・千竜将軍 千艘飛びのイーラジュ - VS 最強道場のモブA -
「なら試してみろよ、腐ってるかどうかをよ!」
「思い上がるな雑魚がっっ!!」
あの圧倒的な膂力による薙ぎ払いを私の体は軽やかに避けた。
今、私は成長期のようだ。
暗殺者と対峙したあのときよりも、明らかに身体が軽くなっていた。
ソウジンのグリズリーの腕よりも危険な一撃一撃を、私はヒラリヒラリとかわしてみせた。
「避けるだけか?」
「そっちこそ、攻めるだけか?」
ならばかかってこいと、ソウジンは身構えて私の攻撃を待った。
私はそれに飛び込めなかった。
「しょせんは
「う、うっせーっ! 今どうやって攻めるか、考えてるところなんだよっ!」
「愚かな」
鎧を脱がなかったのはあの膂力を見せられたからだ。
あの木刀が直撃したら私の首は小枝のようにへし折れてしまうだろう。
しかし私は負けたくない。
大会優勝を目指すからには、ここでこんな中ボスごときにに負けてなどいられない。
いや、勝つ必要はない。
ただ実力を認めさせればそれでいい。
私は距離を取り、我が身を守る鎧を脱ぎ捨てた。
「ほう……」
「この鎧はアンタにやったハンデだ! ここからが本番だ!」
「減らず口を。よかろう、二度とここにこれない身体にしてやる」
こ、恐い……。
私の肉体は天性の才能の塊であるが、私のメンタルは戦いに向いていないのかもしれない……。
でも、それでも、私は、私はスーパーヒーローになりたい!!
今生では男の中の男として生きたい!!
今の私は、銀行、問屋、バイトのお局様、万引き野郎どもに震えていた頃の私ではないのだ!!
そう、あの頃の怒りを思い出せ、私よ!!
「ウオオオオオッッ!!」
「ぬぅ!?」
「クソガキどもっっ、万引き、するなぁぁぁぁっっ!!」
「な、何を……なっ?!」
私は素早い身のこなしを活用した。
以前読んだ剣豪漫画の主人公がやったように、動きに緩急を付けた。
初めは矢のように素早く。
そして目前に迫ってからはブレーキをかけて緩くタイミングをずらした。
私の胸先でソウジンの木刀が空振りすると、私は一気に持ち前の瞬発力を爆発させた。
「金払えぇぇぇぇっっ!!」
袈裟狩りをソウジンの鎖骨に叩き込んだ。
叩き込んでから私はふと我に返った。
しまった、やり過ぎた、と。
「ク、ククク……ッ、クククク……ッ」
「だ、大丈夫か……? 模擬戦なのに、つい本気で……」
「げぇっ、木刀の方が折れててんじゃんっっ、これっ?!」
「このソウジン、丈夫であるところをイーラジュ様によく褒められる」
「いや、これ、丈夫って次元か……? 超合金みたいな肉体しやがって……」
ソウジンは木刀を腰に戻し、打たれた鎖骨をコキリと鳴らした。
その姿はまるでスーパーヒーローの仲間たちのようだ。
無骨でカッコイイ……。
そう思ってしまった。
「イーラジュ様は不在だ、今日は帰らん」
「それ先に言えよっ!?」
「明日今一度、訪ねられよ」
「え、いいのか?」
「後はイーラジュ様が判断すること。破った書簡はでんぷん糊で繋ぎ直し、俺から渡しておこう」
「……は?」
「書簡はでんぷん糊で繋ぐ」
君、カラーペンとかで契約書を書いちゃうタイプかね?
社会人としてそれはどうかと思うよ、私は……?
