第6話 海戦の影響
西暦2029(令和11)年10月9日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸地下
この日、内閣危機管理センターの会議室では、先の戦闘の振り返りと今後の戦略検討をメインとした会議が執り行われていた。画面に複数の地図が投影される中、統合幕僚長が説明を行う。
「統合作戦司令部は此度の戦闘によって、皇国軍は大規模な外征を行う事が不可能となったと推測しております。先ず公的に判明している皇国海軍の艦艇保有数は戦列艦144隻、竜母24隻、フリゲート艦288隻、揚陸艦144隻の600隻程度。その半分近くを喪失したため、既存艦艇の運用ローテに大きな乱れが生じるからです」
造船所では新しい船舶の建造以外にも、既存船舶の整備や老朽化した船舶の解体が行われる。海軍は特に既存の艦船の整備を定期的に行って長期間運用しなければならず、新規建造から就役までの空白を如何に穴埋めするかが重要であった。
その既存艦艇をごっそりと失い、外征に用いる事の出来る余剰が物理的に消えたため、ローレシア皇国は既存の属領の治安維持と本国領海の防衛で精いっぱいな状況に陥ったのである。応急策として船舶の新規建造と、解体予定の老朽艦の再就役で数は合わせるだろうが、将兵を8万以上も失ったローレシア側にベテランの船乗りを穴埋めできる程の余裕はないと思われていた。
「さて、ここからの方針ですが…我が国が彼の国に要求するのは以下の三つ。タガ空襲に対する我が国及びミズホ王国への謝罪と賠償、戦争責任者の身柄引き渡し、そして正当な国交締結です。この要求は近年我が国に進出してきたロイター逓信社を介してローレシア側に伝えます。第三国を介しての外交手段による通達も考えましたが、この手段の方が信頼性も高く、手っ取り早いと考え、この形としました」
大川官房長官はそう言い、参加者の多くは頷く。この世界では『政府の公式会見にあるもの、国の意志とロイターの魔導記者』と言われる程にロイター逓信社の取材が重要視されており、政府の情報機関もロイター逓信社から取材許可と引き換えにこの世界の様々な情報を仕入れていた。
「皇国内部ではすでに、此度の損害の影響が出ており、複数の貴族が断絶、ないし衰退を迎えているそうです。正規の相続を行わないまま当主と後継者が戦死した事に寄り、皇国の主要な産業にも混乱が発生しているとの事です。軍は戦力の回復を早急に進める方針としているそうですが、計画は年単位に及び、直ぐに再度侵攻を仕掛けてくるとは考え難いでしょう」
内閣情報調査室のトップである
「では、我が国はさらに一手、手を打つべきだろう。ただ一つの戦闘のみで終わらないのが戦争だ、彼の国に対して決定打を与えるべきだ」
森野の言葉に、全ての閣僚は頷いた。
・・・
西暦2029(令和11)年10月11日 クロド王国首都クロデイル
ミズホ王国から北西の位置にあり、ローレシア皇国軍親征艦隊襲来の際には援軍を派遣していた島国クロド王国。ミズホ王国陥落後は自国が次に落とされると危惧していたが、その脅威たる親征艦隊が壊滅したため、難を逃れていた。
そして先日、首都クロデイルに本拠を置く『サラニア王国亡命政府』から、日本政府と会談の場を設けたいという申し出があったと、クロド王国外務局より日本国大使館に伝えられたのだ。その為に日本政府代表として、クロド王国大使である
「サラニア王国とはこの島とイストレシア大陸のちょうど中間地点に位置する島国です。ちょうど3か月くらい前、貴国と国交を結んで3か月が経った頃にローレシア皇国からの宣戦を受け、1か月にも満たない戦いの末に首都ソラスを堕とされてしまい、一部の王族と政府首脳がこの国へと逃れて来ました。我らが国王陛下は彼らを受け入れ、この国での亡命政府の設置を許可したのです」
