小さな小屋のアテネとメリル(3)

「メリル……」


「なんだ? 大嘘つきを笑いたいのか?」


「そんな! ……そんな……こと」


 メリルは自嘲気味に笑うと椅子に座ってうなだれた。


「無理するな。さっきのが私の正体だ。街でのあだ名は『嘘つき魔女』……魔法学校には相手にもされなかった。それはそうだ。指先ほどの火の玉で才能があると勘違いして、意気揚々。でもそれ以降この歳になるまで火の玉は成長せず。試験官には『潜在的な魔力は水準にほど遠い』だそうだ。要するにお前には才能が無い、って事だったんだ」


「違う……」


「違わない。それを……お前に知られるのが嫌でこんな小屋に引きこもっている。仕事? ふふっ……お前としかまともに話せない、社交性の欠片も無い……体力も無い、愛嬌だってない。こんな女に何の仕事が出来る? 私には……魔法しか……ないんだ。好きなんかじゃない。これしか……」


 そう言いながら、メリルの肩が細かく震えている。

 声が震えていて泣き声が混じっている。

 私はなぜだか、それを見ているうち強い怒りを感じた。

 気がつくと、私はメリルの肩を掴んで……


「メ~リル~!!」


 揺さぶった。


「な、な……なんだ! ビックリした!」


 驚いた表情で顔を上げたメリルに私は、グイッと顔を近づけた。


「確かにそうだね! メリル大嘘つき!! ホントは魔法大好きなくせに」


「はあ!? さっきも言った! これしか無いからすがりつ……」


「違う! メリル、魔法の本とか見せてくれる時、すっごく目が輝いてた。言ってたよね! 『魔法は怖くない。キチンと使えば誰にでも夢を見せてくれる。私にもお前にも』って。こんなの好きじゃなきゃ言えない!」


「だが、私は夢を見せることは出来ない。出来るのはちっぽけな火の玉だけだ」


「それが何なの! どうってことないよ! 私の中のメリルはなにも変わらない。だって私にとってメリルは英雄なんだもん」


「……はあ?」


「ねえ、覚えてる? 私たちが初めて会った時のこと」


「知らん」


「ええっ! 全くもう……あのさ! あの日。雪の降るとっても寒い日。孤児だった私が初めてローグのご両親に引き取られて、あの小屋に来たとき。私、不安で不安で小屋の裏で1人で泣いてたでしょ? その時……あなたが来た」


「私が?」


「そう。そこであなたはいつものぶっきらぼうな感じで言ったの。『これで暖かいだろ』って火の玉を出してくれた。そして『私もお前も変わる事が出来る。人は変われる。ずっとこのまんまじゃない』って……言ってくれたじゃん」


 メリルはハッとした表情になった。


「あ、あの時……」


「そう。あの火の玉……そしてメリルの言った『人は変わる事ができる』って言葉。私には神様のくれた奇跡のように思えた。こんな凄い人が世界にはいるんだ……私も大きくなったらこんな人ともっと仲良くなりたい。その気持ちのお陰で、最初の頃の寂しさや辛さを乗り越えられた。私にはあんな奇跡を起こせる子がそばに居るんだ。だから大丈夫って」


 私はそう言うと、メリルの手をギュッと握った。


「だから私にとってメリルは英雄なの。今もそう。そんなあなたにふさわしい女の子になりたくて、剣も練習した。私、お馬鹿だから同じ魔法使いは目指せないけど、剣ならメリルの力になれる、って。まあ、私も下から数えたほうが早い下手っぴ剣士なんだけどさ」


「う……あ……」


 メリルは顔をプルプル震わせるとプイッと後ろを向いた。


「無理だ。私はそんな英雄じゃ無い。お前も私なんかに関わるな」


「嫌だ! 誰と一緒にいるかは私が決める。メリルと一緒がいいの」


 その時、小屋の外で大人達の声が聞こえた。

 なんか……慌ててるみたい。


「なんだろ、あの声。ゴメン、ちょっと見てくる」


 小屋の外に出ると、大人たちが慌てた様子で話をしたり、山に向かっているのが見えた。

 よく分からなかったけど、その様子にただならない物を感じてちょうど近くに居たラルフさんに聞いた。


「あの……何かあったんですか?」


「アテネちゃんか。ピートとジッタが居ないらしい。二人のご両親が帰ってこないから慌てて自警団の本部に駆け込んできたんだ」


 え……?

 その時、私の脳裏に二人の言葉が浮かんできた。


(俺たちもオオカミ討伐に向かう予定なんだ)


「あの二人……オオカミを倒しに……」


「……はあ!? 子供だけで! そんなこと言ってたのか!」


「はい。他にも『今回俺たちはあんなチンケなご褒美で終わるつもりはない』とも言ってたので……」


「なにやってんだあのバカ共……おい! シードルス! すぐ自警団に連絡だ。クソガキども勝手にオオカミの巣に向かってるらしい」


 そう怒鳴るように言うと、ラルフさんとシードルスさんは町に駆け出していった。

 それを見送りながら私は身体に震えを感じて、その場に立ち尽くしていた。


 あの時、気付いてたら……

 そう。二人は明らかにみんなを、自警団の大人たちを出し抜こうとしてたんだ。

 そんなの二人の会話から簡単に分かったはず。

 それなのに、メリルを馬鹿にされた悔しさで全然気が回らなかった。


 もし二人に何かあったら……


 私は慌てて小屋に入ると、ベッドで丸まって頭からシーツを被っているメリルに言った。


「メリル! ピートとジッタがオオカミの巣に行った。二人だけで。私が気付いて止めてあげてたら良かったのに……どうしよ。今から自警団の人たちと一緒に行ってくる。……ねえ、メリルも力を貸して。私だけじゃ不安で……」


「ほっとけ」


 シーツを被ったままでメリルの小さな声が聞こえる。


「あいつら、お前と私を馬鹿にしてたんだろ? ざま見ろだ。そもそもお前のせいじゃない」


「じゃあ、二人を見捨てるの!? 二人じゃ絶対……し、死んじゃうよ!」


「知らん。もう何もかもどうでもいい」


「メリル……人は変わる事ができる。そうだよね? 私もあなたも。嘘つき魔女? それがどうしたの。だったら嘘をホントにすればいいじゃん! すっごい魔法使いになって『あの時、嘘つきなんて言ってゴメンなさい』ってみんなに言わせてやればいいじゃん!」


「変わる……か。あれは適当に言っただけだ」


「でも言った! 私の英雄は……業火の魔女メリル・ランガーバーグは、困ってる人を見捨てない……よね?」


「何だ、その業火の魔女って」


「適当に考えた!」


「馬鹿か。もう出て行け」


「分かった、もういい!……やっぱ行きたい、って言っても遅いんだからね!……ホントだよ!」


 私はそう言うと、小屋を出た。

 メリルのおバカ! おバカちん! 特大おバカ!

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