スライムと遊ぼう(1)

「あ、これ美味しい! スライムのお刺身って始めて食べるけど、コリコリしてて中々……ねえ、オリビエ。他にお勧めってある? 私、この『四つ首蛇の串焼き』とか興味あるんだけど」


「ふむ、いい選択だなアテネちゃん。そいつは肉も柔らかくて肉汁豊富だからオススメだ。しかもリーズナブルだしな。俺たちみたいに駆け出しで手持ちに乏しい冒険者の味方だ」


「あ、じゃあこれにしよ! すいませ~ん、この四つ首蛇の串焼き5人前!」


「……しかし、アテネちゃん見た目に寄らず食べる子なんだな。小柄だし、大食いのイメージは無かったけど」


「だって、冒険者は体力が資本でしょ。沢山食べてバンバンクエストをこなす。そして、いつかは大冒険を出来るようになる!」


 早速運ばれてきた串焼きを1本づつメリルとオリビエに渡して、残り3本を食べている私に、メリルはため息混じりに言った。


「ではそのこなすべきクエストをそろそろ決めたいのだがいいかな、リーダー? さっきから食ってばかりで忘れてるのかと思った」


「失礼ね。ちゃんと覚えてるよ。サブリーダー。とりあえず、リッテさんからもらった冊子のこの4つのクエストからだね」


 そう言って私はテーブルの上に冊子を広げた。


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「サンタン区画ゴミ集め 半日銀貨1枚」


「エリ公園草むしり 3時間銅貨5枚」


「薬草集め 城壁近くの管理公園にて 歩合制 過去には銀貨10枚稼いだ人も!」


「スライムの粘液集め 可愛いスライムと触れ合える安全なお仕事です! 10匹分銀貨5枚 別途危険手当あり」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


「さてさて、私たちのパーティ『みんな仲良し冒険者』の記念すべき初クエストをどれに……きゃあ! メリル、汚い!」


 せっかくしゃべってる途中でメリルがいきなりお水を私に向かって勢いよく噴出してきた!

 なんなの!


 抗議の視線でにらむと、メリルはむせこみながら言った。


「おい……なんだ、そのクソダサなパーティ名は。まさかとは思うが、それでパーティ登録したんじゃないだろうな」


「うん、したよ。いい感じでしょ? 『目的がハッキリしてる事。言いやすい事』メリルとオリビエのアドバイスを基に一生懸命考えたんだから」


「『私たちのアドバイスを聞いて』『一生懸命考えて』出てきたパーティ名がそれか? なぜそうなるんだ? 私の言語能力は壊れてるのか? おい……オリビエ、コイツがパーティ名を考える時に、一緒に居るべきだった。あそこで私たちが別の手続きに行ったのは、パーティ最初の挫折だ」


 メリルがにらみつけると、視線の先のオリビエは困ったような笑顔で言った。


「なるほどな。だからリッテの奴あんなに爆笑してたのか。あいつめ、わざと俺たちに教えなかったな。取り消されると思って。後でとっちめてやらないと」


「いやいやいや! 今から取り消しに行くぞ! 冗談じゃない。今後、どのクエストに申し込むときも……なんなら他のパーティと関わるときもこの殺人的にみっともない名前を名乗るんだぞ! なぜ、クエストの前に自ら進んで精神的ダメージを受けなきゃならん」


「そんな、酷いよメリル。私、すっごく気に入ってるんだよ。何があっても仲良し! 絶対にお互いを見捨てない。楽しい事も辛い事も半分こ。そんなパーティになりたいんだよ」


「だったらそういう意味を含んだ名前に変更するぞ。今度は私かオリビエが考える。食べ終わったらギルドへ……」


「メリルちゃん、悪いが手遅れだ。パーティ名の登録は悪用を避けるため、登録後3時間経過したら変更に金貨50枚がいる。でないと、問題を起こしたパーティが何食わぬ顔でパーティ名を変更、も可能だからな」