会談場所である亡命政府本拠地に向かう車の中、クロド王国の外務局長であるセレア・ニフラスは、サラニア王国に関する情報と、その国の亡命政府が此処クロデイルに存在している経緯について説明していた。その隣にはミズホ王国外務大臣である戸田の姿。
「ミズホ島沖海戦の後、彼らは貴国との対談を望みました。恐らくはロイター逓信社の報道から知って、援軍を求める運びに至ったのでしょう。彼らだけでは国を取り戻せませんから」
戸田の言う通り、亡命政府は国からの脱出を果たした一部の要人とわずかな兵士達の集まりであり、彼らが有する戦力だけでは到底祖国の奪還など不可能である。亡命政府の設置を許可したクロド国王も、単身で列強国に自ら喧嘩を売る様な真似は流石に出来ない為、サラニア王国奪回の為にクロド王国軍を派遣して欲しいという彼らの要望については却下していた。
「それと一つ、お気をつけてほしい事があります。サラニア王国は大東洋に近しい島国ではありますが、イストレシア大陸の影響下に属していたため、大東洋の文明圏外国を軽蔑する風潮が根付いているのです。亡命政府の代表であるセレシア殿下は聡明で心優しい方なのですが、その他の方々については…お察し頂ければと…」
「…」
その後程なくして、彼らを乗せた公用車はサラニア王国亡命政府が置かれているクロド王国駐在サラニア王国大使館へと到着する。到着後、三人は衛兵の手によって会談場の扉へと案内される。
「失礼します」
戸田が言い、その扉を開けると三人の男女が彼らを待っていた。その内訳は厳つい顔をした中年男性が一人、15歳くらいの幼さが残る少年が一人、そして20代前半くらいに見える華麗な女性が一人である。彼らの出で立ちを見るに、男性は兵士か軍人、少年と女性は地位の高い要人の様に見えた。
石田は彼らが座っているものとは別の椅子へと脚を進め、木製のテーブルを挟んで彼らと向かい合う様な恰好でそれに座る。そして戸田の仲介のもと、日本とサラニア王国の間で初めて行われる協議が始まる。
「セレシア殿下、こちらがクロド王国に駐在されているニホン国大使の
戸田は右手で指し示しながら、両者に対して各人物の名前を紹介していく。富田の名を紹介されたセレシア・デ・サラニス、20代前半に見える見目麗しき女性は握手を交わす為に富田に向かって右手を出した。
「ご紹介に与りました、亡命政府代表を務めております、セレシア・デ・サラニスと申します。宜しくお願いします、イシダ殿」
「こちらこそ、宜しくお願い致します。さて…我が国に一体どのようなご用件でしょうか?」
石田はその手を握り返しながら、彼女に会談の場を求めた理由について尋ねる。セレシアは一瞬視線を左右させて言葉を選ぶ仕草を見せた。
「…ミズホ島沖海戦で貴国が上げた戦果、逓信社の報道にて目にしました。貴国は非常に優れた軍隊をお持ちのようですね」
「殿下御自らそう仰って頂けるとは、我々も鼻が高い事です」
先の海戦で完勝した自衛隊の力を褒め称える王女の言葉に対し、石田は社交辞令的な返答を返す。その直後、彼はセレシアの目つきが神妙になるのを感じた。その様子はまるで、両隣に座る者達の様子を伺う様で。
「…単刀直入に申しあげます。サラニア王国をローレシアから奪回するため、ニホン軍を派遣して頂きたいのです」
セレアの予想通り、彼女は自衛隊による軍事支援を求める言葉を口にする。やはりそういう話か。だが政府もそろそろその手の要請が来ることを想定していた。
「それは…本国に連絡してみなければ返答しかねます。しかし、未だ国交の無い貴国の為に、日本政府が軍を出すかどうかは微妙な所です」
石田は事実を淡々と述べる。今まで何の繋がりも無い国から、いきなり軍を出してくれと言われても、彼が首を縦に振る訳がないのは至極当然である。ミズホ王国とはその点で前提条件が異なるのだ。
