・大会予選:ソコノネの迷宮 - 両手に花を抱えて一路迷宮へ -

 竜将大会予選3日目。

 ついに私の出番がやってきた。

 私は今日の正午にソコノネの迷宮に挑む。


 そう、迷宮。

 この都には迷宮が当たり前のように存在していた。

 予選ではこの迷宮に設けられたチェックポイントに、何回到達できたかを競う。


 憧れの迷宮に挑めると知って、私の調子はまさにうなぎ登り、この日が待ち遠しかった。


「まあ、クルシュさんも絵巻がお好きだったのですね!」

「はい、三度の飯より大好きと言っても過言ではありません」


 さらに幸運は重なった。

 ココロさんが私を心配して、ソコノネの迷宮まで付き添ってくれることになった。

 もちろん、イーラジュ様には内緒にだった。


「あのさぁー……」

「ん、なんだ、ティティス?」


 驚くべきことに幸運はこれだけではない。

 ホスロー殿のところのティティスまで、おのぼりさんの私を心配してきてくれた。


 ティティスとココロは友人だった。

 私は左手に赤毛の美少女、右手に黒髪の美少女をはべらせて、ソコノネの迷宮を目指した。


「ココロとあたしで態度違くないっっ?!」

「同じがいいのか?」


「そういうわけじゃないけど、なんでっ!? なんか不公平感あるんだけどっ!?」

「だけどお前、お堅い口調でやり取りするの嫌いだろ?」


「嫌いですわっ! 嫌いですけどなんか負けた気分になりますのよっ!?」

「そうでしたか、これは失礼いたしました、ティティスお嬢様。では、本日はこちらのノリで」


 私は胸に手をあてがい、正真正銘の貴婦人であるティティス様に平伏した。


「なんかキモいっ! いつものクルシュじゃないっ、変っ!」

「ならどうしろっていうんだ……」


 へそを曲げたティティスは私の隣を去ってしまった。

 人にとっては些細なことでも、私にとってはそれは残念なことだった。


 私はずっと憧れていたのだ。

 かわいい女の子に左右を囲まれて街を歩くことに。


「でしたら私もティティスちゃんのように扱って下さい」

「それは無理です。私にとってはココロさんはココロさんなのです」


 私は忘れない。あの力強いお説教を。

 あのイーラジュ様すら怯ませるココロさんに、荒い口調を使う勇気は私にはない。


「あそこの人たちってなんでかみんな、ココロに敬語で話すんだよねー……。なんで?」


 それは、そうだろう。

 お説教モードに入った彼女を知っていればさもありなん、サモ・ハン・キンポー。


 私も兄弟子たちを差し置いて、ココロさんに乱暴な言葉を使うことなどできない。


「ところでなのだが、迷宮について詳しく教えてくれないか?」


 私は話題を変えた。


「ククルクルスにはあんなものはなかった。あれはなんなんだ?」


 すると効果覿面てきめんだった。

 私の隣から逃げてしまった赤毛の美少女が、再び隣に帰ってきてくれた。


 たったそれだけで私の胸には春がきた!


「あれは聖帝様が作られたのです」

「へ……? 作ったって……迷宮を……?」


「はい……」

「マ、マジか……」

「ふふーっ、どーだっ、すごいでしょ、あたしたちの聖帝様っ!」


 聖帝。なんとデタラメな存在であろうか。

 ティティスもココロさんも、聖帝の御業に驚く私の姿にどこか誇らしげだ。


「あ! 迷宮のとこの掲示板にね、モンスターの名前と部位が載ってるからさ、切り取って持って帰るとお金になるよ」

「部位を……? それは少し、なんかグロくて抵抗があるな……。モンスターを薬にでもするのか……?」


「さあ? ココロは知ってる?」

「……いえ。ただ聖帝様が、それを必要としていると聞き及んでいます」


 それこそ、なぜ?

 手柄を証明するためではないのか……?

 何に使うんだ、モンスターなんて……?


「あとね、ときどき食べ物とか、お宝が流れ着くよ!」

「キョウではお金を余らせている方いますから、そういった物には、結構な値段がつくそうです」

「面白い……。もし手に入ったらみんなでお祝いだな!」


「お酒は抜きでお願いします」

「あーっ、それ聞いた聞いたーっ! クルシュがイーラジュ様と裸で――」


 私は隣の美少女の口を手でふさいだ。

 それから情報のソースとおぼしきココロをさんを見た。


「すみません、あの日のことは、あまりにも衝撃的で……。友人に語らずにはいられませんでした……」

「いえ、見苦しい醜態をお見せいたしました……」


「タヌキ……」

「え……?」


「い、いえっ、なんでもありません……っ」


 そうこうしているうちに目的地が見えてきた。

 ソコノネの迷宮と呼ばれるその不思議な建物は、外壁をモルタルで覆った豆腐のような建物だった。


 神殿と呼ぶには飾り気が足りず、迷宮と呼ぶには人工的過ぎる。

 しかし四方を囲む鉄柵と堀の意図は明白だった。

 その建物の中には危険が潜んでいる。


「もうアンタに賭けてるんだから、がんばってよね! 予選敗退なんて許さないんだから!」

「がんばって下さい、クルシュさん。私も大会本戦で、貴方のことを応援してみたいです」


 私は今、幸せだ。

 私は憧れ続けてきた英雄の人生を踏み出し始めている。


「お二人ともありがとうございます。……じゃ、いってくるぜ!」


 得体の知れない豆腐の中に私は入った。

 モルタル。セメントを主成分にした近代建築材。

 これもまた聖帝の御業の一つなのだろう。


 いよいよこの存在は、私に近しくて遠い何かに感じられた。

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