第5話 ミズホ島沖海戦
西暦2029(令和11)年10月8日 ミズホ王国北西沖合 西ミズホ海
洋上を数十隻の巨大な艦船が進む。海上自衛隊第1水上戦群を主体とした多国籍艦隊は、ローレシア海軍の親征軍を迎え撃つべく横に広がって進んでいた。
その規模は大きく、「いずも」を旗艦とした海自護衛艦12隻、米海軍第7艦隊に属するミサイル駆逐艦6隻、台湾海軍より派遣された2隻のミサイル駆逐艦に4隻のミサイルフリゲート艦の計24隻。その陣容はまさしく重厚そのものだった。
『こちらJ-WACS、敵艦隊を捕捉した。航空戦力も多数展開されている。今のところ、不意に別地点に敵戦力が出現する兆候は見受けられず』
「了解した。艦長、直ちに〈ライトニング〉を上げろ。空自にも応援を要請」
「いずも」の
「了解。航空隊、直ちに発艦せよ。艦隊全艦、対空戦闘用意」
命令を受け、甲板上が慌ただしくなる。現在「いずも」には航空自衛隊第307飛行隊に属する10機のF-35B〈ライトニングⅡ〉戦闘機が搭載されており、胴体内兵器倉にミサイルを4発、胴体下部に25ミリガンポッドを装備した〈F-35B〉は次々と長方形の甲板を滑走し、空へ上がっていく。
同時にミズホ国内の飛行場では航空宇宙自衛隊第204飛行隊に属するF-15J〈イーグル〉戦闘機が離陸し、戦列に加わる。その地上では陸上自衛隊高射特科部隊が敵の魔法を用いた強襲に警戒心を露わにしていた。
「司令、警告を発しますか?」
高野の問いに、中谷は首を振る。すでに相手はメディアを通じて敵意を表明しており、しかも指揮官の多くが戦場での『亜人狩り』をスポーツか何かの感覚で行おうとしている貴族なのだ。この先彼らがミズホの地で行おうとする外道を止めるためには、戦闘は不可避だった。
「…艦隊全艦、前進せよ。敵航空戦力を殲滅したのを確認してから、敵艦隊へ接近。艦砲射撃によって撃破する」
・・・
斯くして、戦闘は始まった。それは侵攻側であるローレシア軍にとって青天の霹靂であった。
「ケストレル1、
隊長機の命令一過、10機の〈F-35B〉が高度6000メートルより急降下。高度3000メートルを呑気に飛行していた240騎の碧鱗竜の編隊へ強襲を仕掛ける。胴体内兵器倉のハッチが開かれ、レーダーで捉えた敵騎に向けてAIM-120C〈
「な、何事か!?」
飛竜騎部隊を率いていた指揮官は動揺を露わにする。が、急上昇に転じた10機の黒い刃は身を翻し、今度はAIM-9X〈サイドワインダー〉空対空ミサイルを発射。変温動物であるために赤外線シーカーに捉えられる程の体温を纏っていた碧鱗竜に正確に命中していく。
「くそ、迎え撃て!我らが飛竜騎兵団の誇りを見せ―」
指揮官は怒鳴るものの、直後に25ミリ徹甲弾の驟雨が彼の言葉を身体こと木端微塵に砕く。そうして50騎が一方的に撃墜された後、今度は20機の〈イーグル〉が襲い掛かる。視界外より一斉に放たれた99式空対空誘導弾は敵に回避の暇を与える事無く命中し、僅か数秒で40騎が何も出来ずに蒼空に散る。
「メイジ1、エンゲージ!掛かるぞ!」
『了解!』
20機の鋼鉄の鷲は急接近し、敵編隊を崩す。空を飛ぶ生物として桁違いに大きい碧鱗竜は火器管制レーダーの捕捉から逃れる事は出来ず、次々とミサイルの餌食になっていく。
何騎かは高度を下げて陸地の方に針路を向けるも、マッハ2.2の超音速はそれを逃さない。直ぐに追いつき、04式空対空誘導弾を発射。全てのミサイルを撃ち切った機は20ミリバルカン砲にて仕留める。
気付けば、敵が飛び去った後に飛んでいるのは僅か10騎程度だった。生き残った飛竜騎士達は深い絶望に囚われる。その眼下にて敵艦隊へと歩を進めていた多国籍艦隊は、ついに敵艦隊を視界に捉えた。
「艦隊全艦、砲撃準備。敵航空戦力と合わせて対抗する事となる、気を抜くなよ」
「了解。全艦、合戦準備!対水上、対空戦闘用意!」
高野艦長は指示を出し、前衛を担う8隻の護衛艦は横陣のまま前進。左右に展開する米艦隊・台湾海軍艦隊とともに目標を捕捉していく。その動向は親征軍艦隊の旗艦を務める戦列艦「ユニフィカーター・デ・イストレシア」の船楼からも見えていた。
「な、何だあの巨大な船の群れは!?」
「ミズホの奴隷どもめ、一体なにを拵えた…!」
