小さな小屋のアテネとメリル(4)

 うう……怖い。

 

 夜の森ってこんなに真っ暗だったんだ……

 もちろん、町外れの小屋に住んでるくらいなので、光の届かない世界の暗さは知ってたけど、オオカミの巣に向かっているという不安感がそうさせてるんだろうな……


 私は、自警団の大人たちに囲まれながら、おどおどと進んでいた。

 街に残っていろと言われてたけど、頼み込んで着いてきた。

 もちろん勝手に動かない条件付きで。

 私は生まれつき耳が飛び抜けて良く、そのお陰で羊飼いのお仕事もかなり働けた。

 その点も同行を許可してもらえた理由だろう。


 何せ、オオカミ狩りの専門の冒険者さんのパーティが到着するのは明日の昼なので、オオカミ退治の知識が全く無い大人ばかりなのだ。

 ネコの手も借りたい状況。


 でも、そうは言ってもいざ森に入ると怖すぎて何も私に出来ることは無かった。

 街の肝試し大会だったら余裕だけど、当然あんなのとはレベルが違う。

 ってか、この不安感で勝手になんて頼まれても動けないよ……


 うう、遠くからの遠吠えが不安をあおる。

 時間差であちこちから聞こえるな。

 変なの……

 

 ああ、こんな時メリルがいたらな……

 って、もういい! メリルなんて……どうでもいい!


 だけど、予想に反してオオカミの巣に到着し、先に様子を見た男性は表情を曇らせて戻ってきた。


「ダメだ。全くいない。」


 え……どういうことなんだろう?


 それからしばらく様子を見たけど、結局これ以上の捜索は一同の疲労も考え、危険とのことで一旦打ち切られる事になった。


 そのため森を出ると、一同解散となり私はポツンと残った。

 小屋を見ると、メリルの小屋の明かりも消えている。

 どうせ寝てるんだろうな……


 そんな事を思っていると、ふとさっきのオオカミの時間差の遠吠えが思い出された。

 ……そうだ。

 昔、パパに聞いた事がある。


 オオカミの狩りは一つの集団を複数に分けて、時間差で合図を送りながら追い立てる。

 そして、一番力のあるチームのところに追い立てたら……


 そうだ! あの時間差の遠吠えがそれ……


 じゃあ、あの二人……追われてる最中。


 私は慌てて森に駆け出した。

 急がないと!


「どこに行く。大ばか者」


 突然背後から聞こえた声に、私はハッとしながら振り向いた。


「メリル……」


 そこには大きなパックパックを背負ったメリルが立っていた。


「お前は……底抜けの大バカだ! オオカミのところに戻るつもりか? そんな棍棒一本で」


「……じゃあどうすればいいのさ! 急がないと!」


「油と松明。それと……剣と革鎧だ。お前の小屋にあった。愛用なんだろ? あと……着いてってやる」


「メリル……」


「間違うな。お前が居ないと食事を作る奴が居なくなるからだ。お前なんて友達とも何とも思ってない!」


 ※


 メリルと共に森に入ると、私は耳に全神経を集中させた。


 耳を最大限に働かせて……

 声の方向を……

 

 すると、極限状態で集中してるせいだろうか。

 かなり正確にオオカミの遠吠えの方向が分かりそっちに走ると……ああ、神様! 

 大木のうろの中で泣きながら震えているピートとジッタを見つけた。

 オオカミは……いない。


「何たる幸運……そういえば、お前なぜか昔から尋常でなく運が良かったな」


 メリルがささやき声でそうつぶやく。 

 私は冷静さを意識して、無言で二人のそばに駆け寄った。


 すると二人は泣きながらうろから出てきて、大声で私を呼んだ。


「アテネ! 助けて!」


 ちょ……! ばか!

 その直後。複数のオオカミの遠吠えが聞こえてきて、それはこっちに近づいてきた。


「何たること……おい! マズイぞ……」


 目の前には4頭のオオカミさんがこっちをギラギラ光る目でじっと見ている。

 こんな目……今まで生きてきた中で見たことが無い。

 それは、自分たちが「食料」として見られていると言う怖さだった。


 私は全身が酷く震えるのを感じながらも、必死に前に足を進めた。

 

