スライムと遊ぼう(2)

「おい、アテネ。奴の事だが……もうちょっと様子を見たほうがいいんじゃないか?」


「え? 奴って……この前の詐欺師さんの事? うん、確かに今度はメリルに抱きついてきかねないもんね。でも大丈夫! 私が守って……」


「違う、スカタン! オリビエ・デュラムの事に決まってるだろうが」


 え!? オリビエ……

 私はメリルの言葉に目を白黒させた。

 

 あの酒場での初クエスト選びの後。

 ギルドにスライム粘液集めへの正式申し込みを済ませた後、宿屋に戻った私たちはそれぞれの部屋に戻って明日の出発に備えて休む事にした。

 で、予算の関係で相部屋となったメリルは、部屋に入ってしばらくするとヒソヒソ声でなにやら言ってきたと思えば……


「何でオリビエを疑……むぐぐ……」


「声がでかい。もっと小さく」


 メリルに口を押さえられながらも、にらみつけて精一杯の抗議の気持ちを示した。

 

「分かった、小声にする。でもさ。なんでオリビエを疑うのさ。いくらメリルでも言っていいことと駄目なことってあると思うんだ」


「……順調すぎる」


「はへ?」


「奴との出会いからこのクエストまで流れるように進んでいる。そもそもいくらお前があの馬鹿でかい声で頼んだとはいえ、ランクが上のオリビエが我らと組むメリットは皆無だ。なのにあっさり行動を共にした。で、なぜかスライム絡みのクエストをエラく熱心に推している。挙句に仮登録までいつの間にか」


「じゃあオリビエが私たちを利用しようと近づいたって言いたいの!?」


「まだ分からん。だから様子を見ようと言ってる」


「仲間になってこれから、って時に疑いたくないよ……メリルが心配して言ってくれてるのは分かるけど」


「だが、疑う事も必要だ。いいか、アテネ。疑う事は我らの貴重な武器だ。二人とも非力な女。しかも15歳。しかもしかもお互い凡才。田舎出身。騙して下さいといわんばかり。まさに格好の餌だ。あのオリビエ……恐らく単なる男爵家の6男じゃないぞ」


「なんで分かるのさ。そりゃお金はちょっと持ってるっぽいけど」


「男爵家の6男にしては場数をかなり踏んでるっぽいな。あの詐欺師とのやり取り。かなり手馴れていた。奴はEランクと言ってたが、実力はもっとあるかも知れない。あの詐欺師どもを完全に飲んでかかっていた」


「でも、あの時『自分がもしかしたら騙して奴隷商人に売り払うかも知れない』って言ってたじゃん。そんな手の内をさらす事する?」


「そうやって安い手の内をさらしておけば、本当の思惑を隠せるだろう。事実お前は『そんな事を素直に言う人間が裏切るわけ無い』と思っている。人間心理のコントロールの一つだ」


 私は何も言わずにメリルをじっと見た。

 私は確かに単純なのかもしれない。

 メリルが居なかったらとっくにあの詐欺師さんたちに身包み剥がされてただろう。

 オリビエを信じている根拠だって勘だ。


「……オリビエを信じる」


 そう言って私はベッドに横になった。


「まあ、お前はそれでいい。私は疑う。それである意味バランスも……っておい! もう寝てるのか! はやっ!」


 失礼な……まだ……寝て……な……


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 そして翌日。

 

 私たちは宿屋の1階の食堂で白パンと渦まき貝のソテー。そしてチーズとサラダの朝食を2人前食べると意気揚々と、気合充分に宿屋を出た!

 ……2人前食べたのは私だけだけど。

 

「元気だな、アテネちゃん。頼もしい限りだ」


「コイツはいつでもこうだ。目が覚めた瞬間から気合の塊」


「なんか、褒めてるように聞こえないんだけど……だってさ、私たちの冒険者としてのデビューなんだよ! しかもさ、スライムって言うちゃんとしたモンスター相手! まさに冒険者じゃん」


「浮かれすぎだ、アテネ。粘液集めだろうが」


「う……いいの! これからランクを上げてドラゴンの首を持って帰ってやるんだから!」


「気が早いにもほどがある。お前は『竜殺しの魔人』ヴィクター・ブロドにでもなったつもりか? 我らじゃドラゴンの住処に行く前の平原でお陀仏だ」


「まあまあメリルちゃん。高い目標は大事だ。そこから逆算してちょっとづつ進めばいい。今回の粘液集めだが、このソルトフィッシュの街から街道を1時間ほど進んだところにある『ネルカ山』麓の洞窟にあるスライムの巣で行う。採取した粘液を支給された壷に入れて、その量で報酬が決まるんだよ。で、可能ならスライムの切り身を持ち帰れれば報酬は割り増しだ」