「何より、
「なんだと…!?」
石田の言葉に、静かに会談を聞いていたアベルフが顔を赤くし、椅子から立ち上がる。どうやら日本側の『条件の提示』に反応した様だ。
「王女殿下御自ら、貴様ら今まで名も知られなかった様な『極東の未開国』にわざわざ対等な立場に立って頼んでいるのだ!所詮まぐれでローレシア軍を退けたからっていい気になりおって!」
「…」
「お前の言う通りだ、ゲオルグ。蛮族の使者よ、あまり姉上を煩わせるでない。お前達はただ我々の命令に従い軍を出せば良いのだ。どうせ蛮族にふさわしき卑劣な罠でも使ったのだろう?」
アベルフに続いて、王子であるメレニウスも一緒になって石田を罵倒する。大陸文明圏と辺境地域の狭間に立つ彼らは、辺境国家への優越感と列強への劣等感が心の中に共存するという民族性故に、自分達が為す術も無く敗れた列強国相手に極東の未開国が大勝を収めたという事実を認められないが故のものだった。
「おやめなさい、シモフ!メレニウス!私達には一人でも多くの味方が必要なのです。そうして人を見下す様な言動は慎みなさい」
「…!」
当然、この発言はどう見ても外交の面で見過ごせぬものであり、セレシアは直ぐに二人を咎める。身内の醜態を尻拭いしなければならない彼女の立場に、石田は不憫を感じていた。セレアに戸田も同様の思いで彼女に同情している様子を見せる。
「…イシダ殿、臣下の非礼をお詫びします。本当に申し訳ありませんでした」
そう言うと、セレシアは石田に頭を下げる。流石に現在のトップである王女に言動を咎められた以上、二人は口を閉ざすのみだった。
「もちろん今すぐ返答は求めません。しかし家族と国を奪われた我々は、藁をもすがる思いでセレア殿とトダ殿に貴方と引き合わせてもらうようにお願いしたのです」
「…」
「どうか祖国サラニアを取り戻すため、お力を貸してください!お願いします!」
セレシアは再び石田に頭を下げる。見目麗しい王女の切実な思いと行動を目の当たりにして、石田は軽く咳払いをしつつ答える。
「…他国に占領された自国を奪還する為、別の他国に救いを求める…これがどういう事を意味するか分かりますか?国家は人では無い、即ち純粋な善意では動かない…もし我々が貴国の奪還に成功すれば、貴方がたは我が国に多大な借りを作ることになるのです。それでも良いんですか?」
国家として借りを作る以上、今後日本国からどんな要求を提示されても、それを受け入れる覚悟があるのか、彼はそう尋ねた。対するセレシアの返答は早かった。
「…はい、承知の上です。貴国は平和を愛する国だと聞いていますから」
「…分かりました。この件、一先ず政府に報告させて頂きます」
石田はそう言って椅子から立ち上がると、セレシアと再び握手を交わす。退室し、石田はため息をつきつつ戸田に話しかける。
「…戸田さんも大変ですね。我が国とは全く異なる世界に迷い込んだと思えば、この様な者達と国益をかけた交渉をしなければならないのですから」
「ええ、まぁ…それでも、商談の後に内容を反故にしてくる企業に比べればまだマシですよ。ニュースで聞きましたが、
戸田の言葉に、石田は彼の『転移前』に何があったのかを察する。転移で海外との商取引が殆ど消失した影響は大きく、『第三次企業の業績は今や大惨事』などという洒落が流行する程の事態となっていた。無論政府は彼らを救おうと試みたが、その際の精査でボロを出した企業は数多く、いずれも妥当な末路を迎えていた。
「その中で、『
「浅蔵、か…あの企業は上手く立ち回っていますよ。一体何を考えているのか…」
二人はそう話しながら、大使館を後にしていった。
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