小さな小屋のアテネとメリル(2)
もう、何なのよ! 私、何も間違ったこと言ってないのに。
私は唇を尖らせながら、小屋から歩いて10分の所にあるリトの街を歩いていた。
今夜の山菜鍋の食材を買いに来たのだ。
さっきの態度にはちょっとムカッと来たけど、仕方ない。
メリルの分も作って持ってってあげよ。
彼女は食事に無頓着で魔法の勉強ばっかしてるから、ほっとくと平気で2食くらい抜いているのだ。
さて……何の山菜にしようかな……メリルはシドの木の芽が好きって言ってたからそれにするか。
そう思案しながら店を見ていると、通りの方から聞き覚えのある声が聞こえた。
あれは……
見ると、やっぱり同じ剣術学校に通っている、ピートとジッタだ。
二人とも剣術道場では私よりクラスは上だけど、それを鼻にかけてエラそうなのであまり好きでは無い。
って言うか、嫌いだ。
だけど、二人の会話が耳に入った私は思わず二人の元に歩み寄った。
どうやら、森の外れに最近良く出没するオオカミの群れを倒すために、明日の夜自警団が出るらしい。
そこに同行し、自警団の人たちに一番貢献したと認められた子供は、銅貨5枚の報酬が出ると共に、町長の計らいでこの街に来る英雄様に個別にお話しできるらしい!
それって……名を売るチャンスだ!
と、言ってももちろん私じゃ無い。
メリル……今だよ!
「ねえ、あなたたち! その話って本当?」
「うわ、ビックリした! アテネか。いきなり大声出してんじゃねえよ」
「男が細かいこと気にしない。所で、自警団の人に貢献した、って認められたら英雄様に個別に話せるって、ホント?」
「ああ、そうだよ。俺たちもオオカミ討伐に向かう予定なんだ。父さんに買ってもらった、剣とチェインメイルがあるからな」
ピートが得意げに剣を見せつけると、ジッタはニヤニヤしながら言った。
「まさかアテネも参加希望? 止めとけ。お前は荷物持ちも出来ないだろ? オオカミに会ったら泣いて逃げ帰るのが落ちだって」
ぬぬ……ムカつく……でも、私だけならそうだろう。
でも、今回は……
「残念! 挑むのは私とメリルだよ」
そう言うと、二人はポカンとした表情になった。
「はあ? メリルって、メリル・ランガーバーグ?」
「そうだよ! メリルの魔法でオオカミさんたちを焼き肉にして、彼女に英雄様に会ってもらうんだ。そしたら、メリルの才能に英雄様もビックリするよ。そしたら、きっと彼女を王都に……」
だが、言葉の途中で二人は大笑いし始めた。
え? ……なに?
「お前って本当に……幸せだよな。ってか、お前幼なじみのくせに、メリルがこの街でなんて言われてるか知らないの?」
「おい、止めとけって。せっかく夢見てるのに、覚ましちゃ可哀想だろ」
「そうだったな、ごめんごめん。じゃあな、夢見るお姫様。今回俺たちはあんなチンケなご褒美で終わるつもりはない。どうせ自警団の大人たちは『お手伝いを一番しっかりしてくれた子供には』ってつもりで言ってるんだろうけど」
そう言うと、二人は笑いながら歩いて行った。
……何なのよ、アイツら。
※
「って訳! 本当に失礼しちゃう! 何なのよアイツら。今度、メリルの炎で焼き払っちゃってよ」
私はお手製の山菜鍋を口に入れながら、怒鳴り散らした。
だって、ムカつくんだもん!
「まあ、馬鹿共は放っておけ。相手にするだけ損だ」
「でもさ……あ、もちろん協力してくれるよね! 明日の夕方に自警団の大人達は森へ行くって言ってたよ。きっとアイツらも一緒だよ。一緒に自警団やアイツらビックリさせようよ」
「興味ない。お断りだ」
「でもさ、チャンスだよ! 英雄様に会って欲しいんだ、あなたに。メリルをもっと広く知ってもらいたい」
「……誰がそんな事頼んだ。前からそうだが、私の意思はどこに行ったんだ」
メリルが顔を赤くしてそう言ったとき。
ドアを乱暴に叩く音が聞こえ、次にぶっきらぼうな男性数名の声が飛び込んできた。
「おい、メリル・ランガーバーグ! ツケはどうなった!」
「また踏み倒すのか? いい加減にしろよ、大嘘つきが!」
……ツケ?