「金貨……50枚」


 私は愕然とした顔でつぶやくメリルの肩をポンポンと叩いて言った。


「大丈夫だって、メリルもすぐ気に入ってくれる! だって私たち親友でしょ」


「……意味分からん。もういい、その名前で行くぞ。じゃあ最初のクエストは何にする?」


 う~ん……


 私は4つのクエストを見ながら腕を組んでうなった。

 頭使うと甘いものが欲しくなるね。

『白玉団子の砂糖水漬け』でも頼もうかな。


「おい、また食うのか? 路銀の残量には気をつけろよ」


「失礼ね。ちゃんと管理してるよ、オリビエが。ねえ、二人はどう思う?」


「まあ、普通に考えれば最初はゴミ集めか草むしりだろうな」


 メリルの言葉に私は小さく頷きながら白玉団子を口に運んだ。

 まあ……やっぱそうだよね。

 多分、オリビエもそう言うだろうな。

 本音を言うと、冒険者らしくモンスターと関わりたいな、と思うけどまだ駆け出しだしね……私の勝手で二人を振り回したくないし。


 そう思ってオリビエを見ると、彼はニッコリと笑い「スライムの粘液集め」を指差した。


「俺はこれがいいんじゃないかと思う」


「えっ!?」


「はあ!? オリビエ、これは我らにはまだ早くないか」


「そうだな。だから、二人にはお願いがある。一つ目はもしスライムと戦闘になったら俺が全て対応する。だからリーダーとサブリーダーは後方からの支援をお願いしたい。二つ目は必ず専用コートを着込む事。スライムの粘液は衣服を溶かす。君たちの可愛い服がダメになるのは嫌だろ?」


「う、うん分かった。でもさ……ビックリした。オリビエもてっきりゴミ集めを勧めるかと」


「全くだ。どういう意図がある?」


 私とメリルの視線を受けてオリビエは言った。


「希望に満ちた冒険者が初期に挫折する理由の1番目は『退屈と失望』だ。英雄や冒険に憧れても日々ゴミ拾いやドブさらい、酒場のウェイトレス。もちろん避けては通れないし、訓練を受けたり日々の糧を得るために大切なことではある。ただ、そればかりが続くと人の心はちょっとづつびついてくる。このさびは一旦つくと中々落ちないんだよ。そして、冒険者である自らに疑問を持つ」


 オリビエの言葉は不思議な説得力を持って心にスーッと入ってきた。

 退屈と失望、か……


「まして君たちはその若さで故郷を出て女の子二人で冒険者を目指してきた。素晴らしいことだが、その分腕に覚えのある状態で出奔してきたパーティに比べると、開花に時間を要する。だから、時々は冒険に近い形態のクエストを経験して心がさびないようにしたほうがいいと思ってね。まして希望に満ちた最初のスタートなんだ」


 オリビエ……

 私は身体の奥から震えを感じた。

 そして、勢いよく立ち上がるとオリビエとメリルに頭を下げた。


「私、スライムのやつをやる! それからしばらくは草むしりやゴミ拾いするから。せっかくの初陣なんだもん、モンスターと関わろうよ!」


「声がでかい! ……なるほどな。そういうことであれば了解した。では我らの初クエストはスライムの粘液集めだ。だが、お前の言ったとおり、それからしばらくはゴミ拾いだからな」


「うん、分かった! じゃあ善は急げ! 早速今から登録に行こうよ。先越されちゃったら嫌だし」


「大丈夫だ。俺がすでに仮登録しといたから。君たちに反対されたら取り消しを、と思ったんだ」


「へえ、そんな事出来るんだ……」


「取り消しには違約金で報酬額の5パーセントいるけどね。それは俺が負担するつもりだった」


「負担って……サラッと言うが、お前そんな金持ってるのか?」


 メリルのいぶかしげな視線を優しい笑顔で受け止めると、オリビエは言った。


「ちっぽけな田舎とは言え一応領主の6男だからね。とはいえ、俺もそんなに持ち合わせは無いから、みんなで稼がなきゃいけないのは変わらないけど。……なので、急がなくても大丈夫。ゆっくり食事してから行こうか」

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