黄金林檎の落つる頃/落書きの詩

秋色

落書きの詩

 黄金林檎落つ 胸のとどろき一つと共に


 これは、地元のある洞窟の奥に彫られていた大昔の詩。そのままでは読めなかった文字を、学者が現代語に訳している。

 これが何十年も前に発見された時には、ニュースでも取り上げられたそうだ。おそらくほのぼのとした感じのニュースだったんだろう。

 この落書きのレプリカは郷土史博物館に今も展示されている。

 そしてここに一人の学者がいる。

 とても悲観主義な考え方の学者。世界史、郷土史の両方に詳しく、本を出している位の人。本の帯のキャッチコピーは、『歴史の闇と悲劇性』。

 通称、カナシミ先生。

 そのカナシミ先生が、この詩について、ある説を発表し、それが国内に、そして世界に波紋を起こす事となった。


 それは、この詩は、世界の滅亡の予言だという説だ。


 つまり、黄金林檎というのは太陽で、落つるというのは太陽フレアを意味するのではないかという説。

 あまりに過激で衝撃的な説であるため、この発言を水面下で押さえようと必死になる人達が現れた。

 かと思うと、この説をすっかり信じて、これは世界の終わりの予言に違いないと主張するグループも現れて。

 そして冬がやって来た。


 ***


「かなり大事件になってきたね。カナシミ先生の説」と私。


「うん。でも本当に予言なのかな。たとえそうだとしてもそれを僕は見届けられそうもないよ。興味津々なのにザンネン」

 病院のベッドに横たわった涼人君が言う。涼人君と私は幼なじみで、小学校入学から高校生の今までずっと同じ学校、同じクラス。ただし涼人君は、高校入学の半年後から高二の二学期の今日までずっと入院と退院を繰り返している。


「そんな事ないよ。病気、きっと良くなるよ!」


「じゃ、サヤカは僕に太陽フレアの恐怖味わせたい?」


「そういうわけじゃないけど。病気は良くなるよ。それにあの詩が予言なんてわけないし!」



 私は涼人君にきっぱりそう言った。

 そうだ。予言なわけない。

「ほら、窓の外を見て」


 病院の窓から市街地のビル群に落ちようとしている金色の夕日が見えた。


「なるほど! あれが黄金林檎か! きれいな林檎だね」



 涼人君のなるほどという顔。そして窓の向こうの太陽を掴み、かじるジェスチャーをした。



「じゃあ次の『胸のとどろき一つ』というのはどういう意味? やっぱり爆発なんじゃね?」



「さあ……」と私は言葉に詰まる。


 答えが分からなかったわけじゃないけど。



 ***


 やがて春が来た。世間は、、カナシミ先生とは違う考え方の方を支持するようになった。

 つまり、「黄金林檎落つ」というのは太陽フレアの事ではなく、もっと個人的な、心象風景であるという考え。そして終末論を支持し、世間に不安を煽る声も徐々に消えていった。


 そんな考えはどこかへ捨てて、皆、陽の光の下で笑い、楽しんでいる。




「カナシミ先生の説、消えちゃったね。確かに、世間を騒がせてみんなの不安を煽るような説だったけど」

 と涼人君が少し息苦しそうに話す。


「涼人君、大丈夫? 看護師さん呼ぼうか?」


「いや、大丈夫。もうすぐ夕焼けが始まるから。夕日が落ちるのを見ると気分が良くなるんだ。やっぱり落ちる林檎って、サヤカの言うように夕陽の事だな」


「そう思う? あの詩は、やっぱり太陽フレアの事なんかじゃないよね」


「だから世界は大丈夫」


「大丈夫……かどうかは分からないけど」


「え? ここにきてサヤカも悲観主義者になったんだ」


「そんなわけではないけど」


 そんなわけでもないけど、たとえ地球が大丈夫でも、涼人君がもしいなくなったら、私の世界は終わるだろう、そう思っただけ。


「そう言えば……」涼人君が思い出したように口を開く。


「そう言えば、何?」


「『胸のとどろき一つ』というのはどういう意味だったんだっけ? いつかサヤカから聞きそびれていたような」


「なんだろうね……」その一言しか出て来なかった。



 答えが分からなかったわけじゃない。

 だって当たり前。

「胸のとどろき」なんて言葉、他に使う?

 今こうして一緒に夕日を見ている私の心に、大きな鐘の音がとどろいた。


〈Fin〉


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黄金林檎の落つる頃/落書きの詩 秋色 @autumn-hue

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