小さな小屋のアテネとメリル(5)
美しいお姉様との信じられない出会いの夜。
その翌日のまさかまさかの正体! 白い鎧の金髪をした綺麗なお姉様は勇者リーブラ様だった!!
勇者って……あんなに綺麗でカッコいいんだ……
私は式典の日の夜、ベッドに入っても全く眠れなかったし、頭の中はある一つの考えで埋め尽くされていた。
やっぱり冒険者になりたい。
今まで密かに憧れてはいたけど、剣術道場でも下から数えた方が早い下手っぴ剣士が慣れるわけが無い、と思っていた。
それはきっと間違ってない。
でも……リーブラ様……
冒険者になったらいつかあの人にまた会えるかも知れない。
その時、もし……もしかしたら、一緒に冒険とかできちゃうかも!
そう思うと、もう居ても立っても居られない。
私、冒険者になりたい!
※
ほぼ一睡も出来なかった私は、そのまま朝を待ちきれずにずっと窓の外を見ていたが、日が昇り一日の始まりを告げるラッパの音が街に響いたタイミングで、メリルの小屋に向かった。
「メリル、メリルったら! ちょっと相談があるの!」
そう言いながらドアを連打していたら、いきなり勢いよくドアが開いたので、危うく顔に当たるところだった……って、なんかデジャブ?
「やかましい。お前は人の安眠を妨害しないと死ぬ呪いにでもかかってるのか?」
「えっ! そんな魔法有るの!? 凄いじゃん、流石メリル。よく知ってるね!」
「もういい。所で何の用だ?」
「私、冒険者になる!」
「……は?」
「あ、ゴメンね。聞こえなかったかな? もっと大きな声で言うね……」
「充分だ! これ以上大声出されたら耳が壊れる。 何をとち狂って冒険者になるなどと言ってるんだ? お前は本物の大馬鹿か? と言いたいんだ!」
「大馬鹿なんて酷いよ。あ、こんな所で話すのも何だから、入っても良い? 野ウサギの燻製肉持ってきたよ。あとリンゴも。一緒に食べよ」
私はそう言うと、メリルがリンゴと燻製に釘付けになっている隙に家の中にスルリと入った。
「くっ、またもや……もういい。そこに座れ」
「じゃあお言葉に甘えて」
それから私たちは、話もそこそこに燻製肉とリンゴを味わった。
朝食はしっかり食べないと頭が回らないからさ。
「お前、前は冒険者になろうか迷ってると言ってたが、決心したとはな。あのリーブラとか言う女の影響か?」
「よく分かったね……」
「あれで分からない奴の顔が見てみたい。ああ、目の前に居たか……」
「私、どうしてもあの人みたいになりたい! 本当に格好よかった……それに強くて優しくて。私もああやって誰かの役に立ってみたい!」
「まぁ、運が良ければ腕一本失うくらいで済むかもな。そうなったら無理せず帰ってこい」
「え? メリルも行くんだよ」
「……は?」
「ねえ、一緒に冒険しようよ。私たち2人でいつかデッカい事しない? それに私1人じゃ不安だけど、メリルが一緒なら進んで行けそうな気がする。それにさ、メリルはもっとおっきな世界で魔法を磨くべきだよ。ここも暖かいし好きだけど、魔法はきっと……成長しない」
メリルの目をまっすぐに見ながらそう言うと、視線を泳がせて
「私は……行かない」
「それは……借金の事?」
メリルは無言で顔を逸らした。
「だったら……私も頼んであげる」
「無駄だ。いくら子供のした事とは言え、見逃してもらえるわけが無い。それに……見逃してもらえたとしても、嫌だ」
私はメリル……大切な幼馴染をじっと見た。
それははっきりと決意した表情だった。
「……ちょっと待ってて」
私はそう言うと、自分の小屋へ戻った。
そして、床板の一部を剥がすとその下に埋まっている箱を開けて、中の布袋を引っ張り出した。
これくらいあれば……
その袋を肩に担ぐと、腰が砕けるの!? ってくらいに重かったので、台車に乗せて再びメリルの小屋に向かい、入るやいなやメリルの前に袋を置いた。
「これは……なんだ?」
ポカンとしているメリルに向かって私は言った。
