第4話 親征艦隊、出撃
皇国暦129年9月21日 グラン・ローレシア皇国北西部 バレスト
グラン・ローレシア皇国本土の北西部にある港湾都市バレスト。その港湾部にある艦隊司令部で、西海艦隊司令官のアルフォンス・デ・トラウス提督は燻っていた。
「皇国は此度の侵攻作戦にて、皇太子含む皇国貴族の大半が戦闘に参加するとの事です。ですが我が西海艦隊はこのまま待機せよとの事です」
「我らはここで居留守か…あの懐古主義者共め…」
トラウスは不満をあらわにする。10年前よりローレシア皇国は新たな軍事兵器の開発を押し進め、戦力の拡大に邁進していた。当然民間にもバックフィットされ、自動車や蒸気船、そして内燃機関を採用した飛行機は文明をより先進的にさせている。
だが、此度の侵攻作戦で皇国上層部は、既存戦力のみで大東洋を蹂躙するという。その規模は戦列艦72隻、竜母12隻、帆走巡洋艦144隻、揚陸艦72隻の合計300隻。碧鱗竜は竜母搭載騎に加えてサラニア諸島等の属領からも展開し、合計480騎。将兵は陸海軍合わせて12万を超える。
その理由は、将兵の指揮官達にあった。皇太子を最高司令官とし、皇国の大貴族の当主またはその息子達が華々しい『戦果』を手に入れるべく参戦するというのだ。政治的な理由にしては私情が多すぎる都合に、トラウスは呆れていた。
「今更、騎士が騎馬に跨りながら並みいる魔物どもを蹴散らす事など夢物語だというのに…この手の戦争は我ら職業軍人に一任すればよいのに…」
「それは同感ですな、提督。とはいえ大東洋の国々は既存の戦力で十二分に蹴散らせる技術水準と兵力です。それに我らの主な敵は西の大国カルスライヒ…我らはただ、来る列強同士の決戦に備えて刃を研ぎ続けるのみです」
幕僚の言葉に、トラウス提督は応じる様に頷いた。
この翌日、グラン・ローレシア皇国政府は皇都エストクエーテにてロイター逓信社も招いて盛大な出陣式を実施。300隻の大艦隊と12万の将兵は全ての文明圏外国を併呑するべく東へ針路を取った。
・・・
西暦2029(令和11)年10月6日 ミズホ王国南東部 首都イズモ市
この日、ミズホ王国の首都であるイズモ市の港湾には、海上自衛隊の輸送艦隊とその護衛艦隊が到着していた。3隻のおおすみ型輸送艦に6隻のLCACエアクッション揚陸艇、自衛隊海上輸送群に属するくじゅうくり型輸送艦2隻、米海軍第7艦隊の揚陸艦3隻、そして民間よりチャーターしているカーフェリー2隻の計16隻が動員され、陸上自衛隊第8師団の戦闘団を展開させていた。
「こ、これはなんと巨大な船なのだ!」
「これがニホンの軍艦か…」
「見ろ!船から鉄の怪物が次々港に降りて来ているぞ!浜辺に乗り上げている船からもだ!」
「あれが例の鉄の羽虫か?羽音が喧しいな…」
「これらすべてが我が国の味方となるらしいぞ!これで我が国も勝ったな…」
異国の艦隊を一目見ようと、首都市民が野次馬となって集まっていた。ミズホの地に降り立つ各種装甲車両や、護衛艦から飛び立ち、空を飛行する〈SH-60K〉対潜哨戒ヘリコプターを、彼らは驚きと感激の目で見ている。その近くには、ミズホ王国の危機を救うべく、大東洋各国より馳せ参じた帆船や蒸気船が数十隻も集っていたが、海上自衛隊の護衛艦や輸送艦に比べると小さく見えた。
そんな中、ミズホ国王エヒト・オオミヤと宰相達は、丘の上にある王城の天守閣から、港の様子を見つめていた。日本は松本城のそれに似た黒い天守より、エヒト王は海上自衛隊の護衛艦群とアメリカ海軍水上艦部隊、台湾海軍艦隊をまじまじと見つめる。
「これはなんとも荘厳な…」
