第8話 反攻は見えぬところで進む

西暦2029(令和11)年11月18日 サラニア諸島


 日本がローレシア皇国と正式な交戦状態に入って2か月。サラニア諸島のある港で、1隻の商船が警笛を鳴らしながら出航しようとしていた。


「船長、皇国の軍艦が出航を取りやめる様に求めて来ていやす。どうしますか?」


 商船の船橋にて、魔導通信機で港湾管理局とやり取りしていた乗組員が報告を上げ、しかし船長は鼻を鳴らしながら答える。


「その点については心配せずとも良い。そろそろ『商会』が奴らに『駄賃』をくれてやる筈だ」


 船長がそう言ったその時、新たな通信が入って来る。彼はヘッドホンを耳に当て、通信を聞く。


『こちら港湾管理局、そのまま出航されたし。航海の無事を祈る』


「…な?全速前進、さっさと行くぞ」


 スピーカーで港湾管理局からの指示を聞いていた船長は指示を出し、商船は針路を南へ取る。そうして2日程経った頃、商船の目前に1隻の船が現れる。それを乗組員は双眼鏡で見つけ、船長に報告する。


「船長、例の船が来やした。『商会』からの『お遣い』を求めてきていやす」


「よし、『お客さん』を送ってやれ。今回はあちらからも『お客さん』が来るからな」


 船長の指示に従い、商船は相手の船の隣に位置。そしてランチを降ろし、数人の乗員がそれらを用いて互いの船を行き交う。そうして乗り込んできた男は船長に挨拶をかける。


「初めまして、船長。これから数日お世話になります」


「どうも、旦那。『商会』の方から話は聞いてるぜ。おい、旦那達を船室の方へ案内してやりな」


 船長の指示に従い、乗組員が二人の日本人を船室へと案内していく。そして船室に入り、会話を始める。


「しかし、相手さんは随分と根回しがいいですね。本当に交戦国なんですかね?」


「相手さんとこにも、我が国とだらだら戦争しているのを好まないのが結構いるという事だ。何せ正規の国交が無いんだ、戦争終結の手続きが取れないままは拙いだろう…にしては随分と手際が良いのは気になるところだな」


 二人はそんな事を話しながら、この船の向かう先に思いを馳せた。


・・・


西暦2029年11月24日 クロド王国首都クロデイル サラニア王国大使館


「姫様、良くぞ無事でいてくれました…!」


 サラニア王国亡命政府の置かれている大使館にて、数人の男達がセレシアの前で跪く。彼らはサラニア諸島から亡命に成功した軍人達であった。


「皆様、どうぞ顔を上げて下さい。今の私達には皆様の様な同志が必要不可欠なのです」


「しかし、ミズホはいつの間にか、あの様な空飛ぶ乗り物を生み出していたとは…文明圏外国でありながら驚きしかありません。やはり『余所者』のもたらせる力といったところでしょうかな」


「…」


 一人の言葉に、セレシアは複雑そうな表情を浮かべる。と背後で控えていたアベルフ将軍が口を開く。


「皆の者、翌日より亡命政府軍は2か月かけて演習を行う。錆びついた腕を鍛え直す好機だ、しっかり挑め」


『ははっ!』


 亡国の兵達は揃って応じた。


 なお翌日、彼らは海自護衛艦の艦砲射撃訓練を目の当たりにして腰を抜かし、格闘訓練でも日本伝統の柔術とアメリカ仕込みのCQBの前に膝を屈する事となる。


・・・


内閣総理大臣官邸


「現在、防衛装備品の再生産は順調に進んでおります。まず砲弾はアメリカや台湾からの融通がある事と、台湾にて生産された半導体の供給により、誘導兵器の再生産が順調に進められているためです」


 経済産業大臣が説明し、森野総理は頷いて答える。何せ総力戦までには至らずとも、それに近しい規模で戦争を行っているのだ。減るものは相応に減っていた。


「また艦砲の砲身の再生産も進められており、次の作戦までには何とか間に合いそうです。統合作戦司令部は今度の作戦では大規模な艦砲射撃が予定されており、火砲の重要性は非常に高いとの事です」


「それと、宇宙航空研究開発機構JAXAより吉報です。来月には最初の衛星打ち上げが開始され、月に2度のペースでGPS衛星と気象衛星を軌道上に展開できるようになるとの事です。自衛隊でGPSが使える様になるのはあと1年はかかりそうですが、少なくとも市民生活を平常に戻す事は出来るかと…」


「そうですか、それは何よりです。情報調査室サイロは引き続き情報収集を進めて下さい」


 森野は赤石にそう指示を出し、一息入れる。と秘書官がお茶を淹れつつ、話題を振って来る。


「そう言えば、少し前にミズホ王国にてとある魔法具が発明されたそうです。なんでも、自然に漂う魔力の素を吸収して増幅させ、魔力を持たない人でも魔法を使える様にするものだとか…もしも魔法が使える様になったら、総理はどの様な事をしたいですか?」


「魔法、ですか…私であれば、もっと元気になれる魔法ですかね。政治家として長く活動するためには元気こそが必要ですから…思想が過激に偏った人は『気に入らない人を消し去る魔法』なんて物騒なものを欲しがりそうですが」


「…そうして自分だけがちやほやされる世界の先は、寂しい終わりだけですよ。だからこそ転移以前にネットで政府の誹謗中傷を繰り返していた人は、社会の中で村八分を受けているのですから」


 一度既存の社会が崩れた影響は、為政者を貶める事を使命としてきた者達に想像を絶する苦行をもたらしていた。運動家の類もそれを煽って政権の転覆を目論んだが、政府による安定を望む社会からは狂人の類とみなされ、政府や警察が動く前に、大多数が『私刑』によって妥当な末路を迎えていた。


「ともあれ、私達政府は何としてでも、転移以前の平和な社会を取り戻さなければなりません。運動家や扇動家の身に起きた悲劇は社会が崩壊した後の私達が迎えるかもしれない『もしも』の光景なのですから」


 森野はそう言って、自らも戒めるのだった。

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