「これはパパやママ、それに私がコツコツと貯めてきた金貨。借金を返せるくらいにはなると思う。ホントは昨日渡したかった……」
「いらん」
「ええっ!? 何でよ!」
「当たり前だ! これを受け取ったら……お前とは友達で居られない」
「そんな事! 私は気にしないよ」
「お前が良くても私の問題だ。自分のせいで出来た大きな額の借金を、友人の財産から奪って
私はメリルの言葉に逆らう事は出来なかった。
仕方ない事だ。
でも……どうすれば。
メリルの気持ちを変えるには……
「アテネ。私もいつの日か借金を返し終わったら後を追いかける。お前1人だとどうなるか分からんから心配だしな。それこそ変な奴に騙されて、身包み剥がされかねん。だからいつの日か追いかける」
「いつの日かって……それまで私1人で旅をしろ、って事?」
不安に満ち満ちた感じでそう言ったけど、ふっと思った。
メリルは変わろうとしている。
それを友達の私が自分の都合なんかで邪魔していい訳ないじゃない。
この子も頑張ろうとしてるなら、私だって……
「分かった。じゃあ先に旅に出る。でも……必ず追いかけてよ!」
※
それから1週間後。
町長さんや剣術道場の先生、ピートとジッタ。それによく通っていた道場横の食堂のおばちゃんたち、羊のチーズを買ってくれていた商店のおじさんたちに見送られながら、馬車に乗った。
羊たちの世話だけが気がかりだったが、何と町長さんが買い上げてくれ、街で面倒を見てくれるのだそうだ。
そしてそのお金も路銀の足しに、と大目に渡してくれた。
本当にありがたい……
私は涙が出そうになるのをこらえながら、馬車に乗り込んだ。
次この街に帰ってくるのは一人前の冒険者になってから。
そう決めたんだ!
馬車の中で涙ぐみながら、そう思っていた。
そして脳裏に浮かぶのは大好きな親友……
メリル……早く合流してくれないかな。
そんな事を思いながら、ガタゴトとゆっくりと揺られる馬車の音と共に、遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。
あれ……あの声は……
思わず馬車の幌から顔を出すと、そこには手を振って走ってくる、バックパックを抱えたメリルの姿があった。
あれ? お見送りかな……
「どうしたの、メリル! お見送り?」
そう大声を出すと、御者さんが気を利かせて馬車を止めてくれた。
私しかお客がいないのが幸いした。
慌てて馬車を降りてメリルの元に駆け寄った。
「違う……ちが……」
息を切らせながら真っ青な顔で言うメリルの背中をさすりながら、お水を飲ませた。
「あの……人たち……借金は……冒険で大きな稼ぎを上げたらそこから返せ……って。その方が……早いって……」
え……
私の脳裏に厳しいながらも優しいまなざしをしたシードルスさんとラルフさんの顔が浮かんだ。
「お前は……魔法をやりたいんだろ……ならあきらめるな。……子供の夢を支えるのが大人の……役目だ……って」
メリルはそう言いながら涙ぐんでいる。
「だから、お前に着いていく。確かに私の才能なら、冒険者で財宝を手に入れたほうがスムーズに借金をあの人たちに返せる。そして……恩返しを出来る」
「メリルぅ……」
私は泣きながら親友を強く抱きしめた。
「ばか者! 苦しい……離せ! それに……人が誤解する!」
「誤解されたっていいもん! メリル……嬉しい」
こうして私、アテネ・ローグとメリル・ランガーバーグの冒険が始まった。
これからどんな日々が待っているのだろう?
もしかしたら夢は夢のままかもしれない。
もしかしたら二度と故郷の町には帰れないのかもしれない。
でも……それでも、踏み出せた!
憧れの英雄、リーブラ様と同じ道に。
今はそれでいい。
そして、きっとこの親友の才能も世の中に認めさせて見せる。
その2つの夢がある限り、きっと進んでいける。
待ってて世界!
待っててね、未来。
【第1章 終わり】
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