「覚悟してろよ、その鎖骨、次こそ折ってみせる」
「やれるのものならやってみせよ」
ソウジンは笑った。
その笑みはすぐに消えてしまった。
私はソウジンの仏頂面へ不敵に笑い返した。
今の私はバトル漫画の主人公とまではいかないが、頼れる仲間たちのようだった。
「あと紙テープにしとけよ……。でんぷん糊じゃ、手紙はくっつかねーよ」
「イーラジュ様は世界一男らしい男だ。細かいことは何一つ気にしない」
「細かくねーよっ、社会人としての常識の話だってのっっ!!」
異世界での英雄の才能とは、現代日本においての社会不適合者の才能なのかもしれない。
ソウジンは本気で、大商人にして貴族ホスロー殿の手紙を、でんぷん糊なんかでどうにかするつもりだった……。
―――――――
スキル覚醒
―――――――
極限状態を乗り越えたことで、クルシュの中のスキルが覚醒した
【剣術LV1】→【剣術LV3】
技に秀でた優秀な剣士となれる才能
【万引き対策LV5】
万引き犯を匂いだけで判別が可能となる小売商の憧れ
以上
―――――――
・
その後ホスロー殿の屋敷へと報告に戻ると、また一晩泊めてもらえることになった。
具体的な顛末はソウジン――いや、ソウジン殿の名誉のために、彼に厳しい稽古を付けてもらったと脚色した。
いかに正当性があろうとも、事あるごとに相手のメンツを潰していたら、巡り巡って私が損をすることになる。
私は大男ソウジンが手紙を糊で繋ぎ直す姿を想像するだけで、十分だった。
「つまんないのーっ! もっと絵巻のような展開を想像してたのに!」
「……絵巻?」
「あ、クルシュは田舎者だから知らないんだっけー。このキョウにはね、最先端の印刷技術があるの」
な、何……?
最先端の、印刷、技術……?
「マ……マジか……」
「あははっ、その顔おもろーっ! 絵巻はねー、物語を絵で描いた巻物のことなのだーっ!」
絵に書いたようなドヤ顔で彼女は誇る。
一方で私は期待に生つばを飲み込んで、彼女の顔をのぞき込んだ。
「ま、漫画ってことか!?」
「え、なんで知ってるのっ? そう、漫画って呼ぶ人もいるよー」
「お、おおおおーっっ?!」
思い切ってキョウにきて、よかった……。
あのままククルクルスの文官をやっていたら、私はこの世界の漫画の存在に気付くこともなく、芸術と無縁の辺境で一生を終えていただろう……。
「漫画も活版印刷も、聖帝様の大発明なんだよーっ、すごいでしょ!」
「聖帝とは、いったい何者なんだ……」
「あらご存じありませんのー? 聖帝様は神様なのですわ!」
彼女はクルリと一回転すると、突然外向けの顔に豹変して私のことをからかった。
「なぜ神が漫画を作る?」
「楽しいから」
「いや、まあ、それはそうなんだが……」
ヤツカハギ。八束脛。
大和王朝に従わなかったまつろわぬ国々の総称。別称は土蜘蛛。
そしてキョウ。京。
東京ともとれる一方で、京都とも取れる。
もしや聖帝は私と同じ、転生者か何かなのではないだろうか?
「その絵巻、読んでみたい。どこに行ったら――」
「あたしの部屋にあるよっ! くるっくるっくるぅーっ!?」
「いかに恩人だからって、そりゃホスロー殿が許すわけねーだろ……」
「意外……そういうの気にするんだー?」
「自分からトラブルを引き寄せる必要ねーだろ。だが、漫画は読みたい……」
ティティスは不思議そうに私の顔を見る。
私もまたティティスが不思議だった。
父親の不在時に来客があれば、彼女は立派に父親の代わりを果たせるやり手の社会人となる。
「ふーん……ま、いっか! 待ってて、3分で持ってくる! 一緒に読もうねっ、クルシュ!」
「待て、ちなみに、ジャンルは……?」
「え、恋愛だけど?」
「恋愛、か……。バトル漫画は、ないのか……?」
「なにそれ? 戦いを漫画にするの? それって何が楽しいの?」
「なっ……ない、のか……? キョウにバトル漫画は……?」
「そんなジャンルないよーっ!」
「バ、バカなぁぁぁぁ……っっ?!」
私は膝を突いて崩れ落ちた。
恋愛小説にスーパーヒーローは登場しない……。
やはり私が強くなって、スーパーヒーローそのものになるしかないようだった……。
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