「だが、トダの言う様に、あの様な巨大な軍艦を何十隻も持っているのであれば、皇国軍の侵攻も一ひねりに出来るだろうな」
日本軍の異様な姿を目にして、希望の光を感じていたエヒト王は、宰相に兵力の集まり具合について尋ねた。日本から派遣された自衛隊の上陸に前後して、大東洋に存在する同盟国の多くから援軍が派遣されてきていた。
「現在、9か国がこの戦いへの参戦を表明し、そのほとんどの兵士が既に到着しております。ですが…知らせによると、此方へ向かっている皇国軍によって、ミクリア王国とパレア公国は既に落とされたとの事です」
「そうか…」
宰相の報告から、二つの国が既に犠牲になってしまったことを知り、エヒト王は心を痛める。
「…皇国軍を追い遣った暁には、すぐに援軍を派遣せねばな。それと、集結した9か国の艦隊にはニホン軍の邪魔をしないように十分に伝えておけ。彼の国の軍事力は隔絶しているからな」
「御意に、陛下」
エヒト達がそう話し合っている中、海上自衛隊第1水上戦群の旗艦を担う護衛艦「いずも」、その
「ロイター逓信社の報道や、占領されたバレア公国のレジスタンスからの情報によると、皇国艦隊は2日後にはミズホ王国の領海に到達。降伏勧告を行った後に侵攻を開始するとの事だ。その際、飛竜騎兵団の碧鱗竜240騎が展開し、先陣を切るという。恐らくはタガを強襲した際に用いた魔法を手段とする様だ」
中谷司令が説明し、ミズホ王国よりオブサーバーとして派遣されている海軍佐官のタガシマが口を開く。
「あの時、皇国軍が用いたのは古代魔法の一種である『転送魔法』だと、国立魔法学院は推測しております。数千年昔の古代魔法文明が発明したもので、とっくの昔に失われた筈のものです。皇国はこれを再現したと思われます」
その説明に、緊張が走る。如何に優秀なレーダーを持っている側と言えど、艦砲や
「ですが、一度は失われた魔法を再現しているのです。何らかの制限や欠陥を抱えている可能性があります。それにタガ近海に現れた敵艦隊は、同じ魔法を使わずにそのまま西へ向かっております。恐らくは往復するのは困難ないし不可能なのでしょう。それに相手は正々堂々と侵攻を仕掛けると公言しています。こちらが迎撃態勢を整えているところに真っ向からぶつかりに行くはずですから、奇襲はしてこないでしょう」
「ふむ…つまりは、相手は相当に慢心した状態で攻め込んでくるという訳か。であればこちらとしてもやりやすいですな」
自衛官の一人が呟き、中谷は頷く。そして言った。
「本艦隊は大東洋諸国の連合艦隊と共に、北西部海域に展開。真正面より相対する。しかし敵の転送魔法を用いた奇襲に備え、陸自及び空自は常時目視による警戒を実施。第11・第12護衛隊もミズホ王国の東側海域で警戒を厳にせよ」
『了解!』
・・・
都内の某所にて、会長は山田より再び報告を受ける。
「逓信社は予定通り、バレア公国にて報道チームを下船。その後、商会の手を借りてレジスタンスと合流します。これによって海戦は日本の思う通りに進められる事でしょう」
「うむ…海戦の結果は既定路線だ。だが問題は、西海艦隊をローレシア上層部が如何様に用いるかだ。何せ此度の遠征では、皇太子含む皇族数名と、大貴族の当主ないし子息が参加するのだからな。勝てば栄誉を得られるが、負ければ彼らは…」
そこまで言って、口を噤む。そして東京の街並みを見つめながら、小さく呟いた。
「…所詮、我らは他者の命で生きていかねばならないのだ。皇国は真に、愚かしい道を選んだものだよ」
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