七面鳥の朝
佐倉遼
七面鳥の朝
目覚めると、俺は七面鳥だった。
いや、冗談でも何でもなく、本当に七面鳥だ。ふさふさとした羽毛、太いくちばし、短くて鈍い足。全身がまるで別物になっている。とりあえず声を出してみると、喉の奥から「クルルル」という変な音が漏れた。俺は「なんだこれは?」って言ったつもりなんだが、頭では完璧に人間のまま、だが口が、いや、くちばしがついてこない。
流石にこれは夢だろ。だが、目の前の世界はやけにリアルだ。木製の小屋に、土の匂い。振り向くと、数羽の七面鳥がのんびりと餌をついばんでいる。おかしい、昨日の夜までは確実に人間だったはずだ。だったよな?
「……俺は人間だ」
声に出して確かめたいが、出てくるのはまた「クルルル」だ。何だこれ。言葉を喋れない、いや、それだけじゃない。ここはどこで、俺はなぜ七面鳥になってしまったのか。その答えが、まったく見当たらない。
焦ってあたりを見回すと、ふと耳に入ってきたのは、他の七面鳥たちの声。耳には「クルルル」としか聞こえないのに、なぜか言葉が理解できる。
「はらがへったなあ」「もうすぐ餌がくるよ」「今日もいっぱい食べるぞ」
彼らはのんきに話しているが、その内容に不安も焦りもない。どうやら、俺は他の七面鳥たちと同じく、人間に飼われているらしいが、彼らは自分たちの立場についてまったく疑問を持っていない。むしろ、与えられる餌を楽しみにしているだけのようだ。
試しに話しかけてみることにした。
「おい、今の状況が分かってるのか?」と言ったつもりで「クルルル……」と言ってみた。するとすぐに返事が返ってきた。
「もちろん分かってるさ。ご飯までの朝の時間さ」
一羽の七面鳥が無邪気な表情で答える。呆れるほど楽観的だ。
「いや、違う。お前たちはただ食われるだけなんだぞ! 分からないのか?」出てくるのはやはり「クルルル」。 彼らの無知が恐ろしいが、それをどう説明していいのか分からない。
俺に詰め寄られた七面鳥は戸惑った雰囲気になっていたが、しばらくすると「……まぁ、いいか」と言い、すぐに元ののんきな表情になった。
その時、他の七面鳥たちが一斉に顔を上げて、1匹の七面鳥を見た。
「博士!博士!」
ゆっくりと歩いてくる一羽の風格ある七面鳥が目に入った。他の七面鳥たちよりも少し大柄で、動きにも貫禄がある。彼は「博士」と呼ばれているらしい。博士は頭をゆったりと振りながら、集まってきた七面鳥たちに語り始めた。
「この世にはただ一つの法則がある。それは、昼になると餌が必ず降ってくるということだ」
宇宙の真理を見つけたとばかりに七面鳥の博士は誇らしげに言い放ち、周囲の七面鳥たちはその言葉に深く頷く。まるで真理を聞かされたかのように、尊敬の眼差しを送っていた。だが、俺はその光景を冷ややかに眺めていた。確かに今は餌が与えられている。だが、俺には分かっている。この平穏な日々が終わる時が近づいていることを。
俺が人間だった時と同じ時間軸ならば今日がクリスマスだ。人間たちにとっては祝祭だが、俺たち七面鳥にとっては、その日が終わりの時だ。この小屋の中の七面鳥は皆、その日のために育てられている。そんな事実に気づいているのは、どうやら俺一羽だけのようだ。
博士は「これこそが宇宙の真理で永遠に続く」とでも言わんばかりに自信満々だが、俺は心の中で嘲笑していた。他の七面鳥たちはその言葉を信じて、神妙な顔をしている。まるで、何か大いなる啓示を受けたかのように。
「……どうせみんな、クリスマスだから食われるんだ」
俺は七面鳥のくちばしを鳴らしながら、内心で呟いた。しかし、どれだけ恐れても、この体では逃げる術はない。四方を囲まれ、飛ぶこともできず、ただ不安が膨れ上がっていく。
そして、その時はすぐにやってきた。
突然、小屋の扉が開く。いつもと同じ日常を期待していた他の七面鳥たちは、何も疑わずにその音を聞いている。俺だけが、心臓を握りつぶされそうなほどの恐怖に襲われていた。これが、終わりの時だ。目の前に現れたのは、無表情の牧場主。彼は手に持った機械――スタンガンのような器具を使い、次々と七面鳥たちを気絶させていく。
まず一羽、あっという間に羽を広げたまま倒れる。次に、さらに一羽。全くの抵抗もなく、彼らは意識を失い、倒れていく。俺はこの光景に耐えられず、全身を震わせた。逃げたい、しかし、足が動かない。周囲は静まり返り、わずかな羽音が漂うだけだ。七面鳥たちは、自分が何をされているのかも分からず、ただ、次々と人間の手によって意識を奪われていく。
「おい、誰か助けてくれ……!」と心の中で叫んでも、俺のくちばしから出るのはただの「クルルル」というかすかな鳴き声。
俺は全力で逃げようとした。何羽かの間を縫うようにして、必死に足を動かす。だが、この短い足では、間に合うはずもなかった。瞬く間に牧場主の冷たい手が俺の首を掴む。
「ダメだ、終わりだ……」
首に感じる電流のような感触、スタンガンが俺の体に触れた瞬間、視界が揺れ、意識が暗転していく。気絶する前、見えたのは、何も理解せずにただ倒れていく他の七面鳥たちの姿だった。ここで終わるのか……と思ったその時——
突然、目が覚めた。
俺はベッドの中だった。息が荒く、心臓はまだドクドクと早鐘を打っている。汗が額に滲んで、シーツが湿っている。夢だったのか?本当にただの夢?あまりに生々しいその感触に、現実と虚構の境目が分からなくなる。
デジタル時計を見ると、クリスマスの昼を過ぎていた。ふらつく足取りでリビングに向かう。テーブルには、豪勢なクリスマスディナーが用意されていた。中央には、美味しそうに焼かれた七面鳥の丸焼きが鎮座している。黄金色に輝き、パリパリとした皮に食欲が湧き起こる。
「……まあ、いいか」
俺はナイフとフォークを手に取り、七面鳥の肉を切り分ける。焼き立ての肉の香ばしい匂いが鼻をくすぐり、口の中に唾液が溜まる。肉を口に運ぶと、ジューシーで柔らかな肉が口の中でとろけるようだった。これまで食べた七面鳥よりも、格段に美味しい。だが、先ほど見た夢が頭から離れない。……そういえば、この料理は誰が用意してるんだっけ?
「……まあ、いいか」
また同じ言葉を呟きながら七面鳥を口に運ぶ。しばらくするとさっきふと沸いた疑問など、元からなかったかのように忘れ去ってしまった。
七面鳥の朝 佐倉遼 @ryokzk_0821
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