・大会予選:ソコノネの迷宮 - 予選11回突破のトッパ -

 真っ先に連想したのはフードコートだった。

 ソコノネの迷宮の地上施設は、デパートのフードコートによく似ていた。


 外周は様々なテナント。

 内周は人が休めるテーブル席。

 そして中心核には多数のエレベーターが密集していた。


 私は入って後ろ側にある受付に立ち、あの青い竜のコインを見せた。


「はい、クルシュ様ですね。正午になったら番号でお呼びしますので、施設内でしばらくおくつろぎ下さい」

「あ、ああ……。なんか、お役所みてぇだな……」


 あるいは職業安定所……?

 事務対応しかしてくれない受付の前を離れ、適当な席で待った。


 中央のエレベーター群の前には大きな時計が設置されている。

 あと17分待てば試験開始の時刻だった。


 参加者たちがひっきりなしにエレベーターに乗り込み、地下へと消えてゆく光景は不気味だ。


「おや、確か貴方は、クルシュさんでしたか」

「へ……? あっ、アンタは、この前の――」


「トッパです。いや、奇遇ですなぁ……?」

「あ、ああ……」


 苦手な人に会ってしまった。

 


「私は57分に出発です。貴方は?」

「00分だ。トッパさんも大会参加者だったのか」


「ええ、こう見えて私、常連なんですよ。私の予選通過回数、知りたいですか?」

「あ、ああ、参考に……。それとこの前は、悪かったよ、軽率な発言だったよ……」


「私、これでも竜将大会の予選を11回突破しているんです。トッパだから突破ってね、うふふふ……」

「それは凄いな」


 人は見かけによらない。

 私の目にはそこまで強そうには見えなかった。 


「信じてないね、君? ほら、このコイン見て下さいよ、ここにサファイアが埋め込まれているでしょう? これが本戦入りした猛者の証なんですよ、ほら……っ」


 そんなコインを彼は11枚もひけらかしてくれた。

 やはり、彼とは気質が全く合いそうもない。


 へぇ、11回もアンタ負けているのか。

 場をわきまえない突然の自慢に対して、皮肉を言ってやりたくなった。


「おっと、時間のようだ」

「はぁっ、助かった……」


「運がよければまた下で会おう」

「下……?」


「ソコノネの迷宮は時折、混線を引き起こすのだよ。特に大会中は分単位で参加者を迷宮に降ろしているからね、ブッキングも珍しくない……」


 彼――いや、ヤツの顔から嘘くさい笑顔が消えた。

 残忍な細い目が、獲物を見るように俺を見ていた。


「いいなぁ……羨ましいなぁ……? イーラジュ様の道場で教わったという肩書きだけで、門下生が道場いっぱいに集まるそうだよ……。いいなぁぁ、ついてるなぁぁ、君ぃぃ……」


 私は好き好んで敵を作らない。

 敵は増えれば増えるほどに生きづらくなるものだと、自営業を通じて学んだ。


 しかしそんな私でも、この男はやはり受け付けない。


「下らねぇな」

「あ……? なんだとぉぉ……?」


 私はこの男の腐った性根が好かない。

 非常に不健全で未来のない思考回路をしている。


「テメェはイーラジュ様の名声に群がる害虫じゃねーか。人の名声で商売して、それがなんになる? 下らねぇ」

「ふ、ふふ……ふふふふ……自分は違うとでも、言うのかい……?」


「ああ、イーラジュはいずれ、この俺に最強の座を明け渡すことになるんだからな。……大陸最強となるのは、この俺だっ!!」


 目指すは、大陸最強!!

 いずれイーラジュ様もぶっとばす!!


「…………バ、バカじゃないのか、君……?」

「バカで何が悪い、バカでなきゃ武人になんてなんねーよっ」


 ちょうど時間のようだ。

 トッパは呆れのあまりか言葉すら失って、そのまま昇降機の中に消えた。


 ヤツが視界から消えると、自分の番号が呼ばれていたことに気付いた。

 指定のエレベーターに向かった。


「呼ばれたらすぐにきて下さい、次は失格にしますよ!」

「なら番号で呼ぶのを止めたらいいだろ」


「姓名は呼ばない。それが規則ですので」

「…………まあ、確かに、それはそれでまずいか」


 それがなんのトラブルを引き起こすかわからない。

 このエレベーターの下では、しばしば混線が引き起こされるそうなのだから。


「ご武運を」


 マニュアル通りの熱意のない祝福を受けて、ソコノネの迷宮で行われる予選に挑んだ。

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