・千竜将軍 千艘飛びのイーラジュ - 最強、あるいはただの飲兵衛 -

 翌日、私は再びイーラジュ邸を訪ねた。

 訪ねるとソウジン殿が現れた。


「先日は悪かった。イーラジュ様の名声にあやかろうとする不届き者が、多くてな。イーラジュ様に手間をかけさせたくなかった」

「んなことより手紙、マジででんぷんで直したのか?」


「いかにも。何か、問題でも?」

「そ、そうか……。それでいいなら、いいんじゃね……」


 話が終わると、ソウジン殿は千竜将軍イーラジュに引き継いでくれた。

 靴を脱いで玄関から上がり、外廊下を抜けて、居間へと入った。


 イーラジュはちゃぶ台の前で私を待っていた。

 だがそのちゃぶ台が徳利とっくりで埋め尽くされている事実に、私は驚きに後ずさった。


「よう!」


 イーラジュは軽かった。

 どこにでもいる田舎の飲兵衛のような、笑顔を絶やさないただのおっさんだった。


「クルシュと申します」

「そっか。ところで、どっかで会ったか?」


「初対面かと存じます」


 面識があれば忘れようもない渋い男だ。

 顎からもみあげまで続く髭はよく整えられ、非常に品がよい。

 眉は男らしく太く、体躯は完璧に鍛え上げられた長身。


 60歳近い風貌だというのに少しの衰えも感じられない偉丈夫だった。


「ま、いいか! 取り合えず飲もうぜ!」

「酒宴ですか……? 私は貴方に弟子入りさせていただきにきたのですが……」


「肴は少し待て、今買いに行かせてる」

「……かしこまりました。まずはご相伴に預からせていただきます」


 酒を飲ませて私の本性を暴こうという魂胆だろうか。

 しかしそれにしてはこのご年輩、やけにいい笑顔で酒を勧めてくる……。


 昔懐かしいお猪口から一献いただいた。


「芋焼酎……?」

「お、わかるかね?」


「……こっちは、日本――清酒……?」

「嬉しいねぇ……ククルクルスにもキョウの酒が出回ってるのかい?」


「もしやこれも、聖帝様が?」

「そうさ! 我らが総大将・聖帝様が、我らに教え下さった美味い酒さ! さあ飲め」


「ま、待て……」

「おっと、お口が緩んできたかぁ?」


「待ってくれっ、こんなにいい酒、一気に飲めないっ!」

「よしっ、同じ杯で飲み比べといこう!」


「肴がまだだろうがっっ!!」

「ハハハハッ、塩がある」


 こ、この男……。

 武門の頂点に君臨する千竜将軍ではない……。

 この男は、ただの迷惑な飲兵衛ではないかっ!


「おめー身体壊すぞ!? 歳なら塩分とか自重しろよっ!!」

「俺は太く細く生きると決めてんのよ!」


「その歳とバリバリの健康体で言われても説得力なんてないわっ!」


 私は懐かしい味わいのする和酒を飲まされた。

 それもたらふく、肴は塩と裸踊りをするソウジンだけで。


 20献近く飲まされると、わけがわからなくなった。

 先日死闘を繰り広げた男が全裸でドジョウすくいを踊る姿に、酒よりも激しく混乱させられた。


「嬉しいねぇ……!」

「このソウジン、先日の非礼を重ねて謝ろう。貴殿の最強への飽くなき欲求、本物である」

「服、服着て言え……」


「ここではこれが様式ゆえ」

「ん! そろそろ俺らも脱いどくか!」

「アホかお前らっ?!」


 私は洗いざらい吐かされた。

 文官であること。国を出奔したこと。子供じみたその動機も全て。


「文官最高の座を捨てて、我が国の武門に加わりたいだなんてよ、神帝様もさぞお喜びになられるだろうよ!」

「ヤツカハギの民として名誉に思う!! よくきた、クルシュ!!」

「うっせー服着ろっ! おまっ、脱ぐな、千竜将軍ともあろう者が、何してんだよぉっっ?!」


 しかし私は武門に加わる気はない。

 私はただ人生をより楽しく充実させて生きたいだけだ。


「そもそも役職なんてもらったら、身動きが取れなくなるだろ、お断りだね」


 口が緩んでいた私は、そんな本音すらも吐かされた。


「いやその通り! いやわかるぜ、将軍になんてなるもんじゃない!」

「いやそのセリフ、現役の千竜将軍に言われると、微妙だ……」


「おっ、肴がやっと届いたぜ! さあ飲め飲めーっ!」


 ベロベロに酔わされた私はその後、イーラジュと全裸で肩を組んで外廊下にぶっ倒れているところを、お暇から帰ってきた女中に発見されることになった。


―――――――

 スキル覚醒

―――――――


極限の泥酔を乗り越えたことで、クルシュの中のスキルが覚醒した


【毒耐性○】

 あらゆる毒に対するそれなりの耐性。

 暴飲しても翌朝の頭痛が25%ほどに軽減される、酔っぱらいたちの神スキル。


以上

――――――――――

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