそちらのメガネのお嬢さんにも……」
「近づいたら焼き殺す。あとアテネ……後で全身消毒しろ!」
メリルは素早く呪文を唱えて火の玉を点しながら、ドスの利いた口調で言った。
メリル……怖いよ。
「おっと、これは恐ろしいな。じゃあ君は止めとこう。じゃあバイバイ」
そう言ってお二人が立ち去ろうとしたとき、後ろから「えっと……すいません」と男性の声が聞こえたので振り返ると、そこには茶色の髪を短髪にした青い瞳を持つ野生的な雰囲気の美青年が立っていた。
わわ!? イケメン……
そのワイルドな美青年は、ドギマギしている私の横を通り過ぎると、先ほどの鉄鎧のお方に近づき微笑んで言った。
「立ち去る前に、この女性に返してからの方がいいんじゃないですか……その革袋。すいません、たまたま見えちゃって」
え……返……す? って……ああっ!! 腰の袋がない!?
そう、旅の前に家から持ってきた虎の子の貯金。
私たちの旅の貴重な路銀!
思わず睨み付けた私から気まずそうに目をそらした、鉄鎧の彼! 「お方」なんて言ってあげない! は、皮袋を私に向かって放り投げると苦笑いで言った。
「盗むつもりは無かったよ。すぐ返そうと思ったんだ。『油断してるとこういう事になるから危ないよ』って忠告だったのさ」
「な……貴様! よくもそんなふざけた……」と、怒り心頭で詰め寄ろうとしたメリルを、その美青年さんは手で制するとぺこりと頭を下げた。
「了解しました。ただ、彼女たちはそんなレッスンがなくてもキチンと進められる子達なので大丈夫だと思いますよ。それより、そんな身体を張ったレッスンだと、彼女たちや俺は理解できても、遠目で見ている人は分からないかもしれませんね。……たとえば、そこのカウンターに居るギルドの事務員の人なんかは」
そう言って指差す美青年さんの先には私たちを……何事かと思ったのだろう。
鉄鎧の彼をじっと見ながらなにやらメモしているさっきの受付のお姉さんが見えた。
「……オッケー、ご忠告痛み入る。じゃあ僕らはこれで。お嬢さんたち、これからの冒険に幸多からん事を」
なんか、とんでもなくずうずうしい事を言って二人は立ち去って言った。
幸を奪おうとしたのはあなたたちじゃない!
「コイツの財産を取り戻してくれた事には心から感謝する。ただ、なぜ見逃した? ギルドに突き出せば奴らは捕まったのでは?」
「いや、証拠が無い。なにせ中身や袋に名前を書いてる訳じゃ無いから、この袋が君たちの所有物か証明できないんだ。かといって、奴の手管は完璧だった。恐らく俺以外に君の袋を奪う瞬間を見た奴はいない。で、あれば君たちが突き出そうとしたら、逆に奴らに訴えられかねない。この袋は僕たちが持っていたものです、と。あの程度の言葉で引き下がったのはラッキーだった」
そう言うと、美青年さんは眉をひそめて続けた。
「百歩譲ってギルドに突き出せたとしよう。そうなると、君たちは今後、奴らを確実に敵に回した状態で生活しなくてはならない。そんな面倒なの嫌だろ?」
流れるような彼の言葉にメリルは目を細めて思案していたが、ホッと息をついて頭を下げた。
「失礼しました、確かにあなたの言うとおりです。私とこちらの女は共に今日登録したばかりのFランクの冒険者。しかも、特筆すべき技量も無い。敵を作った状態でこの先、進められるとは思えません」
おおっ、あのメリルが頭を下げた。
でも、確かにこの人の言う通りなんだよね。
あんな鮮やかにスリを働く人がもし、私とメリルを襲ってきたら……うう、鳥肌が……
「あ、あの、あの! 有難うございました! 凄く助かりました。わ、私はアテネ・ローグと言います。こちらの子はメリル・ランガーバーグ。リトの街の出身で、今日ここに着いたばかりなんです」
私のたどたどしい言葉を真剣な表情で聞き終ると、彼は片足を斜め後ろに引き、もう片方の膝を軽く曲げると背筋を伸ばしたまま言った。
「先に名乗っていただき、痛み入ります。私はオリビエ・デュラム。田舎領主の6男です。家督を継ぐこともないので、気ままに旅を、と思い冒険者をしています」
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