「ねえ、オリビエ。スライムってスライムじゃん?」


「……ん?」


 怪訝な顔をするオリビエに私は身振り手振りを交えて説明した。


「つまりさ。スライムってスライムだから、ぶよぶよしてるよね? ぶよぶよしてるって事は、どろどろしてるって事だよね? つまりどろどろしてるって事は……」


「アテネ『つまり』が全くつまりとして機能してないぞ。要は……粘液状態のスライムに対して切り身なんて成立するのか? って言いたいんだろ?」


「そうそう! さっすがメリル。冴えてるね!」


「こんなに言われて嬉しくない『冴えてる』も珍しいな」


 オリビエはメリルの言葉にニッコリと頷いて、私を見た。

 うう……おバカな子って思われたかな……


「その点は大丈夫だ。この前、スライムの刺身を食べたろ? スライムは破片を乾燥させる事で硬くなるんだよ。それを持っていけばいい」


「へえ……じゃあ、粘液もそうなの? だからわざわざクエストになってるって事?」


「う~ん、破片は食材としての利用だが、粘液はちょっと違うかな。こいつは魔術の研究材料としてだ。あとは……まあ……粘液は衣服を溶かすから、そっち目的の……ま、色んな奴がいるものだよ」


「……オリビエ。お前エラく詳しいな。男爵家の6男は魔術の材料なんかも学習するのか?」


 目を細めてつぶやくメリルにオリビエは微笑みながら頷いた。


「これは俺の個人的趣味だ。子供の頃から父や兄たちに剣を教わってきたから、その反動かな。それで魔術に対する興味も出てきたんだよ」


「……なるほど」


「ねえ、二人とも! もっと気合入れてこうよ! 今回なぜか参加したのが私たちのパーティだけなんだからさ。上手く行ったら一気にランクアップも出来るかもだよ」


「それなんだが、報酬も高めだしてっきり多数の参加者が出ると思ったら、どういうことだろうな。何か嫌がる理由でもあるのか、オリビエ?」


「う~ん。スライムの粘液は衣服を溶かす。しかもスライムは粘液を飛ばしてくるから粘液避けのコートを着てても、服が溶けるリスクがある。だから女性の冒険者は敬遠するんだろう。スライムは戦闘能力に乏しいからランクアップもそこまで望めないしな」


「そっか。でも全然オッケーだよ! 私たちはそれ承知で挑戦してるんだもんね」


「その通りだ。前も言ったようにスライムの相手は俺がやる。二人は後方で、俺が倒したスライムから粘液を採取して欲しい」


「任せて!」


 ●○●○●○●○●○●○●○●○


 それから私たちは街道沿いの休憩所……粗末な掘っ立て小屋だけど、にて昼食も兼ねた休憩を取ることにした。


 昼食後にオリビエはバックパックを枕に横になった。

 体力温存と脳のリフレッシュのため、クエスト前の大休憩時にいつも仮眠してるらしい。

 へえ……そんなやり方もあるんだ。

 私もそうしようかな。


「お前が真似たら延々と起きないだろう。それよりも……」


 メリルは私を無言で手招きすると、小屋を出た。

 なになに? わざわざ二人だけって……


「どうしたの、メリル。オリビエが居るとマズイの?」


 メリルは緊張したような表情で私を見たので、その様子に私も思わず表情を引き締めて答えた。


「ああ、そうだ。いいか、アテネ。このクエスト終了後……速やかにオリビエと離れるぞ」


「まだ言ってるの? クエスト始まってるんだよ。その事は一旦置いて……」


「そうはいかん。このクエストに関わってるんだ」


 え……

 なに、それ。


 私の表情の変化を見て、メリルは頷くとゆっくりと話し始めた。


「実は昨夜、オリビエのバックパックの中を見た。そこにはメモが入ってて、いくつかの地名らしきものが書かれていた。そのいくつかは線で消されていたが、その中に……書いてあったんだ。『ネルカ山 洞窟』と」


「ネルカ山って……」


 私たちが今から向かう場所だ……


「ああ。奴の目的はスライムの粘液なんかじゃない。ネルカ山そのものにある。そのために我らに近づいたんだ」

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