ドアに目を向けた私にメリルは引きつった表情で立ち上がると、私の手を取り裏口に引っ張ろうとした。
「話は終わりだ。帰れ、アテネ」
「でも、まだお鍋食べ終わってない……ってか、あの人達ってなんなの?」
「いいから!」
今まで聞いたことの無い必死な声……不安げな表情。
そんなメリルの様子に私は黙って居られなくなった。
「駄目だよ。あんなガラ悪そうな声……メリルがいくら凄い魔法使いでも危ない。……私が相手する」
「……止めろ! ばか!」
メリルの手を振り払うと、腰にいつも差している棍棒を抜いて足音も荒くドアに近づくと、一気に開けた。
すると、ドアの向こうには本屋さんをやっているシードルスさんと……ゴツいクマみたいな見た目のお金貸しをやってるラルフさんが険しい表情で立っていた。
あ、声だけじゃ気付かなかった。ゴメンなさい。
「おい、メリル! いい加減にツケ払えよ。どんだけ踏み倒してるんだよ」
「俺から借りている借金もそろそろ返済してもらいたいんだがな。利子だけでも返せなくなるぞ」
「あ……あの……なんなんですか、さっきからツケとか借金とか……この子、そんな事する必要ないと思うんですけど」
「アテネ、君には関係無い事だ。君はこの話は聞かないほうがいい。家に帰るんだ」
ラルフさんに続いて、シードルスさんが言った。
「ここまで居合わせて無理だろ……アテネ、忠告だ。彼女とは縁を切った方が良い」
私は思わず後ろのメリルを見た。
彼女は身を縮こまらせて俯いていて、そこにはさっきまでの堂々とした雰囲気は欠片も無い。
「生活費を借りるのはいい。だが、返す当ても無いのにお金を借りまくって返さないのは、犯罪だろうが。いい加減町長にあげなきゃならんぞ」
シードルスさんの言葉に私はビックリして言った。
「そんな……違います! 何かの間違いです! メリルは魔法を使ってお金を稼いで……」
「……もういい……アテネ」
メリルのつぶやくような声が私の言葉をさえぎった。
え……
次の瞬間、ラルフさんが苦々しい表情を浮かべた。
「メリル、友達にまで嘘ついてるのか? いいかいお嬢さん、コイツは魔法なんて使えない。未だにちっぽけな……指先程度の火しか起こせない。それなら火打ち石の方がまだマシだ」
そんな……そんなわけ……ない。
「そんなはず……ないです。メリルは……天才なんです! だって、私が小さい頃……」
そう言いかけた私の手をメリルが引いて、後ろに下がらせた。
そして、2人の男性の前に歩み出たメリルは深々と頭を下げて言った。
「本当に申し訳ありません。もうちょっとだけ……待って下さい。必ずお金は作ります」
「メリ……ル」
自分の声が涙混じりなのが分かる。
なんで……なんで。
2人の男性は深々とため息をついて、苛立ちを隠せない口調で言った。
「なあ、メリル。俺たちだって悪魔じゃ無い。お前をいじめたい訳じゃないんだ。……お前ももういい加減、見込みの無い魔法なんて諦めろ。聞いたぞ。魔法学校の入学試験も落ちたんだろ……3年連続。いい加減自分に出来る仕事をしろ。ツケは無しにしてやる。返すのも金の目処が立ったら少しづつ返すんだ。無理の無い範囲で」
シードルスさんに続いてラルフさんも、溜息をついて続けた。
「友達の顔を見てみろ。泣いてるだろ? 出来もしないくせに虚勢を張った結果がそれだ。もちろん自分の可能性を信じるのはいい事だ。子供なら特に。でも、出来る事と出来ない事はある。俺たちや君たちがドラゴンや魔王を倒すような英雄にはなれないように。人には身の丈にあった、やるべき事もあるはずだろ。……まあいい。借金はシードルスと同じだ。ツケは無し。後はお前がちゃんと働いて返すまで保留にしてやる。友達には後で謝っとけ」
2人はそう言うと出て行った。
後には呆然と立っている私と、肩を落としているメリルが残った。
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