第2章:この世界のすてきをぜんぶ

その名はオリビエ(1)

「ねえねえ、なにこれ! 建物がまるで巨人みたい! 空が全然見えないよ! すっごいな……まさに都市だよね!」


「やかましい。さっきから驚きすぎだ。これでも中規模の都市なんだぞ。そんなんでよく『一緒にでっかい事しよ!』などと言えたものだな。近寄るな、田舎物がうつる」


 そう冷ややかな事をいいながら、メガネをくいっと上げた我が親友メリルを私はムッとにらみつけた。


「田舎者はお互い様じゃん。自分がおのぼりさんだって事くらい分かってるよ。でもさ、これから色々大変な事だって多いんだから、せめて今くらいワクワクしたっていいじゃん!」


「お前はワクワクしてないときの方が少ないだろうが。ま、これから大変と言うのは同意するがな」


 そう。

 私、アテネ・ローグと幼馴染のメリル・ランガーバーグは故郷リトの街を出て、私は憧れの勇者リーブラ様のようになるため冒険者として、メリルは魔法の技量を磨く事と私のお目付け役(メリルが「お前のお目付け役だ」と言ってるけど、私に言わせればお互い様なんだけどね)のために、冒険者ギルドのあるソルトフィッシュの街に来ていた。


 この街はソルトフィッシュと言うだけあって、港町だ。

 ただ、国でも中規模の港町だけあってどんな施設でも建っており、冒険者ギルドもバッチリある!


 そう、いよいよここから私とメリルの伝説は始まるんだ。

 私はそう思った途端、身体の奥から震えが沸いてくるのを感じた。

 武者震いってやつだ。

 さあ! 輝ける冒険者への第一歩を。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「へっ? 冒険……できないんですか!?」


 ああ、思わず声が裏返っちゃった。

 冒険者ギルドに赴き、冒険者登録について問い合わせた私に、受付のお姉さんが言った言葉は、第一歩を踏み出した途端盛大に足払いを受けたようなものだった。


「あ、えっとね……できないわけじゃないの。正しくは『今の二人では街の中や周辺のクエストしか無理』って意味。冒険は早いですよ、ってことね」


「な、なんでですか!? ちゃんとお金だってお支払いして、冒険者登録もさせてもらえたんですよ。曲がりなりにもFランク冒険者になれたのに」


 悲壮感溢れる声でお姉さんに訴えかける私の頭を後ろに立って、ずっと無言だったメリルがペチンと叩いた。


「痛った! 何よいきなり!」


「すまん、つい。なんでって、むしろ疑問を持つ事が衝撃だ。さすがアテネだな」


「え? えへへ……こんなところでいきなり褒めないでよ。照れちゃうよ……」


「皮肉も通じない阿呆に説明してやる。そもそも15歳の女二人。しかも片方は道場でも下の方の腕前。もう一方はちっぽけな火の玉しか出せない。それでどうやって冒険するつもりだ? 財宝があるような場所はモンスターもうようよ。オオカミごときで泣きべそかいてた我らでは即座に死だ」


「じゃあ、私たちどうすればいいの」


「だから、この街には訓練場らしきものがあるんじゃないのか? ですよね」


 メリルの立て板に水の話に、お姉さんはコクコクと頷いた。

 うう……なんか……もやっとする。


「うんうん、そこのお譲ちゃんの言うとおり。だから、お二人のようなまだモンスターと渡り合うには早いかな~って言う子たち……Fランクの冒険者の卵さんのために、こういうクエストがあるんだよ」


 そう言ってお姉さんが見せてくれたのは、10ページ程度の冊子だった。

 おおっ、ちゃんとあるんじゃん!

 どれどれ……って……ええ……


 冊子に載っていたのは


「サンタン区画ゴミ集め 半日銀貨1枚」

「エリ公園草むしり 3時間銅貨5枚」

「薬草集め 城壁近くの管理公園にて 歩合制 過去には銀貨10枚稼いだ人も!」

「スライムの粘液集め 可愛いスライムと触れ合える安全なお仕事です! 10匹分銀貨5枚 別途危険手当あり」


 と、言ったスライムの奴以外は故郷リトで見たことあるような内容ばっか。

 ってかこれ、クエストと言うよりアルバイトじゃん……


「ああ……そんな顔しないでよ。オークやゴブリンの洞窟で大活躍! で、一夜にして金貨10枚稼ぐBランク冒険者だって、最初はこういうクエストで受講料や日銭を稼いで、訓練場で腕を磨いてたんだよ」