艦隊幕僚の名目で戦闘に参加してきた貴族の多くがざわめく中、親征軍司令官を務めるカルロス・デ・アストレアス皇太子は舌打ちを打つ。
「ミズホめ、面妖な真似をしてきおって…竜母は直ちに飛竜騎を展開!艦隊はそのまま前進し、物量で圧し潰せ!全艦全速前進!」
もはや子守の仕事すらさせてもらえない艦隊司令官を横目に、カルロスは指示を飛ばす。各艦では魔導師が魔法具を起動させて人工的に風を起こし、速力を上げていく。艦隊の大半は蒸気機関を搭載しない純粋な帆船であるが、この魔法によって艦隊は無風状態でも常に進む事が出来る。さらに艦体は魔法で強化された鉄板で覆われており、生半可な魔法攻撃やカノン砲による砲撃は弾く。極めつけは舷側に多数配置された魔導砲であり、炸裂魔法を封じ込めた砲弾を多量に投射する事で敵艦を破壊する事が出来る。
故に、近距離での砲撃戦ならば物量に勝るこちらが勝てると踏んでいた。そうして艦隊は間合いを詰めるべく前進し、距離を詰めていく。竜母からは次々と碧鱗竜が飛び立ち、空襲を仕掛けるべく空中で編隊を組み始める。だがその中で先に攻撃を仕掛けたのは日本側だった。
「主砲、撃ちー方、始め!」
各艦艦長の号令一過、12.7センチ単装速射砲が火を噴く。3秒に1発のペースで重量30キログラムの榴弾を投射するそれは、高性能な射撃管制装置によって20キロメートル先の敵艦に対し、寸分の狂いもなく命中。そしてその炸裂は船体の大半が木材で出来た戦列艦を容易く破壊した。
「て、敵艦隊発砲してきました!」
「馬鹿な、この距離で撃ってきただと!?」
敵の攻撃に、多くの兵士が驚く。しかもその砲撃は正面からだけでなく、左右からも同様に飛んできていた。20隻の水上艦から放たれる砲撃の雨は300隻もの大軍を削り落としていき、撃沈数を増やしていく。
「くそ、反撃しろ!」
「無理です、敵はこちらの射程外から一方的に撃ってきます!しかもかなり射程が長いです!」
将兵達が動揺を隠せない合間にも、碧鱗竜の編隊は敵を排除するべく三方向へ飛び始める。如何に相手が強大な火力を有していると言えども、空から数十騎もの飛竜の大群が襲い掛かればひとたまりもないだろう。
「者共、かかれ!これ以上好き勝手させるな!」
上空3000メートルに位置した碧鱗竜は、騎乗する竜騎兵の指示の下、敵艦隊に向けて突撃を開始する。とその時、敵艦の甲板から白い煙が噴き出し、同時に幾つもの光が迫り来た。
その正体は、艦隊各艦より放たれた艦対空ミサイルだった。海自艦隊と米艦隊からは
「ば、バカな…」
「碧鱗竜が、こうも呆気なく…」
自慢の航空戦力が容易く撃墜されていき、多くの将兵は深い失望へと叩き落とされる。その間も砲撃は続き、戦闘開始から僅か10分で艦船の数は三分の一の100隻程度にまで減らされていた。カルロス皇太子の乗る旗艦「ユニフィカーター・デ・イストレシア」も右舷に12.7センチ砲弾の直撃弾を食らい、大破。生き残った乗員の多くは木片にしがみ付いて浮かぶのみだった。
「くそ、撤退だ!逃げろ!」
「こんなところで死ねるかよ…!」
ついに陣形は崩壊し、まだ砲撃が及んでいない艦は反転を開始。その場から逃げ始める。その様子は多国籍艦隊からも捉えられており、「いずも」のFICにその報告が飛び込んでくる。
「司令、敵艦隊は撤退を開始。漂流者を見捨てて逃げていきます」
「決まったな。追撃は不要、この場で未だに抗う艦のみを攻撃せよ。戦闘終了後、敵兵の救助を開始する。大東洋の艦隊にも支援を要請してくれ、いくら敵の兵士だとしても、海で苦しむ者は見捨てないのが船乗りというものだからな」
中谷は部下達に指示を出す。実際、生き残った者達から聞き出したい事はあるし、自分達が蛮族ではない事の証人になってもらう必要があった。
斯くして、後に『ミズホ島沖海戦』と呼ばれる事になる戦闘にて、多国籍軍艦隊24隻はグラン・ローレシア皇国海軍親征艦隊と交戦し、完勝。300隻中210隻を撃沈し、碧鱗竜も竜母と同時に撃破したのを含め460騎を撃墜。20隻程度の艦船と碧鱗竜20騎が降伏し、70隻は拠点としていたサラニア王国へと撤退した。この戦闘によってローレシア皇国軍は大規模な外征能力を失い、大東洋における制海権を日本側に引き渡す事となる。
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