「みんな逃げて……私が……」


 そう言って剣を構えたけど、信じられないくらい重く感じる。

 道場の訓練だと軽く感じてたのに……

 それに震えのせいで剣先も安定しない。


 その直後、オオカミ……のうち一頭が飛び掛ってきたので、夢中で剣を振るったけど、あっさり弾き飛ばされてその場に倒れた。

 そして、腕に焼けるような痛みを感じる。


 なにこれ……痛い……よ。


 私は歯をガチガチ鳴らしながらも必死に言う。


「メリル……みん……なで……逃げて……」


 そう必死に言うと、突然目の前に大きな炎が立ち上がった。

 

 え……


 驚いて後ろを見ると、メリルが布に油を染み込ませて、指先から小さなマッチのような炎を出し、布に火をつけていた。


「メリル!」


「伏せてろ! お前もやけどするぞ!」


 そう言うとメリルは必死に火のついた布を投げて威嚇する。

 そのせいか、オオカミさんたちは後ずさりして近づいてこない。


「火口箱を落とした……嘘つきのちゃちな……魔法も……たまには役に立つのだ」


「凄いよ、メリル! じゃあ……逃げよう」


 だけど、メリルはばつの悪そうな表情で言った。


「布が……無くなった」


 え……


 見ると、オオカミさんたちは炎が消えたせいか、再び襲う体制になっている。


「すまん、アテネ……草木に火をつければ良かった……」


「ダメだよ! そんな事したら山火事で私たちも丸焦げ!」


「あ……そうか。ど、どうする? どうしよ……アテネ」


「私も……わかんない」


 私たちはどうする事も出来ず、頭を真っ白にしたまま震えていた。

 後ろのピートとジッタが大声で泣いてるのも恐怖心を倍増させる。


 パパ……ママ。


 私は震える足で何とかに前に出ると、腰の棍棒を構えた。

 そしてありったけの勇気を振り絞って、大声を出す。

 

「メリル、二人を連れて……逃げて!」


 そう言った時、メリルが私の前に出てきた。


「メリル……駄目だよ……」


「うるさい……お前こそ逃げろ……私の勇気が……あるうちに」


「じゃあ、2人で戦おう」


 そう言って私は棍棒を構えなおした。

 メリルがそばにいる。

 不思議。それだけなのにグッと怖くなくなった。


 でも……ゴメンねパパ、ママ。羊さんたちのお世話……もう出来ない。

 

 天国のローグの両親の顔を思い出たその時。

 突然、オオカミさんのうちの一頭に矢が当たって、甲高い泣き声を上げて倒れた。


 驚いた私たちの前に一つの影が現れると、瞬きの間に……実際そう見えたんだけど、そのくらいあっという間に剣でオオカミさんたちを切りつけ、次に現れたオオカミさんの群れも同じくあっという間に切り付けて、ポカンとしている間にオオカミさんたちは逃げて行った。


「危なかったわね。大丈夫、みんな?」


 その涼しげな声に声も出せずに見上げた私は思わず息を呑んだ。

 そこに居たのは、真っ白な……雪のような鎧に身を包んで森のような深い緑のマントを着た、美しい金髪と見たことの無いくらいに綺麗な顔の女性が立っていたのだ。


「はい……大丈夫……です」


 何とか声を出した私に、女性はしゃがみこんで私の目をじっと見ながら言った。


「あなたたち、友達を守ろうとしてたんだよね。凄いじゃない」


 そう言ってその人はママのような優しい微笑で、私とメリルの頭を撫でてくれた。

 私はその人の笑顔から目が離せず、気がついたらつぶやいていた。


「どうすれば……あなたみたいになれますか?」


「自分を信じて。後は出来る事をどんな小さな事でも誠実にやっていく事。待ってるわね、小さな英雄さん」


 そう言うと、私たちを見回すと言った。


「みんなも良く頑張ったわね。こんな火まで使って……ホントに凄いわ。でも、無茶はしない事。分かった?」


 私たちは呆然としながら頷くと、その人は私たち一人ひとりをギュッと抱きしめてくれた。


「みんな、怖かったよね。もう大丈夫。さ、街に帰ろう。みんなで一緒に」


 夢見心地で歩いてると、背後でピートとジッタがポツリと言うのが聞こえた。


「ゴメン……悪かった」


 私は2人を振り向くとニッと笑って言った。


「ん? あなた達何かした? 私お馬鹿だから覚えてない!」


 その人は私たちと一緒に街まで降りてくれて、自警団の人たちに引き渡してくれると、笑顔で手を降って歩き去っていった。


 その翌日。

 街の広場で行われた英雄……リーブラ・レントを迎える小さなセレモニーで、壇上に上がった私は驚きに目を見開いた。


 そこに立っていたのは、昨日助けてくれた白い鎧の綺麗な……とっても綺麗な女の人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る