今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん

最強厨、祖国を捨て上洛す

・最強を目指していざキョウへ - ド素人、暗殺者と出会う -

 生前の私は酷い運動音痴だった。

 ドッジボールやサッカーで女子にチヤホヤされる男子が羨ましくてたまらなかった。


 そんな幼い頃の私の夢は、漫画の世界でヒーローの相棒になって、彼らと共に戦うことだった。


 何度も妄想した。

 ヒーローと肩を並べて、華々しく敵を蹴散らしてゆく私を。


 やがて負けヒロインの女の子とも仲良くなってしまったりして、その子と円満に幸せになる妄想に浸ることも多かった。


 実家が地方書店の経営者であったからかな。

 とにかく私は漫画。特にバトル漫画が大好きだった。


 まあ、私の代で父の店を潰してしまったがね……。

 だが今振り返ってみると、苦労は多かったが、さほど悪くもない人生だった。


「ちょっと武人さん……っ、気持ちよく船を漕いでるところ悪いんだけど……っ」

「……んがっ?」


 そして一つの人生が終わり、私は転生した。

 転生した事実に気づいたのは25歳の4月。つい先月のことだった。


「起きて下せぇよ、武人さん……っ」

「あ、ああ……? なんだよ、いい女の夢見てたのによぉ……」


「そんなことより耳っ、耳を澄ませて下さいっ」

「つーか、俺は武人じゃねーよ。……まだな」


 私は私を止めて、俺になった。

 わけあって、生前から憧れ続けていた夢を叶えることに決めた。


 風音に混じって、剣がぶつかり合う金属音が遠く聞こえてきた。

 恐ろしい音だ。

 交易商の男が焦るわけだった。


「ど、どうしましょう、武人さん……っ、ちょっとっ、様子を見てきてくれませんか……っ!?」


 私が憧れたヒーローたちならば、ここでずいと前に出て戦いに身を投じるだろう。


「なんでキョウに着く前にこんなことに……」

「とにかく私は隠れます! 武人さんは偵察をお願いしますっ!」


「しょうがねぇ、マジで素人だけど、一応行ってくるわ」

「そんな立派な刀腰に吊して何を言ってるんですっ!」


「俺は形から入るタイプなんだよ」


 私は素人だ。

 新しい人生を始めたくて財産を処分し、この刀と鎧を買った。


 丘の向こうでいまだ繰り広げられている戦闘に、私は異様に自由の利くこの肉体で静かに忍び寄った。


 そこには恐ろしい光景があった。

 悪名高き暗殺教団のアサシンたちが、赤木を使った立派な馬車と、軽装鎧の護衛たちを囲んでいた。

 多くの護衛、暗殺者たちが倒れ、大地を赤く汚していた。


 これに介入したら私は死ぬだろう。

 だが私が憧れたヒーローたちならば、ここでためらわない。

 必ず血溜まりの戦場に身を投じ、あの恐ろしい黒衣の集団に斬りかかるだろう。


「まっ、いざとなったら逃げればいいかっ」


 私は茂みを利用して黒衣の暗殺者の背後に回り込むと、隙だらけの敵の背中を袈裟斬りにした。


「ウリャッッ!!」


 人を斬った罪悪感?

 こちらでの人生もまあ長い。

 そんなものは既に擦り切れていたようだった。


「おおっ?!! 救援、感謝するっっ! 我らは名門テイスペス家の者っ、どうか我らのお世継ぎ様をお守り下さいっ!」

「素人なんだけどな……」


 しかし私の思っていた通りだ。

 今日まで武とは無縁の生活をしてきたこの肉体には、なぜかはわからないが、底知れない潜在能力が秘められていた。


「そっちに行ったぞ、若者!!」

「う、うお……っ?!」


 私はまだ素人だというのに、立て続けに暗殺者が2名も懐に飛び込んできた。

 それを我ながら気持ち悪いバックステップでやり過ごし、思いの外に動く両手で刀を薙いだ。


 それがたまたま敵の意表を突いて、まさかの勝利に繋がった。


「お、おおっ、なんという武勇だ!!」


 今の私はスーパーヒーローのようだった。

 ただこの戦い、端から風色が悪い。

 このままだと私は本当のヒーローになる前に、哀れな無縁仏となってしまう。


 今度は暗殺者3名に正面を囲まれてしまった。

 今さらゴメンナサイは通じない。


「シネ……」

「上等だっ、これを俺の英雄伝説のっ、ファーストバトルにしてやるっっ!!」


 私はこの肉体の恐るべき潜在能力を信じて、暗殺者たちを迎え撃った。

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