・最強を目指していざキョウへ - ド素人、令嬢を救う -

 馬車から同世代くらいの太った男が出てきたとき、私は心から失望した。

 私の書店を救ってくれたあの売れ筋コミックたちなら、やんごとなき姫君や令嬢が出てくる場面だというのに。


「このたびはなんとお礼を言ったらよいか……。本当に助かりました、旅のお方……」

「男、か……」


「は?」

「女がよかった……」


 相手の顔を指さして、私は斬られた二の腕の止血処理をした。


「ふふふふっ、面白い武人さん! 女の子の方がよろしかったんですか?」

「お、おおっ、ちゃんといるじゃないか! うっ……」


 馬車から若い姫君が出てきた。

 それはオレンジ色の赤毛をラフなショートカットにした女性で、なかなか利発そうな顔立ちをしていた。


「おいっ、恩人殿に止血剤を!」

「いらね、それは傷の重い仲間に使ってくれよ」


「で、ですが……」

「一緒に戦ったやつに、死なれる方が迷惑だって」


 私は同行者である交易商人のことを思い出した。

 彼の馬車になら薬が余っているかもしれない。

 私が商人を呼びに向かうと、赤毛の彼女が背中を追ってきた。


 若い顔立ちに気を取られてしまったが、身軽な旅装束の下に意外なボリュームを感じた。


「あたしティティスッ、一緒に行こ!」

「あたし……?」


「あ、さっきのあれ外向けだから。それより傷、大丈夫……?」


 私は彼女、ティティスのことがすぐに気に入った。

 かく言う私も状況や相手に合わせて、態度を変える類の人間だった。


「これかっ? 実は結構ザックリやられてる、ほれ」

「うひぃっっ?! ちょ、うわっ、ウッギャァァッッ?!」


「はははっ、お前こういうのダメかぁー!」

「平気な人間の方が頭おかしいよーっっ!」


 交易商人はすぐに見つかった。

 彼はやはり薬を持っていた。

 ティティスに止血薬を二の腕に塗ってもらいながら、馬車で道を引き返した。


「素人なんて嘘じゃねぇですかーっ! 心配させねーで下さいよ、武人さん!」

「素人だって言ってんだろ。本気で死ぬかと、怖かったぜ……」

「うふふふっ、冗談がお上手な方♪」


 そっちの猫かぶりもなかなかだった。


「まったくですよ、武人――あ、そういや名前聞いてなかったなぁ? アンタなんて言うんだい、武人さん?」

「クルシュという。海の向こうのククルクルスから来た。キョウを目指している」


 私がそう明かすと、ティティスが嬉しそうに跳ねた。

 どうやら行き先は同じようだ。


「わたくしどももキョウの本店に帰るところでした! ご一緒、できそうですね……っ!」

「ははぁ、やっぱりなぁ。ってことは武人さんも、聖帝様の竜将大会に出るんですな?」


「竜将大会? もう開催時期なのか……?」

「知らなかったんですかい!?」


 私がキョウを目指しているのは、この世界最大の都を拠点にしたかったからだった。

 世界最強の国で、世界最高の訓練を受けて、私は本当のヒーローになりたい。


 そしてキョウ。ヤツカハギ帝国の京。その名前も気になっていた。


「クルシュ様なら予選突破確実ですわ! わたくし、大会が始まったら応援にいきます!」

「参加するとは一言も言ってねーぜ……?」


「参加するべきです! だって貴方に賭ければ大もうけ間違いなしですもの!」

「いきなり大穴狙いかよ……」


 竜将大会。

 それに勝つことは天下最強の証とされる。

 最強。天下一。考えるだけで私の胸は熱くなる。


「大損しても知らねーぜ」

「ないもん! クルシュはマジ強いもん、絶対優勝するもん!」


 素が出てしまっていることに気づかないくらいに、ティティスは本気でそう思ってくれていた。

 

「優勝って、お前な……」


 優勝すれば私が大陸最強だ。

 私が見込んだこの肉体には、最終的には最強に至る潜在能力がある。

 私はそう信じている。


「ま、その方がおもしれーかっ! なら優勝目指してがんばってみるかな!」

「ヤッハァァーッッ、盛り上がってきたーっっ♪ ……あ。や、やっはー、やっはっはー、ですわ……」


 ティティスと話していると心が若くなる。

 いつしかヒーローの隣で戦う自分の姿すら空想しなくなった私に、自由な妄想力をくれる。


 私の目には今、大喝采の決勝戦で最強の座を手にする私が見えた。


―――――――

 スキル覚醒

―――――――


極限状態を乗り越えたことで、クルシュの中のスキルが覚醒した


【剣術LV1】

 一般的な一兵卒になれる才能

【止血力LV1】→【止血力LV2】

 傷の治りが常人の2倍→3倍

【AGI+100】

 常人を1として敏捷性に+1.00倍ボーナス


以上

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る