「そ、そうなんですか……じゃあ、リーブラ・レントさんはどのくらいのランクなんですか」


「はへえ!? お二人リーブラ・レント様知ってるの!? いやいやいや! あのお方はもうランクうんぬんじゃ……。こんなちゃちなギルドはもちろん王都エリアルのギルドなんかも使わないってば。王族や貴族、大商人などがスポンサーになって、直接依頼を受けているんだから」


 ええ……すごい。


「あれほどのお方だったらたぶんFランクやEランクなんて経験せずに、いきなりB辺りから始めてたのかもな……あ! そういうことだから、お二人もまずは焦らず訓練場の受講料を稼ぐつもりでクエストに精を出すことをオススメするから。受講料は1レッスンごとに銅貨20枚なので」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「ああ……世の中は世知辛いな。確かにお姉さんやメリルのいう事には一理あるような気もするけどさ」


「世知辛いどころか良心的だと思うぞ。身の程知らずが無駄に命を落とすことの無い様に配慮してくれているのだ。しかも、ランクの近い者同士をマッチングしてくれるサービスもあるようだしな。我らも外のクエストを出来るようになったらいつの日か検討するぞ」


 うん……まあ確かに私たち二人のパーティじゃ、出来ない事も多いよね。

 とはいえ、あんまり変な人と組みたくはないし。

 でもそんなの一目ではわかんないよ。


「うん、分かった……所でそろそろお昼にしない。当面の路銀は充分あるんだし、お祝いにパッとやろうよ」


「何のお祝いなんだ。あと、こういう所で金の事をベラベラと……」


 と、その時背後から「ねえ、可愛いお姉ちゃんたち」と男性の声が聞こえたのでビックリして振り返ると、そこには金髪を長くウェーブにした高級そうな鉄鎧を着た剣士らしき若い方と、深い茶色と緑の混ざった大きなマントを着てフードを被っているおじさまが立っていた。


 わ……なんだか雰囲気のあるお方……

 いかにも「ザ・冒険者」って感じのお二人に気圧された私は、慌てて頭を下げた。


「そんな……有難うございます。でも全然可愛くないですから。あ、でもこっちの子は可愛いですよ!」


「君、面白いね。いや、君も充分可愛いから。ところで、二人とも冒険者になったばかりなの?」


「は、はい! 今日、登録を済ませたばかりです。でも、Fランクなのでまずはアルバイトのクエストをと……」


 しどろもどろになりながらそう答えると、お二人は笑顔でうなづいて言った。


「そうなんだ? それは……驚いたな。実はこっちのグレイダは魔術師でね。最近開発された新しい魔術「人物鑑定」を持ってるんだ。その人の能力地を数値に出来るって奴。それによると、君たちの数値は今は未熟かもだけど、少し経験の積めば戦力になりうるレベルだ。まあ、要するにすぐれた才能を持ってる、って事だね」


「え? そ、そう……なんですか?」


「間違いない。こいつの鑑定は外れたことが無い。かくいう僕も2ヶ月前までずっとFランクでくすぶってたけど、こいつに見出されて一気に今ではBランクだ」


 そう言ってそのお方は2枚の冒険者証を見せてくれた。

 1枚はFランクでもう1枚は……Bランク!


「わあ……ほんとだ。普通2ヶ月ってムリなんですか?」


「通常なら最低2年はかかる」


「す……ごい」


「で、提案。よかったら僕たちと一緒にパーティを組まないか? もちろん敵は僕たちが倒す。君たちには負担の軽い止めを刺したり、ザコ敵の討伐をお願いするよ。手に入れた財宝は山分け。悪い話じゃないと思うけど」


 優しげに話す彼の言葉を聞いているうちに、私は自分の頬が紅潮してるのが分かった。

 うん、見た感じ優しそうだしちゃんと私たちにも経験する機会を与えて下さるんだ。

 この方たちと一緒なら……


「ね、ねえメリル。よかったら……」


 はち切れそうな期待を込めてメリルを見ると、彼女は氷のように冷ややかな表情と言葉でお二人に向かって言った。


「断る。お前らと話す事は何も無い。お引取り願おう」

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