下手っぴ剣士と嘘つき魔女
京野 薫
第1章:小さな2人の大きな旅立ち
小さな小屋のアテネとメリル(1)
山の稜線に差し込む朝日は夜の暗闇の中に金色の縁取りをしていき、一枚の絵画のように見えた。
……なんてね。
私は高揚する気分のままに浮かんだ言葉に1人で照れ笑いを浮かべた。
でも、ウキウキするのは仕方ない。
だって……今日はこの町に……こんな山間の、チーズしか売りがないようなちっぽけな町に「魔女の塔」を攻略した勇者様が来て下さるんだから!!
近隣の町から住民や町の財産を奪い、私腹を肥やす魔女達。
でも強い魔力のため誰も手が出せなかった事で知られている悪名高き塔。
それを……たった1人で乗り込んで、見事魔女を討ち果たしたって!!
そんな……そんな人が!!
町長と顔見知りと言う事らしいけど、普段町のみんなの農作業の手伝いばっかしてるあのエリオ町長にそんな一面があったなんてね……
人は見た目に寄らないよ。
そのご縁で歓迎のセレモニー……と言ってもどうせお祭りの舞台に毛が生えたものなんだろうけど……に出て下さるって!
ああ……目に焼付けとかないと。
っと! ぼんやり考えてる場合じゃ無い。
今日か明日来るって聞いたけど、絶対にお会いしたい。
だから今日から張り込むんだ!
私は1人深々と頷いてそのまま私の家のすぐ隣にある、小さな掘っ立て小屋へ駈けだした。
そして、その勢いのままドンドンとドアを叩く。
「メリル、起きて! メリルったら! 勇者様来ちゃうよ、メリ……」
言葉の途中で勢いよくドアが開いたので、私はあわやドアで顔をぶつけそうになった。
あっぶな……
文句を言おうと、目一杯ムスッとした表情を作り口を開こうとする前に、目の前の少女……私の10歳からの幼なじみ、メリル・ランガーバーグは、寝癖の付いた髪とちょっと眼鏡のズレた半開きの目のまま淡々とした口調で言った。
「お前……私が昨夜4時過ぎまで魔法の研究をしていた事を当然知ってるはずだな?」
「うん、知ってる! でもさ、今日は特別なんだよ! だって、あの……」
「魔女の塔を攻略した勇者……か?」
「おおっ! さすがメリル。バッチリ把握済みじゃん。だったら……」
「馬鹿か? みんながみんな勇者などに興味を持つと思ったら大間違いだ。私にとって、貴重な睡眠時間を犠牲にするほどの価値は……ない」
そう言ってメリルはドアを閉めようとしたため、私は素早く足を挟み込んだ。
「ぬ!? 貴様……足を抜け!!」
「いやだ! 一緒に勇者様に会おうよ。私はともかくメリルはもしかしたら勇者様に見込まれて、王都の魔法学校とかに行けるかも知れないじゃん!」
その言葉にメリルはハッとして動きを止めたため、その隙に私は家の中へ素早く身体を滑り込ませた。
「ああっ! 貴様……」
「ゴメンね。でも、さっき言った事は本当だよ。メリルは魔法使いの才能有るもん。だから、チャンスは多い方がいいでしょ? あ、あと昨日黒パンと青ひつじのバター買ってきたんだ。良かったら一緒に食べよ」
※
私、アテネ・ローグと10歳からの幼なじみであるメリル・ランガーバーグは、家がすぐ隣と言うこともあり、15歳になる今日までほぼ毎日顔を合わせてきた幼なじみだ。
孤児だった私は10歳の頃、羊飼いの夫婦に引き取られ、それ以来羊飼いとしての仕事を覚えてきた。
新しい両親もとても優しく、羊飼いの仕事も性に合ってたせいか、自分はこのまま羊飼いになるんだ、と思っていた。
そんな私の運命を変えたのは12歳の頃、町にやってきた吟遊詩人だった。
彼の奏でる歌の美しさと共に、歌われる英雄譚に夢中になった。
それからは羊飼いをしながら
(いつかは冒険者になって、吟遊詩人に語られるような英雄になりたい)
と思ったが……あいにく魔法使いになれるほどの頭の無い私は、剣士を志した。
と、言っても町には小さな剣術教室しか無かったし、私はその中でも下から数えた方が早い……いわゆる凡才だった。
それに加えて、2年前山での事故で両親が亡くなったこともあり、正直これからの進路に迷いはある。
冒険者なんて道楽……両親の残した羊たちの事もある。
でも、目の前の幼なじみは違う。
彼女は魔法使いとしての才能がある。
何たって、9歳で両親が出て行ってからも、私の両親の助けを受けながらも1人で生活し、町の魔法学校にも通わず独学で、小さいながらも火の玉を出せたのだ!
これって凄くない!
しかもしかも……その瞬間を最初に見たのは私なんだもん!
鼻高々にもなるよ……
しかも、メリルが言うにはそれからは炎を自在に操れるようになり、今では麓の街で化け物退治をしたり、用心棒のような事をしてお金を稼いでいるらしい。
学校にも通わずにそれなんだから、本物の天才と言って良いよね!!
でも、彼女はかたくなに魔法学校に入ろうとしない。
「ねえ、メリル。何で魔法学校入らないの? 確かにこの町の学校はちっぽけも良いとこだけど、そこでずば抜けた成績を取れば、王都エリアルの学校への推薦状だって出るんでしょ?
バターを塗ったパンを頬張りながら言う私にメリルは、紅茶を一口飲むとニヤリといつもの皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「ふん、私みたいな天才があんなちっぽけな学校などに行ってみろ。皆は嫉妬し誰に足を引っ張られるか分からん。それに私は学びたいことだけを学びたい。この家なら好きなだけ興味のままに研究できる」
「ふうん……」
そんなものなのかな。
私はメリルの家の中を見回した。
最低限の物があるキッチンとテーブル。
隣の部屋には所狭しと本が並んでいるが、魔法の研究に必要な材料や道具類はお世辞にも充実してるとは言いがたい。
「私、魔法の事は全然分からないけど、メリルの才能だったらもっといい環境の方が成長できるよ。私なんかと違って、メリルは魔法を使ってお金稼いでるんでしょ? それって凄い事だよ!」
「……まあな、だがそれは町の奴らが無能なだけだ。だからちょっと魔法を使ってやるだけで神様みたいに有り難がる」
「凄いよね……ねえ、今度メリルが町で魔法使ってる所見せてよ? いくら頼んでも見せてくれないじゃん」
「馬鹿者。魔法は本来小銭稼ぎで使う物じゃ無い。ましてこんな寂れた田舎で魔法によって生活費を稼いでるなんて、お前なんかに見られたらアチコチに触れ回りかねんからな」
「そんな事しないよ! ってか、本当にメリル、魔法学校行きなよ。学校の子でも魔法で生活費稼いでる子って居ないんでしょ? そう言ってたよね? やっぱあなたは天才……」
そう言いかけた私の前でメリルは乱暴な音を立てて立ち上がった。
「アテネなどに私の研究が理解できるのか? とにかく要らぬ世話だ!」
「でも!」
「でもも何も無い! これ以上お節介焼くなら出て行け!」
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